新時代のごはん装置「ミングル」を自宅に作ってみた話
おそらくこれからの10年、家庭料理はもっと変化し、簡略化していくだろうと思うのです。時代の流れに、逆らうことはできません。
でも一方で、日々の食の豊かさは人生の豊かさに直結する。スープの仕事を通じて、これもまた真実だと感じています。
この相反するふたつのことがらをどうするかという課題にこたえるために、家での食事をよりコンパクトにする、新しい形のごはん装置を考えました。そして、自分の家を実験台に、プロトタイプを作ってみました。
これが、その装置です。
名前があった方がいいなと思い「ミングル」と呼んでいます。
テーブルサイズは95×95と大きくはありませんが、上下水道、IHコンロ、食器洗浄機が組み込まれ、簡単な料理と、食事と、片付けの機能がオールインワンになっています。
仕事をして帰ってきたらさっと野菜を洗い、
卓上のコンロで煮炊きし、
食べ終わったら食器も鍋もそのまま食洗機へ。
器はしまう必要はなく、食洗機から出してまた使う。
これまで「ズボラ」と言われてきたキッチンでの行動を促すデザインになっています。作業そのものは極限まで簡略化しながらも、生活の中で手作りの食事を中心に据え、健康的で幸福感の多い暮らしに変えることが目的です。
また、これからの時代は夫婦や親子間での家事シェアも一般的になっていくはず。ミングルは、そんな関係にフィットするよう設計しました。
リビングにキッチン機能を持ち込むことで、一人で料理を引き受ける負担も減ります。二人以上のくらしであれば、料理も片付けも一緒にやれば楽になるし、料理自体がコミュニケーションになっていきます。
やれる人がやる。やりたい人がやる。
みんなで、ぐるぐる料理する。
だから、ミングル。
“ミングル”は、もともと「入り混じる、混ざる、一緒になる」の意味で、シェアハウス的な住まい方を指す和製英語でもあるそうです。
家事をシェアして、場の中に固定化した関係性ではなく「人の循環」「作業の循環」を作り出せる、そういう願いもあり、愛称としてつけました。
ミングルをもっと実用的な内容と価格にして、販売するという商売もあるかもしれません。あるいは自分の料理スタジオや料理サロンとして、使うことも。
でも、私がいま望むのは、もう少し別のことなのです。
ミングルは、このキッチンそのものを指すというより、こうしたキッチンを中心に繰り広げられる、人々の新しいライフスタイルの概念です。ミングルは、簡素でありながらも、家族のコミュニケーションや、料理の時間を楽しむことを大切にする生活をめざしています。
これからの時代は、こんな食卓のあり方が好ましいのではないか、そんなことをみんなで語り合うための場でもあります。ミングルをきっかけに、これからの新しい家族のくらしを発信したい。
ですから、これを使ってどんな楽しいことができるか、どんなクリエイティブな生活が考えられるかを、今からみなさんと一緒に考えてみたいのです。
誰もが家のごはんで癒され、食卓の力を信じられるようになること。
自分たちの豊かな食を、新しいやり方で一緒に作っていきませんか?
