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『自分を知る』~驚き~

さてさて、恩師に出逢った衝撃から、その次に出逢うまで、出逢ってからの話である。
そもそも、20年近く前の話であるので、記憶が前後しているかもしれないがご了承いただきたい。

「話が長い!」
と言われて放心した後も、先生は
(私は「先生」と呼んでいたので、今後は「先生」「恩師」と呼び方は様々になります。お付き合いください。)

色んな話をしてくださっていた。だが、この「お話し会」なるものも
続けるか分からないし、

「今回で最後かもしれないよ」
と言われていたので、

「最後なのか?もう会えないのか?」
と残念に思いながらも、存続してくださることを強く願っていたら、また来てくれるとの主催者からの連絡に歓喜した。

「次は、聞きたいことを3つにまとめて話すんだ!」

と練習などもして逢える時を心待ちにした。

「私を覚えているだろうか?今度も「長い!」と言われて終わりはしないだろうか?」

という不安はあったが、ワクワク感のほうが勝っていた。
先生が登場した。
私にはスターの登場を待つような興奮状態だった。
先生は、今思えば、当時から、スーッと動き、バタバタと足音を立てるような、不快な音を立てて入ってくることは一度もなかった。

とても心地よく優雅な身のこなしと、美しい立ち居振る舞いだった。
私にはいつも、そう見えていたし、男性なのだが、とにかく
美しかった。

それは、外見とか、スタイルとか、そういうものではない。
今、思えばではあるが、私は初めて人に関して
「美しい」
と感じていたんだなと思う。その言葉が、自分の感じているものを表現するのにピッタリなのだ。

もちろん、当時は、その奥に感じていたものに自覚はなく、単に
「タイプ!」とか「付き合いたい!」
とか色キチガイ状態だけであった。
だが、そうではない何かに間違いなく、強烈に惹きつけられていた。

先生は、定位置に座る前、私の前を通りすぎたときに、目が合い
「おっ。」
というような素振りをされたように感じた私は
「わぁ!覚えてくれてる~!やったー!」
だった。
先生が、当時、どんな中身であったかは存じ上げないが、
もうすでに、メルヘン婆さんが爆裂していた。

ワクワクしすぎて、質問は出来たが、記憶にない。
ただ、先生は、質問してくる相手に、的確に答えるだけではなく、初めて会う方ばかりのはずだが、その相手のことを知っている私より詳しく、その方のことを伝えていた。それに驚いた。しかも、その通りだとよく分かる内容だった。

それから、自分の話をしてくださったが、今まで、聞いたことも見たこともない生き方をされていた。出来ない自分から、それを試しにいき、出来るようになったら、次の仕事に変わる。
しかも、支店長などになって、その先の自分が分かったら、さらに自分を知るために職場を変え、何も出来ない状態から、引き上げていき、どこまで出来るものなのかを調べ上げ、徹底してやり、手に入れたら、すぐに手放す。

いつまでもしがみつかないし、次に進む。
当時、この話をしてくださったであろうが、
私にはチンプンカンプンであった。

「なぜ、そんなことをするんですか?」
みたいなことを質問した記憶があるが、

「自分を知りたいから」か「自分を知るためだよ」
と答えてくださったかは記憶があいまいだ。
また、その答えを聞いていたとしても、私には意味不明であった。

さらに、人と話すときの感覚も、見方も、仕事の取り組み方も、初めて聞く内容だった。
とにかく驚いた。初めて見る人間だった。

当時の私は、衝撃を受けていて、記憶が飛んでいることも多いが、先生の記憶力が凄くて、何年前でも巻き戻して答えてくれた。

「あの時、僕は、あなたに、こう言って、あなたは、こう答えたんだよ。
覚えてないか?」

である。まず、全く覚えてないが、先生は「あなた」と呼んでくれていた。
答えの内容より、「あなた」と呼ばれることも初めてだったので、
この響きの心地よさも、嬉しかった。

