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首だけ

新美南吉賞に出した作品。

ある所に昔、「首だけ」という者がいた。
彼は人間でない。球根が根を土にからませて体を作る植物人間である。
「体ができた。やっと土の中から出られる」
 土の体。それが作られる時、彼は植物となり、頭の球根の先から無数の蛇のツルを出し、虫や動物を食べている。
 元々、村の農作物につく害虫を食うために作られた。やがて知識を持つ内に体が大きくなり、村の大半の仕事をするようになった。
 しかし村人は働かなくなり、全てを「首だけ」に押し付けた。嫌になった「首だけ」は反抗し、畑の土の養分を全て奪い、村を滅ぼした。奪った養分から人間の体を作る。
「体がないと、村の生き残りの奴らに捕まり、奴隷にされてしまう。もっと大地の養分を頭の球根に入れないとならない」
 その度に周りの村や森を育む大地を荒廃させてきた。球根に養分がないと、知性を失う。再び奴隷とならない為に、人間に対する恐怖は過剰に増してゆく。
 ある日、土の中で体を作っている時に、一人の男が「首だけ」を倒しにやってきた。
「化け物め。今日こそ退治してくれる。村の敵だ。覚悟しろ」
 男は竹ヤリで襲いかかる。しかし「首だけ」の球根の先から生えている蛇のエサとなり、食いつくされた。
「また生き残りの人間だ。村を潰してから、何人も俺を倒しにやってくる」
 村を滅ぼしてから、多くの人間が「首だけ」を倒しにやってくる。しかし彼にとっては、大地から養分を奪う事と同様にエサにするだけだ。新しい場所に行く度にそれが繰り返してゆく。
「全て食いつくされてゆく。私たちはいきてゆけるのやら」
 滅ぼされた村の生き残りたちは、恐怖にかられている。大地の全てを「首だけ」に奪われ、人々は耕す気力を失ってゆく。
 やがて大地の全てが食いつくされた。奪う場所は一つもない。「首だけ」は体を作れず植物の姿にとどまっていた。
「新しい場所を探さないと、俺はくちてゆく」
 大地の養分がないと彼は体を作れない。かろうじて人間や動物を喰らい、今の姿を保っている有様だ。
 ある日、「首だけ」は夢を見る。目の前に見知らぬ老人が立っていた。
「「首だけ」よ。お前はあまりに多くを奪ってきた。見よ、荒廃した大地を。この先に何があるというのだ?」
 老人は「首だけ」に語りかける。
「俺は喰らい尽くすだけだ。他に何もない」
 老人は「首だけ」に答える。
「おろかな奴だ。お前は奪うしかない。何れ身を滅ぼすぞ」
「俺には力がある。大地が荒廃してゆくならば、人間共に耕させればいい」
「首だけ」は耳を貸そうとしない。
「ならば大地の根源に触れるがいい。遥か南の先の「花と緑の国」にそれがある。大地を作る全てがそこにある」
「面白い。全てを支配して見せよう」
「お前が支配するものではない。それは生み出すものだ。」
老人はそう言うと、「首だけ」は夢から目を覚ました。
翌日。「首だけ」は土の中から身を起こし、「花と緑の国」へ向かう。しかし体は不完全で崩れやすくなっていた。
南の先の太陽は強く照り、雨は激しく降る。不完全な体は日の光に体の水分を奪われ、雨は乾燥した体を削りゆく。行く先々で豊かな大地を見つけては、養分を奪い、何度も体を補っては、突き進む。「花と緑の国」に着くのは、それから数ヶ月後の事になる。
 「花と緑の国」。この国は大地の根源によって多くの花や木が育まれては生茂る。周りには幾つかの水路が張り巡らされている。今まで見た中でどこよりも美しい。
「ここに大地の根源がある。どこだ?」
「首だけ」は体を捨て、土に根を下ろし再び新しい体を作り始める。球根の先から蛇を生やし、この国の大地から養分を奪い取り、荒廃させてゆく。
「「花と緑の国」の人間供よ。俺がこの国を支配する。大地の根源はどこにある?」
 球根の先から生える蛇は人々を威嚇し、場所を探そうとする。逆らう者はエサにされた。
「力を求めて何になる?」
 街の奧から男が一人やってきた。その姿は人間だが、獅子の顔を持っている。
「お前がこの国の主か。大地の根源はどこにある?」
「大地の根源は、全ての生命を育む為にある。私はそれを守るためにこの国を作った。お前が破壊する為に奪うならば、私は戦う」
「ならば、力で奪うしかないようだ」
 「首だけ」は、無数に生える蛇を使い、獅子の男を攻撃させる。獅子の男は刀で襲いくる蛇の首を切り落とす。しかし、蛇は斬っても再び生えてくる。
「どこまで続くかな。蛇は何度も生えてくるぞ」
「ならば、これでどうだ!」
 獅子の男は、刀を大地に叩きつけて、地響きを起こす。すると「首だけ」の周りに大きな裂け目が作られ、根が全て切り離された。「首だけ」は蛇を生やせず、動けなくなった。
「これが大地の力か。この力があれば—」
「最後だ。覚悟しろ」
「首だけ」は獅子の男の刀でまっぷたつに斬られた。今まで奪ってきた養分が流れ出す。
「大地は生命が最後に戻る場所。大地の根源は生き物の死が作り、これから生まれてくる者を育てる為にある」
「だから、人間供はのたうちまわるのか」
 「首だけ」は斬らても、微かに息を吐く。その言葉はあまりに弱々しい。
「少しは分かってきたようだな」
獅子の男は言葉と同時に、あの夢に出
てきた老人に姿を変えた。
「なぜ、お前がここに?」
「この姿は仮の姿。私は生命の心に宿り旅をする者。お前の暴走を止めるために、夢に働きかけたのだよ。そして今、暴走を止めた」
「俺は何も知らなかったのか」
 老人の言葉に「首だけ」は呆然とする。
「お前はもう死ぬだろう。しかしお前の球根から出る多くの養分は荒廃した大地を潤してゆく。私が土を作ろう」
「大地の根源を手にするとはこのことか」
 「首だけ」はそう言うと、息をひきとった。
奪ったもの全てが帰る。流れる養分は洪水の様に音を立てて大地を覆う。老人は大地に浸透させて土を作る。すると、荒れ野には花と緑の苗が芽ぶき出す。「首だけ」は大地となり、今新しい命を育もうとしている。

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