それが、このミングルに込めた、私のメッセージです。
+++
さて、ここから先のnoteは、約1年にわたる、詳細なミングル制作記となります。ものすごく長いので(15,000字ほどあります)興味がある人だけ読んでください。
同時にこれは、この数年、家庭料理と現代的なキッチンについて活動を重ねてきた、私の考察レポートでもあります。
家庭において発生する「作る、食べる、片づける」は、日々忙しく働く現代人たちの大きな悩みです。それを少しでも解決する糸口として読んでもらえたら幸いです。
動機▶「作る」と「食べる」を、根本から変える、新しいスタイルを作りたかった。
0-1
フルバージョンのごはんを作るには、
私たちはちょっと忙しすぎる
「ちゃんとしたごはん」をどう考えるかは人それぞれだ。昭和期では、ごはん、味噌汁、それにメインのおかず、副菜というような、一汁2菜、3菜というスタイルが多かった。いまだに多くの家庭ではそうだと思う。
でも一方で、料理をする時間(というか、できる時間)は減っている。結婚して27年間、主婦として日々の買い物をしてきたが、時代が進むにつれ、惣菜の棚と冷凍食品のケースは格段に大きくなった。数値の上ではどうだか知らないが、人々が料理をしなくなっている何よりの証拠だ。
でもその発達の仕方を見ていると、やっぱりきちんと食べたい、品数多く食べたいという気持ちの表れになっている。
働き盛りの人々の仕事っぷりを見ていると、男も女もなく働いて、ようやく社会を回している。パソコンやスマホにかける時間も多く、家で料理に割り当てられる時間は少ない。昭和の時代に専業主婦が担ってきた家事は仕事の片手間に真似できるものではなく、ハンバーグ、コロッケ、野菜の煮物など、時間や手間がかかる料理が作れなくなるのは、必然だ。
それ自体は、単にそういう時代なのだということに過ぎない。何も手作りのハンバーグやコロッケを食べなくても死にはしない。
0-2
でも、家庭料理は投資でもあるし、
同時にやすらぎでもあるわけで
ただ、できないことの裏返しによる「料理はたいへんなもの」「料理なんてやらなくて良い」という先入観があるとしたら、とても残念。
私が思うに、家庭でおいしく食べることはある意味、きわめて簡単なことだからだ(むしろ、外でおいしく満足した食事をすることの方が難しい)。
それに、手作りの料理は自分と家族の体調を整え、エネルギーをたくわえるための最高の手段。物理的な機能だけでなく、心の安らぎにもなる。作る人、作ってもらう人のコミュニケーション機能も果たす。小さいが確実な達成感を手に入れられる。
料理をし、手作りのものを食べることは、実はかなりリターンの大きい自己投資だということは最初に伝えておきたい。料理はやらなければならないことではない。やると得すること、なのだ。
私は今、スープ作家として、スープレシピを提供している。その多くは、簡単に、気楽に、今日の食事の助けになるようなものだ。
でも、レシピだけでは、料理をしなくなった人たちの苦手意識を取り去ることは難しい。だって料理をやろうとしない人は、レシピを見ないから。
もっと生活の根本的なところから料理の楽しさを感じてもらえて、かつ今までよりずっと楽になる方法をどこまでも考えていったら、キッチンにいきついた。
0-3
ごはん作りが楽しいものに変わるには
レシピだけ変えてももう無理だ
家庭の台所では、多くの場合において、女性が料理を担ってきた。詳しくは女性史を研究している方たちに譲ろうと思うが、昭和期において専業主婦たちが“仕事”として行ってきた家事は肥大し、外で働きながらするには負担の大きいものになってしまっている。
家事は本来評価を受けるタイプのものではないが、その家事に対し、そこまでできない、苦しいという負の感情も、近年大きくなっている。多くの女性たちは、本来もの言わぬキッチンが、料理をフルでやれと語りかけているかのように感じてしまっている。
キッチンが部屋の中で一番光の当たらない、暗い、寒い場所に配置されていることも、家事の暗さにつながっているのかもしれない。
作る&食べるのスタイルを根本から変え、明るいもの、みんながやりたくなるような魅力的なものに変えるには、レシピだけではもう足りない。
昭和から続くしがらみにまみれたキッチンを捨てるしかないと思った。
着想▶生活を新しく変えるためのキッチンを作る!
1-1
昭和30年から平成30年まで、
台所の“意味”はほとんど変わっていない?
