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ままならない大人

こんばんは。
今日は成人の日。

私は成人してから、すでに10数年が経過しましたが、
自分は一体、いつから大人になったのだろうか?と思います。
ずっと大人の自覚がないままの、情けない大人です。

10数年前の今日、地元で開催された成人式に私は参加していました。
朝4時起きで着付けをしてもらい、
地元の成人式会場へ。

母をはじめ、当時の大人たちの計らいで開催された成人式。
着物の費用も母が出してくれました。
私はただ会場に出向いたに過ぎません。
20歳の節目でも、私は何ひとつとして大人らしいことができませんでした。

その後、私は流されるままにいろんな方と出会い。
仕事をやめたり見つけたり。
結婚、離婚も経験し。

ちょっとずつ大人の社会を学んで、大人のふりをするのは上手になりました。
できるだけ個人的な感情を排除して、他人に伝わるように話す。
努めて冷静に選択する。などなど。

でも、心は完全に大人にはなっていません。
面倒なことは何もかも捨てて、寝っ転がっていたいし、
自分の感情を誰かに押し付けたくなる日もあります。


私の母は、29歳で私を産みました。
それと比べて29歳の頃の私は、
とても子供を育てられるような精神状態ではありませんでした。
生活の基盤もしっかりできておらず、
仕事もうまくいかず、
自分にできることは何もないまま歳だけとってしまったと思い、
心ばかりが焦っていました。

母は私よりずっとしっかりしている人ですが、
本当は29歳の私のように、どうしようどうしようとアタフタしながら、
私を産み、育てていたのかもしれないな、と思ったりもします。

仕事、住居、周囲の協力、自分の健康、家族の健康。
どれか一つでも欠けてしまったら、あっという間に崩れてしまう。
砂の城の上で、綱渡りをしながら私と弟を育てていた。
大袈裟な言い回しですが、当時の母の年齢を超えた私は、そんなふうに思います。


弟から第2子ができたという報告を受けた際、
母に「2人育てるのは大変そうだ」
と、ぼやいたことがあります。
母は「大きくなったら手伝ってくれるから、そんなことないよ〜」と言っていました。

そんな出来のいい子どもになるとは限らんだろぉ、と言いかけた時、
あ、そういえばこの人の子ども、私だったわ(笑)と。
なんだかとても恥ずかしくなり、言葉を飲み込みました。

私は小さい頃から、割と何かの面倒をみたりお世話することが好きでした。
弟やその友達とは一緒に遊びながらも、
危険なことはしないように教えていたので、
弟に対しては「大人」として接していた部分があるのかもしれません。

そう思うと、子供の頃からずっと自分の中の「大人」は育っていたんですよね。


新成人の皆さんも、「大人」と呼ばれることに不安を感じるかもしれません。
周りの「大人」がやけに怖く、追いつけない存在に感じることもあるかもしれません。
しかし、ここまでまっすぐに頑張ってきた皆さんの心には
もう「大人」が育っていることは間違い無いです。

しかし、ずっと「大人」でいる必要はありません。
悲しかったら泣いてもいい。
楽しい場面や、親しい人の前では「子供」に戻って、自由に人生を楽しんでください。

これからの人生、ままならないことも多々あると思います。
予想外の出来事に、絶望を感じてしまうこともあるかもしれません。
でも、誰かを裏切ったり、騙したりしなければ、
案外なんとかなります。
周囲の皆さんに助けを求めていいですし、
時間が解決してくれることもたくさんあります。

自分の中の「大人」と「子供」のバランスをとりながら、
共に、一度きりの人生を楽しみましょう!!



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