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私の名前はすくいちゃんです。

はじめまして。私の名は「すくい」といいます。すくいちゃん、と呼んでください。宇宙人みたいな顔をしていますが、正体はレードル、日本語ではおたまですね。汁物をすくうときに使う、あれです。

今日は私の持ち主の話をしようと思っています。ちょっとの間おつきあいください。

私の持ち主の名は、有賀薫といいます。私たちキッチン仲間はカオルさんとか有賀さんと呼んでいます。(一番の長老である「鍋爺」だけは、カオルさんが子供の頃から知っているらしく、薫と呼び捨てにしています)
旦那さんと二人暮らし。27歳の息子は家を出て一人暮らししています。

カオルさんの職業は、スープ作家です。スープ作家という職業はそれほど一般的ではないはずです。私も最初に聞かされた時はかなり怪しい…と思いました。店にいたときの私の仲間はみんな「主婦」や「料理家」という肩書の人に引き取られていくことが多かったからです。でもまあ、毎日忙しくしているところを見ると、仕事はそこそこあるみたいです。
昨年、ミングルっていうキッチンリノベーションをして、おうちでの取材が増えたので、私もときどき雑誌に出たりすることもあるんですよ。

カオルさんはもう50歳をだいぶ過ぎていますが、スープ作家になってからはまだ数年とのこと。最初は受験生の息子さんのために毎朝スープを作っていたらしく、それがずっと続いて仕事になったようです。私は当時まだこの家にいなくて、細かいいきさつはよく知らないんですけど、家に来た雑誌記者に、カオルさんがそんな話をしていました。「ちょっと盛ってるな」と中堅鍋のルクさんが隣でぼそっとつぶやいていました。

私がはじめてカオルさんと出会ったのはキッチングッズのショップで、私と目が合った瞬間「これこれこれ、これよ!」といきなり言われてびっくりしました。どうも、カオルさんはずっと私みたいなおたまを探していたらしいんです。

私の顔って、ほっぺたがぷっくりしていてそれがコンプレックスなんですけど、これがお玉として使うときは、すごくいいんです。ちょっと見てね。

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膨らんだ部分に汁が集まって、汁がとってもきれいに器に入るんです(えっへん)。実は私には双子の妹「よそい」がいるんですが、カオルさんが私のことをとっても気に入って、そのあとでよそいのことも、ひきとってくれたんです。

最初のうちは、それまで一番よく使われていたおたまの盛田さんが私たちをやっかんでちょっと意地悪されたこともあったけれど、カオルさんは好きなものに夢中になる性格なので、仕方ないとあきらめたみたい。でも、本の撮影のときなどはおたま全員フル動員だから、仕事がなくなるわけじゃありません。道具って、決してその性能のせいじゃなく、古くなったり、しっくりこなくなって役目を終えることもあるんです。

カオルさんは、好奇心が強くてすぐに火がつくタイプです。この春、みんなが外に出られなくて家にこもっていたときも、動画配信をちょっと試してみたら面白かったらしく、夜な夜なライブ配信をやっていたかと思ったら、とうとうカメラやライトや三脚まで買いこんでしまいました。本当に使いこなせるの?と、みんな心配しています。熟考、という言葉はカオルさんの辞書にはないようです。

カオルさんは他人の言うことをあんまり聞いていなくて、勘違いや物忘れやうっかりミスが信じられないほど多いし、道具の扱いもほんと雑なんです。ほとほと嫌になってしまうことも多いのですが、スープを3000日以上作り続けたり、そのスープの写真をせっせとSNSに上げたりしているところを見ると、不真面目とも言い切れません。やると決めていることについては、雨が降っても植木に水をやるようなタイプです。

先週、カオルさんは、ナスとトマトのスープを繰り返し作っていました。「スープ・レッスンの100回目だから絶対おいしいスープにしたい」と旦那さんに話をしているのを、私はスープの鍋に頭を突っ込んだまま聞いていました。スープ・レッスンというのは、カオルさんがcakesというウェブ媒体で4年ぐらい続けている連載です。私もこの家に来てからは試作にずっとつきあってきました。
今回は最初に作っていたスープを「これじゃダメだ!」と放り出して、全く違うレシピを作りなおしていました。そのあとも何が気に入らないのか繰り返し試作していましたが、最初のうちは、まあまあおいしいかな…ぐらいのスープが、ちょっとした塩加減やに加減で、ぐっとおいしくなることってあるんですね。何度もこのスープを味見してきましたが、最終レシピは間違いないおいしさです。記事を貼っておきますのでよかったら見てくださいね。私もだいぶ、がんばりました。

私は、ただのキッチン道具です。ただそこにあるだけなら、生きも死にもしません。でも、人と出会って、どんどん使われて経験を重ねることによって、命を吹き込まれます。たくさん使ってもらった方がうれしいし、おいしい汁をすくえたらなお嬉しい。おたまですから。
欠点も多いカオルさんですが、スープにかける情熱だけは、おたまとして認めざるを得ません。スープ作家の家にもらわれてきたことは、自分にとっては最高の職場なんじゃないかとときどき思います。

そろそろ終わりにしますね。私のプロフィールも少しだけ。私の生みの親は、柳宗理というデザイナーです。一番小さいタイプだと、お椀に味噌汁がきれいに入ります。

しばらくはカオルさんの右腕として(まさに)、頑張って働くつもりです。皆さんも遊びに来てくださいね。それじゃあ、また!

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DATA:柳宗理 ステンレスレードルS/¥2,000+税 225×72mm

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追記:この記事について

いま、こんなワークショップに参加しています。

先週、1回目があったのですが、その中で、自分の愛用品を演じつつ自分を紹介する、というアイスブレイクのワークをやりました。私がなりきったのが、おたまでした。(そのときは「おたまです」と名乗りましたが、ここではより個別性を高めるために、すくいちゃんという名前に変えました)
自分のプロフィールや性格を客観的に見るのに、この方法はとてもいいなと思って、ちょっとその先をやってみたくなりました。自分の悪いところもいいところもちょっと離れて見られるので、思いがけない自分の発見があります。ぜひ、みなさんもお試しください。2回目のワークショップも楽しみ!






読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。