2016年の春、私はあるシンポジウムに参加した。キッチンの変遷と、これからのキッチンについてがテーマだった。そのときに、今のキッチンが昭和期に生まれたときの機能と文化を基本的にまるで変えないまま、今に至っているんだなと認識した。
明治時代あたりから平成の現代まで、家庭の台所にはこんな歴史がある。
さて、このシンポジウムでキッチンの歴史を知る中で、私が大きな光を見出したものがあった。それは、アイランドキッチンと呼ばれるスタイルだ。
1-2
アイランドキッチンには
「人と交わる」機能がある
新しい動線が生まれるかもしれない
アイランドは、文字通り「島」。部屋の中にキッチンが島のように壁から離れた状態で置かれている形で、わかりやすいのは学校の家庭科室の調理台だろう。四方から作業できる。
中でも、ダイニングテーブルと合体したアイランドキッチンは「作る」と「食べる」の距離が極めて近く、さらに対面式のカウンター式と比べても、作る人と食べる人の役割があいまいになる。料理や片付けを担う人の役割交代も促す形だ。
現代的なキッチンは(特に都市部の狭いマンションや一軒家では)、基本「一人用」だ。二人が入ると手狭になるだけでなく、動線もさまたげられる。仕事を共有したくてもできないのだ。けれど、両面から手を伸ばせるアイランドキッチンであれば、小さくてもそれが可能になる。
ただ、問題がひとつある。既存のアイランドキッチンはサイズが大きく、キッチンのための大きなスペースがないとなかなか作れない。経済的にもゆとりのある人向けの世界観だなあと思う。そして何より「料理好きな人のためのキッチン」だ。
ただ、シンポジウムに参加されていた専門家に話を聞いたところ、アイランドキッチンは最近人気で、狭いスペースでもアイランドキッチンを作る人達が増えている、という話だった。
ダイニングテーブル付きアイランドキッチンをネットで検索すると、こういうステキ画像がたくさん。憧れます。 https://graftekt.jp/
1-3
ミニマルにすることで、
敷居を低くする
自分の考えるコンセプトに近いもので既存のものはないかと調べてみると、パナソニックが「Irori Dining」という名前ですでに提案していた。すごく良い。でも、重厚感がぬぐえない。このサイズだと若い人にはやや響きにくいような気がした。もったいなさすぎると思った。
現代人の生活にこのコンセプトを根付かせるためには、もっとコンパクトで、もっとライトなアイランドキッチンであるほうが自然ではないだろうか。
誰もそれをやってくれないなら、自分で作る。作ろう。作るしかない!
そんな妄想に近いものが、私の中で膨らんで、もう止めることができなかった。
夫は最初、リビングで料理をすることに対して抵抗を示していたが、私のしつこさに、築20年と古びたマンションをこの際リノベーションして、住まい方と空間の使い方を根本的に見直そうと逆に提案をしてくれた。
リノベーション前の間取り。平凡な3LDKの分譲マンションです。
1-4
作業をシェアするためには
「循環」と「対話」が必要だ
このアイランドキッチンのための最初のアイデアメモが、こちら。
キャンプという言葉が出てきた。これは「キャンプの時って、みんな料理やりたがるよね」というところから。あの料理のワクワク感を、家庭のキッチンに持ち込めないだろうか。みんなが押し付けあうのではなく、やりたがるような感じが出るといいね、という話を夫とした。
上のメモには書かれてないが、私の中に、家事をシェアするにはどうすればいか、という感覚がずっとあった。そのために必要なのは、みんなが参加できるよう循環が促される動線を作ること、そしてコミュニケーションが取れる距離があることだと思った。
1-5
「スープ」の世界観を作るための
キッチンにもなるなら、さらに嬉しい
また、このミニサイズのアイランドキッチンは、私の提案する「スープ」という料理から世界を広げていった先にあるものだ。
ストーブにかかった鍋で、スープがふつふつと煮えていく。おばあちゃんが編み物をしながら鍋の番をしているのが昔の風景。それを現代に置き換えたら?もちろん昔と違い、もっと現代的な技術でコントロールされていくだろう。でも、住まいの中の目に入る場所に、自分や家族のための鍋が火にかかっている。そんなスープのイメージもかすかに重ねていた。
小さな、しかもリビングに置くキッチンでは、油が跳ねたり煙の出すぎる揚げ物、焼き物など、従来やってきた料理の一部は現実的ではない。しかし私のレシピのような、短時間で、鍋一つで作れるスープなら、狭い作業台で無理なく作ることができる。
それを制限ととるか、楽ととるかは、使う人次第だと思った。ひとまず楽しくごはんを作ろう、という私自身の料理のコンセプトとはぴったり合う。
さて、こうして、私の…というか、夫も巻き込んで、私たちの、キッチン・リノベーションが動き出した。
こちら、リフォーム前のわが家。棚に収まりきれない鍋が床にゴロゴロと…
依頼と決定▶設計のコンペ、そして「ミングル」という新しいプロダクトへ
2-1
そもそもリノベーションって
どこで頼めばいいの?(業者探し)
今のマンションは分譲だし、私たち夫婦には全く施工経験がなかった。それで、リノベーションしてみようかという話になったとき、何かありそう、と言いながら新宿にあるリビングデザインセンター・OZONEへふらりと出かけてみた。
ここでは、建材やシステムキッチンの素材やカタログ、家具なども見られるし、住まいづくりやリフォームにあたって、専門家がいろいろ相談に乗ってくれるのだ(しかも相談無料だった!)。建築士の方に、こんなことがしたいと話したら、早速2件の施工業者を紹介してくれた。リフォームに幾らぐらいかかるのかもわからなかった私たちは、2社に見積もりを取ってみると同時に、今回のコンセプトをしっかり伝えてみて、より具体的かつ面白いプランを返してくれたところと組むことにした。
2-2
2つの会社、アプローチが全く違う!
