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こうして私はスープ作家になってしまった

どうやってスープ作家になったのですか?とよく聞かれます。今朝もこれからClubhouseの、料理家さんの集まるルームでそんなお話をすることになりました。
プロの方々が貴重な朝の時間に何か仕事のヒントになることを探して聴いているルームなので、普段は発信しないコンセプト作りや仕事の考え方をお話したいのですが、インタビューではいつも前段の「スープ作家になるまで」で話が終わってしまうことが多いので、ざっくり話して詳しくはこちらで読んでもらおうと思いました。と、いうことで少し長くなる話におつき合いください。

私は2011年12月26日から毎朝スープを作り続けています。昨年の3月13日が3000日目だったので、今朝で3365日+5日=3370日ですね。暑い日も寒い日も夏休みも正月もずっと作っています。でもそのはじまりは、主婦として、家ごはんのために作っていたものです。

きっかけは、受験生の息子でした。すごく朝が弱くて起きられなかったのですが、なぜかスープを作って起こしたらすっと起きてきたのです。願掛けの気分で受験発表の日まで毎日作っていたらなんと浪人しまして、もう一年続けることになってしまいました。

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ファーストスープは、マッシュルームのスープ。12月で部屋が暗かった

毎朝のスープは最初の日からiPhoneで写真に撮ってSNSにアップしていました。ほめられたり、料理好きな人との会話のきっかけになったりが楽しくて、スープも毎日違うものを作ってみようとチャレンジしているうちに、すっかりスープ作りにはまってしまったのです。もともと料理は好きで、面白いように新しいスープが作れるので、どこまでいけるかなという好奇心もありました。

ちなみにそれまで、食の仕事には一度も就いたことがありません。ライターとして20数年、女性の暮らし周りの記事を書いてきて、食関連の取材やライティングなどはたまにありましたが、専門性もなく、ファッション、化粧、食、本、マネーからマナーまで、無記名で頼まれ仕事をなんでも受けていました。

さて、一年間スープが続いたところで私の手元には365枚のスープ写真がたまっているわけです。「これをカレンダーみたいに並べて展覧会をやろう」という思いつきが突然ひらめきました。さっそく、自分で一か月分の写真をプリントアウトして部屋の壁に貼ってみました。

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麻ひもに木のクリップでとめてみた最初の形

プロトタイプを作ったら、これはいけそう、と確信しました。それで友人に展覧会やろうかなと思ってるんだよねと相談したところ、こんな手作り風じゃなくて、もっとちゃんとやったら?とデザイナーを紹介してもらったんですね。いろいろ制作物など作って、2013年の4月に神楽坂のギャラリーを借り、『スープ・カレンダー展』を開きました。

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1月1日から12月31日まですべてのスープをB全の大きさのクロスに印刷

この展覧会では八百屋をやっている友人と組んで、スープレシピ付きの野菜キットを販売したり、スープの写真を額に入れて売ったりしました。もちろん、その場でスープも食べられるようにしました。6日間で300名ぐらいの人が来てくれたと思います。ヤフーニュースにも掲載されました。

このとき、デザイナーを紹介してくれた友人が「スープ作家って名乗ったら?」みたいなことを言うので冗談でスープ作家という名刺を刷って配ったりしていましたが、仕事にするつもりは全然なかったんです。
でも反響が大きくて、アエラに取材をしてもらったり、仕事のお声がけもあり「これって仕事になるのかな?」と思いつつ、展示が終わってからもずっとスープを作り続けていました。
続ければ続けるほど、周囲からも「スープの人」として見られるようになってきます。そしてスープ作りもどんどん面白くなっていきます。そのとき私は50歳。自分でも何か新しいことを始めるなら最後のチャンスと思いました。スープ作家になろう、と心に決めました。

前例のない肩書きですし、私は料理の仕事をやったこともなく、いきなり人に教えることもできません。でもライターが長かったのでまず「本を作ろう」と思ったんです。何もやってないのに本作ろうって、よく考えたらすごい飛躍ですよね。でもそれしか思いつかなかった。そこで本を作るための活動をはじめました。2014年です。

そこで再び展示です(絵をやっていたので自分の表現といったら展覧会なんです)。スープレシピと、スープのコラム、スープの写真をカレンダー展のデザイナーに頼んで架空の本のゲラを作ってもらい、それを壁に展示して、いろいろな知人を呼んだのです。

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中目黒にあった古本屋のギャラリースペースで開きました。

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ちゃんと赤字も入れました笑

声をかけられるだけの出版関係の方を呼んだのですが、無名のライターの、しかも唐突に料理本を出すなどという話にのってくれる出版社はありませんよね。それでも、ここから本を出してみたいなと思うようなところにお声がけしたら編集の方が来てくれたり出版社を紹介してくれる人がいて、嬉しかったです。

