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『ふくろう奇譚』【朗読フリー台本】

(1150文字) ひさびさのStand.fm朗読用の書下ろしです。気に入った方はどうぞ朗読にお使いください。
2024年8月4日午前8時4分に
🦉国際フクロウの日🦉企画『ふくろう奇譚』を朗読しませんか?

詳しくはこちら⇒ https://note.com/kaoruokumura/n/n309985c7f9be

ふくろう奇譚(きたん)

作: 奥村薫

蝉しぐれが降り注ぐ林の中、夕暮れ時の赤い光が、木々の間を縫うように差し込んでいる。私は、祖母の墓参りのため、久方(ひさかた)ぶりに生まれ故郷に帰ってきていた。

村はずれの小径(こみち)に人影はなく、木漏れ日だけが私の静かな歩みに寄り添っていた。背後から不意に「ほぅ、ほぅ」という声が響き、私は思わず振り返った。そこには何もない。ただ、乾いた小径が黄昏(たそがれ)の中に続いているだけであった。

この村で梟(ふくろう)を見かけることは稀だった。しかし、時折その声を聞く者がいた。不吉な前兆と怖れる者もいれば、神秘的な出来事と畏怖(いふ)する者もいた。老婆たちは、「あれは泣き女の声じゃ」とつぶやき合った。確かに、その虚ろな声は、人の嘆きにも似ていた。どこからともなく響く鳴き声は、この世とあの世の境を彷徨(さまよ)うかのようだった。

小径の先には、ひとつの墓が静かに佇んでいた。墓石(はかいし)には苔(こけ)がびっしりと生い茂り、ひどい暑さも、ここでは幾分和らいでいるかのようだった。線香に火をつけて、立ちのぼる煙を眺めつつ、「もし、逝ってしまった者たちと言葉を交せるとしたら、私はいったい何を話すのだろう…」と、とりとめもない妄想に浸っていた時、唐突に大きな灰色の梟が、音もなく墓の上に舞い降りてきた。その姿の何と優美なことか…。羽をたたむと、猛禽類の力強さは影を潜め、どこか哲学者めいた風格を宿していた。そしてゆっくりと首を回して、琥珀色の大きな瞳で私をじっと見詰めた。その瞳の中に、私は自分の影を見た。

その時、深く低い声が響いた。『お前は、何を求めてここに来た?』
私は言葉を失った。答えを探したが、見つからない。
『あなたは…?』と問い返す私に、声は続けた。
『私たちは、昼と夜の境界に生きる者だ。生と死の境もさして変わらぬものよ。この墓に眠るとお前が思っている者たちもな…』

その言葉を聞いた途端、あたりの風景がぐにゃりと歪んだ。森が溶け、墓石(はかいし)と重なり、そしてまた森の姿になる。現実と幻想(げんそう)の狭間を行き来しているかのようだった。

梟は静かに羽ばたき、私の肩に止まった。爪が食い込む痛みを想像して一瞬身を固くしたが…、その重みは現実とは思えないほど軽かった。

『お前の中にも、夜と真実の目覚めがある。それを恐れてはいけない。』そう耳元で囁(ささや)かれた気がした。そこで私の意識は途切れる。

気が付くと、既に日は沈み、私は一人、墓の前に佇んでいた。墓標(ぼひょう)の文字も良く読み取れない、その墓の前に…。

それ以来、都会に戻ってからも、私は時々、夢で梟と会う。そして目覚めると、いつも何か大切なことを思い出したような、そんな気持ちになるのだ。

あの梟は、今も昼と夜の狭間(はざま)で、私たちを見守っているのかもしれない。

音声版

https://stand.fm/episodes/66979949c6881252ba6f1ffe


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