(プレゼンテーション)
実はこの、プレゼンテーション兼見積もりに、時間がかなりかかってしまった。OZONEでコンサルティングを受けたのが2月ごろ、施工業者が決定したのは5月の下旬。
理由のひとつに、水回りの問題があった。リビングにキッチンを作るということで、水をどこから引くか、水道管をどうするか。この2点の問題解決のために、担当者にかなり試行錯誤させてしまった。通常は1度から2度プランを立ててもらい、そこで決めるらしいのだが、さらに1回ずつ上乗せでプランを出してもらった。
ただ、時間をとったことは結果的にはとても良かった。
私たち素人はしょせん、アイデアレベルのことしか考えることはできない。まだ形も置く場所も設備もまったく決まっていないものを考え、こうなったらいいな、という無責任な希望をひとまず投げる。
それに対して向こうは具体的なプランを立ててくれる。目に見えるものを出してもらってはじめて、いや、そうじゃなくて…と言えるのだった。
アイデアを出してもらい、想定していたことがひっくり返るたびに、コンセプトに立ち返る必要があるから、内容がよりクリアになっていく。思考をキャッチボールする感覚だ。
2社のうち片方はリフォーム会社で、片方は設計事務所。それぞれの性格が色濃く出た。
リフォーム会社のほうは、とくに主婦である私の生活を考えた、戸棚の数や、何がどこに入るかなどを、きめ細やかに決め込んできて、何をどこにどれぐらい作る、というようなことを割り出してくれた。材質や、色まで見本をつけてあった。担当には一人暮らしの女性がついてくれた。
CGでイメージ画を作ってくれた
もう片方は設計事務所。最初に社長と若い設計士がふたりで一緒に来て、話を聞いてくれたが、具体的な話が始まると、若い彼が中心でやってくれることになった。川口の事務所まで何度か出かけて、紙の模型を見せてもらったりした。
ただ、まだこのときは、私たちのやろうとしていることはどちらにもきちんとは伝わっていなかった感じがする。初期のころの模型や図面なんかを見ても、そう思う。
2-3
決め手となったのは
「ミングル」というワードだった
(柳澤くんのこと)
結果から言うと、今回のリノベーションは、設計事務所(「ますいいリビングカンパニー」という)にお願いすることになった。若い設計士は、柳澤和孝くんという。いま30歳。ちょうどこの仕事中に、最初のお子さんが生まれて、お父さんになった。ウサギを1匹、飼っている。
工事が終わった後に柳澤くんとこのミングルについて、ゆっくり話をしたとき、初回の顔合わせで、これは未来につながるものだと思った、と言ってくれた。
まあ、後付けかもしれないけれど、本心でなければこんなにうるさい施工主の注文を、粘り強くやってはくれなかったと思う。柳澤くんとした話は、また別のnoteで書こうと思っている。
柳澤くんは、私たちの話を聞いてすぐ「これは、リフォームというよりは、プロダクト的なものですね」という、一定の理解を示してくれた。今回のリノベーションのキモが、ミニキッチンであることだけでなく、その周辺に動線や人の新しい関係性を作りたいというこちらの希望を、汲んでくれた(と思う)。
とはいっても、最初のうちは、とんちんかんなものがいっぱい出てきた。
はじめのうちに苦労したのは、ミニマルに作ってほしい、という点がなかなか伝わらなかったことだ。おそらく私たち夫婦の年代(50~60代)のライフスタイルを考え、快適な居住性や機能性を確保する、ということにこだわってくれていたのかなと思う。ゆったりしたテーブルのサイズや適切な高さ。それは住宅などを手掛ける建築士であれば必須のポイントだ。そこを否定していくのだから、こちらも非常識な施工主なのだ。
もっと小さく、もっと削ぎ落して、もっと軽やかに。そういうメッセージを伝え続けた。
柳澤くんは素直な性格で、私たちが伝えたことをそのまま次の時に反映させてくれていた。逆に、私があいまいな言い方をして混乱させた部分も多かったと思う。何しろ、立体に弱い私は図面だけだと全然イメージができなくて、ふわっとしたことしか言えず、全然ダメだった。立体に強い夫が頼りだった。
そんな中、今回、ますいいリビングカンパニーに(というか柳澤くんに)任せようと思った一番の理由は、打ち合わせの中で、彼が「ミングル」という言葉を探し当ててくれたことだった。