もちろん、のちに「あんた」など、様々な呼ばれ方もしていくことになるが。

話を戻そう。

先生が、
「あなたの後ろにいる、そこの植物もね。話してるんだよ。分からないか?」

みたいな内容を伝えてくださっていたらしい。
先生のセリフは忘れていたが、その後の中身は覚えている。

植物に興味もなかった私であったが驚いた。

「はぁーーーーっ?
植物が話してるのっ?
ていうか、あんたたち、話してるの?
ていうか、話しかけてたの?
ていうか、先生、植物と話せるのーーー‼」

だった。
先生の中身、聞いたこともない人生の生き方、先生の感覚。
私はワクワクを通りこして、大興奮していた。
何より、植物とまで話せているとは。
これは特別な能力を持った人しか出来ないのであろうか。
でも、やってみたい!いや、出来るはずがない。でも、でも、先生に
「出来るはずがないだろう?何を言ってるの?」
と、一笑されるかもしれないが、聞いてみたい。

「先生…。
それ、私にも出来ますか?」

恐る恐る聞いた。

「出来るよ。
誰だって出来るんだよ。」


サラッと言われた。
その笑顔は、今でも鮮明に残っている。
ただ、当時の私は、驚きで、中身はぶっ倒れていた。
その後の記憶が思い出せない。

とにかく、大喜びして、興奮しまくって帰った記憶だけがある。

もう、
「素敵な旦那さまと出逢えるか?」
なんていう望みは、この時点で消え去った。

ここから、『自分を知る』という世界に入っていくのである。

私は、自分が大嫌いだった。
だからといって、どうしようもなかった。

「幸せになるためには?」

と、あらゆる努力をしてきたつもりだった。

結果は、益々、不幸のどん底にいた。

「もう、私に合う男性はいないな。もう、あきらめよう。仕事も無理だ。
だけど、死ぬわけにもいかない、生きるしかない。どうすればいいのか。」

このように、全ての希望を失い、全てを諦めていた時に出逢った。

それは、私にとって、とんでもない出逢いだった。

始まりは、こんな感じから始まったが、その後、数えきれない経験を、
その恩師により、させて頂けた。
まるで知らなかった世界に案内してくださった。

私のような問題児は、両親さえ、お手上げで、誰の言うことも聞かない、
超高慢ちきであり、世間知らずの、超お嬢さまであった。

だが、恩師と出逢い、その感覚を聞き、知りたかった疑問に答えてくださるなかで、

「もしかしたら、私は、変われるかもしれない!もしかしたら…。」

このことを強く思えた出逢いであった。
『自分を知る』
というのは、イバラの道である。

でも、だからこそ、それを越えたものだけが、つかめる喜びの世界、満ちる感覚。
『自分を知る』先にある、自分だけの豊かな世界、自分の中にある安らぎであり、オアシスを見つけることができる世界だった。

私たちは
「なぜ、生きているのか?」

私は、恩師により、その疑問が解け、その世界を知れた。
一回、二回の説明で伝えられる代物でもない。

それぞれの世界があるからだ。
だから、私は、自分の経験を通じて、自分に起きたことをつづるしかないだろううなと思って、発信している。

誰が気づこうと、かまわないし、誰が気づかなくてもかまわない。
皆、完璧だからだ。

必ず、その方のベストなタイミングで色んな出逢いがあることだと思う。
このブログもその一つだと思っている。

どの存在も素晴らしい存在であり、そのままでいいことも
恩師は伝えてくださった。
その意味が今は、少しだが、分かるようになってきた。…と思っている。

今も現役で『自分を知る』をやっている。
先生との差は、果てしないのだが、分からないなりに、やっている。
また、自分に起こったこと、起こっていることをつづっていこうと思う。

今回も、見ず知らずの方々が、もしかしたら、このブログにたどり着いているのかもしれません。

どうぞ、『カピバラのひとり言』として、かる~く、流しながら、
遊びにいらしてください。
それでは、また。


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