問題は、私が全く料理家として実績がなく、またSNSやブログのフォロワーもいなかったということ。当時Twitterのフォロワーは3000人弱で、これで本を出す出版社がすぐにみつかるわけはありません。それに、料理本がだんだん売れなくなっていた頃で、初めての作家の出版デビューはそう簡単ではなくなっていました。

この『スープ・レシピ展』が2014年7月。そこから編集者と話ができるところまではいってもやはり企画会議に通らず、日々が過ぎていきました。そこで次に私が動いたのが、このnoteでも発表している、『スープ・ラボ』です。

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食べる豆ずかんの回

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朝から13時間かけてコンソメも作った

スープ・ラボは毎月1回、何かしらテーマを決めて、深堀りする勉強会みたいなものです。私自身が料理の専門的なことをまるで知らなかったので、とにかくスープに関することに詳しくなろうと、食材からレシピまで、様々な切り口でスープに関連する勉強をしました。「昆布とかつおぶし」「塩」「トマト」「パン」「塩」「ミネストローネ」「ポタージュ」「コンソメ」「豆」「だしパック」…食材なら何種類も買って味見したり、調理法はレシピや歴史を調べて再現したり。自分で勉強するだけでは食材がもったいないので、それをイベント化して人を呼びました。人に説明したりスープを出すことで、地力がつきます。
勉強するためには誰かに教わるのが普通ですが、私はその逆で、勉強のために誰かに教えたというわけですね。実践的な料理家トレーニングです。

そして、スープ・ラボの目的は勉強だけではありません。このラボをレポートにしてnoteに貯めていくことで、スープ作家として活動している有賀薫という人間がいることを多くの人に知らせたかったのです。実際、回を重ねるごとに「なんだか変わったことをやっている」と輪は広がっていき、レポートも多くの方に読んでいただくことができました。

このスープラボは楽しくもあり、また非常に大変でもありました。やっていることがまちがいとは思わなかったけれど、先が見えない中、ほぼ持ち出しの状態で(それほど大人数が呼べなかったので採算は全くとれませんでした)、企画、買い出し、運搬、調理、仕切り…体力が持つのかなという心配が一番大きかったです。

そんな中、2015年の秋noteに投稿したスープレシピがcakesのクリエイターコンテストで入賞しまして、少し光が見えたような気がしました。というのは、入賞者はcakesでの連載ができるという内容だったからです。その準備期間中、なんとまったく別ルートから、ある編集者を紹介いただきました。2015年の11月でした。

そこからは怒涛のスピードで本の話が進み「朝のめざましスープ」というコンセプトで年明けの12月に企画会議が通り、ほぼ1ヵ月ちょっとで、レシピ、写真、コラム、イラストすべてを私がやって制作を終え、2016年3月に『365日のめざましスープ』が、SBクリエイティブより発売されました。

この本が出た3か月後、2016年6月にcakesで連載『スープ・レッスン』がスタート。2018年には『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』が文響社から出てヒットとなり、同年のレシピ本大賞で入賞しました。このことにより、ようやくスープ作家としてなんとか活動を続けて行けそうな見込みが立ちました。

これが、私がスープ作家になるまでのストーリーのようなものです。現在は本の執筆をメインに、雑誌やウェブ、テレビやラジオなどの媒体にレシピを提供したり出演してお話したり、コラムを書いたりしています。また企業の商品やサービスに対するアドバイスなどの仕事もしています。

思えば、なんと滅茶苦茶なやり方だったかと思います。でも、何かをやろうと決断する一瞬は、もうこれしか方法がないという思い込みというか、確信のようなものに突き動かされて始めたものばかりでした。
料理家としてのキャリアもゼロ。若くもなく、夫が有名人というわけでもなく、ブログが10万人フォロワーというわけでもない、ごく普通の人間が料理の仕事に飛び込んでいくのに、他の人と同じで勝てるわけもないと感じていました。その一方で、言葉の発信力、企画力についてはふつうの料理家やシェフよりできるはずという自信もあったし、頼りになる友人・知人の助けも大きく、こんな道を選びつつ最初のミッションである本の出版をクリアしました。

普通の料理家さんにはあまり参考にならない方法ですが、道を切り開いていくときの、えいや!という感じ、意味不明な熱意を少しでもお伝えできるといいのかな、と思いながら書きあげました。あー、恥ずかしい。

それでは、この続きはClubhouseでお話ししたいと思います。

2021.3.17 10:12追記
Clubhouse聞いてくださったみなさんありがとうございました。結局書いてあることかなりしゃべってしまいました。

お伝えしたかったしたかったことはいろいろあるのですが、成功体験は誰にでも共通するものではないし、そこから大事なことを抽出して言葉にするのって本当に難しいです。また、整理してどこかでお話できる機会をいただけたらと思います。
最後になりましたが、Clubhouseのこのルームにお呼びくださった綛谷さん、高橋さん、ありがとうございました!

スープからはじまり、こんなことも。


読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。