ミングルは、そもそも「混ざる」というような意味合いの英語だが、それをシェアハウス的なものに使った造語が、ネットの上に認められていた。ただ、まだ誰もが知っているような一般的な言葉にはなっていないようだった。
このレポートの最初にも書いたように、「混ざる」「シェア」という意味、「みんな」「ぐるぐる(循環)」という語感、そういう多重な意味が感じられて、今回のこのコンセプトを表すのにふさわしいと思った。
このネーミングが実際に外向けに使えるものかはわからないけれど、この試作は単なる私物なわけだし、誰も文句は言わないだろう。
「ミングル」と呼ぼう。
そう決めて、この言葉をみつけてくれた柳澤くんに、全部お任せしようとなったのだった。
設計▶ミングルはどんなものであるべきか。小ささへの挑戦
3-1
小さく、囲みやすく、
オールインワンでありながら
軽やかさがあること
施工業者が決まってからも、しばらくは設計のための打ち合わせが続いた。ミングル以外にも、リビングルームやベッドルーム、廊下もこの機会に大きく組み替えて生活自体を見直すことを夫が提案していたので、そこも検討しなくてはいけない。
といってもやはりメインはミングルの設計だ。ここで、再度やりたいことを整理してみる。
欲しい要素
●食卓
●IHコンロ
●上下水道
●食洗機
●換気扇
欲しいデザイン
●できる限り小さいこと
●どちらからでも水道やヒーターが使えること
●デザインが重すぎないこと(むしろ作りっぱなしみたいなのでOK)
●あまり長くないこと(動線が丸く動きやすいこと)
機能については、水は本当に必要か、あるいはIHコンロは必要か、食洗機は、など、それぞれの要素について、一通りある・なしのケースを想定したが、やはり最低これらが必要だと思った。特に食洗機は現代の家事においては、マスターピースで、デフォルトにすべきというのが私の考え。
換気扇は、天井に本格的なものをつけると大事になってしまうなと思っていたら、たまたま「クーキレイ」という、照明と空気清浄機が一体化した商品をみつけて、これでいこうとなった。
とにかくコンパクトに、軽くしてほしい。若い世代の人たちが、いいなと思ってくれるようなものであってほしい。
このことが、設計段階での私たちの強い願いだった。板でびっしり囲うならスケルトンにし、素材もあまり重厚な家具調にはしないでくれ、という話をした。こちらは、デザイナーによるリノベーションの既存物件に近いものがたくさんあったので、イメージの共有にはそれほど苦労はしなかった。
柳澤くんからは、テーブルトップには、最近使い始めたモルタルっぽい塗装があり、防水、防油であるからそれはどうかと提案があった。見せてもらったらカッコよかったので、そうしようということになった。店舗などでもときどき見かける。
フレームキッチンと呼ばれる、こんな感じのライトさがいいね、と言っていたのだが、実際には機能を入れていったから、かなり重くなってしまった。
3-2
さらに試行錯誤。
実際はこんな大きさ!というのが、
案外わかりにくいものだ
大きさはかなり調整した。一番影響したのはシンク。中に組み込むか、外に出すか。最初は四角いテーブルに、半円形のシンクがくっついたものがアイデアとしてあった。
テーブルに合わせるとシンクが無駄に大きくなるので、もっとシンクを小さくしたものをこちらから提案してみたのだが、いずれにしても、この位置だと食洗機が入らないことになった。
夫の作った模型。左の部分は拡張ユニット
それで、柳澤くんが次に考えてくれたのは、こんなデザインだった。
かなり未来的なデザインになった。円形に角がちょっとついた形で、中央に回転するIH、そして扇形のシンク。でも、テーブルの径が1200というのは、かなり大きい感じがした。
ここにきて、夫が持ち前のモノづくり気質を発揮し始めて、模型やデッサンをやりはじめたので、それもちょっとややこしかった。まあでも、そのことでデザインについての私の希望が伝わっていったのも事実。
夫はいろいろなパターンを考えていた
柳澤くんが頑張ってくれたのだけれど、全体にちょっとデザインしすぎかも、あまり奇をてらわないようにしたいというところで私と夫は一致した。(食の好みは全く違うのに、もののデザインについては意外と意見が合う)それで、やっぱり普通に四角くしてください、とちゃぶ台ひっくり返す的な、申し訳ない戻しになった。
結局シンクは丸いものをオリジナルで作って、それを四角いテーブルの角の隅につけることになった。というのは、もう一つのスペース問題、食洗機との場所の奪い合いがあったからだ。まっすぐつけるとテーブルサイズを大きくしなくてはならなくなる。このあたりは、今ある食洗機のサイズの限界もあった。
シンクを想定して実寸大に四角や丸に切ったボール紙をダイニングテーブルに置いて、サイズ感を確認しながら、形を決めていき、だんだん、こんな形に落ち着いてきた。
茶色いところが食洗機。鉄の脚がついているのは、シンクをつけたときの全体のバランスで、自立性を考えてこうなっていたが、最終的にはもう少しシンクを内側に入れることで、脚はなくても大丈夫になった。
補足的な話だが、これまで普通に使っていたキッチンは、つぶさずに、全く手つかずのまま残すことになっている。というのは、料理の撮影などの仕事をするには、さすがにIHコンロひとつではどうにもならないからだ。ミングルは、あくまでも日常の家ごはんを作るという目的のもの。
実行▶水道問題、職人問題、金銭問題、引っ越し問題、椅子問題……問題だらけ
4-1
私たちを悩ませた水回り問題。
最後は開き直った
問題は山積みだった。まずはプレゼンのときも手間取った、水回り問題。プレゼンの初期の頃、柳澤くんはこんな形を提案してきていた。
なぜこんな棚がたくさんついているかというと、水道管の問題からだ。当然だがリビングに水道管は通っていない。リビングにキッチンを置くということは、どこかにむきだしの水道管が出てしまう。それをどう隠そうか、というためのアイデアだった。棚の下側を通して、見えにくくしては、と柳澤くんがいう。
でも、そのことで全体がやたら大きくなり、さらに、流動性の全くない形になってしまう。むしろ従来のカウンターキッチンに近いし、動線も部屋の真ん中で切れる。もはやそれは、ミングルではない。
夫は、床を少し上げて、舞台のようにしては?と提案していた。もともと我が家はマンションにしては天井が高いのだ。そこで、その高さを生かした設計にしたら水道管が隠れていいと思う、という。もう一軒のリフォーム会社の担当者は夫の言葉をきちんと拾って、プランとして出してきていた。
水道管のことばかり考えて、私たちは沼にはまっていた。
最初は、かっこいいアンティーク調の水道管などが探せばあるのかな、なんて気軽に考えていたけれど、実際に日本で手に入るのは、見せるための管ではなくプラスチックの安っぽいものばかりで、それがリビングに見えてしまうのは、どうかなというところで迷っていた。
むきだしになっていてもかっこいい鉄などの素材でカバーができないかと、鉄加工業者を営む友人に聞いてみたけれど、そんなことはあまり現実的ではないと止められた。
最後に私たちは開き直って、もう見えてもいいよ!ということにした。隠すためにミングルや、またその周辺があまりもたつくような形になっては、意味がない。これはあくまでもプロトタイプであり、もし商品化するようなことがある場合はもっと洗練された形になるに違いない。それでいい。
水道管は壁に作りつける戸棚の下部を通し、出窓の下部を這わせ、窓側の動線を切るように伸ばすことになったが、これは後々、わりと穏やかな形で解決をみることになった。
4-2
職人の手配がつかない…
そして引っ越しはいつになるのか
こんなことをのんびりやっているうちに、すっかり夏も終わってしまった。私はこの夏、『スープ・レッスン』『おつかれさまスープ』の2冊の準備で、死ぬほど忙しかった。だからのんびりしていたというわけではない。でも、家のことは遅々として進まなかった。
設計はできても、実際にリフォームするとなると、職人の手配が必要だ。実はここが難儀した。柳澤くんが、大工、左官屋など、職人がなかなか捕まらないという。本当は10月頃スタートで年内には終わるといいな、新年は新しいうちで、なんて考えていたのに、実際にはもっとゆっくりになりそうだった。11月中に引っ越しという段取りになった。
私たちがリフォームの間に住む仮住まいも決めなくてはならない。2か月ぐらいのつもりだったので、狭くていいかとなっていたのだが、ここでものすごい物件に当たった。自宅から徒歩100メートルぐらいのところに、2DKの物件が出た。このキッチンが広々としたシステムキッチンで、文句のつけようがない。即決だった。
季節は、秋からすっかり冬になっていた。
引っ越しが終わって冬の間、仮住まいながら、私は引っ越し先で雑誌や書籍やテレビの撮影を次から次へと受けることになった。
4-3
予算が完全に
オーバーしてしまった
ここまで読んできた人は「一体いくらかかったの?」と気になっていたことと思う。家全体のリフォームについてはプライベートなことなので控えるが、キッチンについては個別に見積もりが出ているので、そこを公開したいと思う。
よく見ると、IHコンロ、クーキレイ、食洗機などの備品に30万近くかかっている。IHコンロなどは自分で安いものなどを手配することで、もしかして少し安くなったかもしれないが、サイズなどはほとんど選べないので、結局それほど変わらなかったかもしれない。最初は、IHヒーターは市販のものを乗せてもいいのでは?という話もあったけれど、それは面倒すぎるし美しくないということで、はめ込んでもらった。これは本当に正解だった。
ちなみに、最初は50万円ぐらいでできたらいいな、と考えていたのだが、結果的には倍かかってしまった。見積もりが甘かった。が、次に作るなら、もう少しはうまくやれるだろう。それでも、食洗機、シンク、IH、クーキレイなど、設備がある程度かかる。本体自体は、割と質素なものだし、同じ発想で安く作ることは十分に可能な気がする。
このキッチン以外でも、壁だの床だの、あるいはベッドルームのクローゼットだの、あちこち手を入れることになり、予算は膨らんでいった。引っ越した家も予算以上だったし、さらに期間も伸びた。しかし、もうここまで来てしまうと、どうにもならない。家ってそういうものだと、後で聞いた。それはそれで覚悟するから、最初から言ってほしい!
4-4
引っ越しはいつまで?
延びる延びる延びる納期
解体は12月の頭に終わっていたが、実際に作業が始まったのは12月もおしまいぐらい、実質1月に入ってからだった。大工さんは一人でやっていくので、案外のんびりした作業になる。仮住まいの家が近かったので、たびたび荷物を取りにいった。そうすると職人さんが独りラジオを聴きながら作業をしている。のどかな風景だった。いい腕の大工さんだと、柳澤くんが言っていた。
焦っても仕方がないし、そもそも仕事が忙しかったから、すぐに引っ越していいよと言われたところで、引っ越せなかったと思う。それに、3月中旬から4月末の期間は引っ越しシーズンだ。引っ越し業者の手配がつかない。値段も3倍になると言われ、だったらもう、家賃を払ってGWまで引っ越しは待とうと決めた。
あと、これは工事とはまた別なんだけれど、ダイニングの椅子探しに苦労した。通常のダイニングテーブルより高いし、カウンターテーブルよりは低い。なかなかイメージに合うものが見つからず、オーダーするか、既製品の足を切ろうか、などと話をした。結局、靴磨きの人が使っていたという、座って疲れなさそうな椅子を選んだ。
2019年2月に入った。作りつけの棚などもお願いしていたためにかなり長くかかった大工の仕事が終わり、その後電機や水道の工事が終わり、テーブルの塗装が終わり、最後に壁の左官仕事が入った。
廊下の建具も総とりかえした。ここまでくると、着々と進んでいる感じが見えて、私たちも楽しい気持ちになっていった。
完成▶いよいよ工事終了。ミングルが完成!
そしてとうとう、養生していた床材をはがして、部屋のクリーニングが終わり、引き渡しの日がやってきた。待ちに待ちに待った。リビングの扉を開くと…
ビフォー、
アフター!
既存のキッチンの壁を抜いたせいで、空間が広々した。
奥の棚は、鍋棚になる予定。
これがミングル正面。テーブルには、引き出しつき。
IHがテーブルの真ん中に。特注でつくってもらったシンクは、テーブルに食い込む形で置かれている。シンク直径は50cm。壁からここまでの間だけは、パイプが出てしまったが、これは納得済み。でも、思ったより低い位置で、なんとかなった。
デスクトップの中央がIHコンロに。フラットになるように埋め込んであるので、使っていない時は普通にテーブルとして使える。
コンロのスイッチは、側面の目立たないところ。
テーブルの下には食洗機。IHコンロの操作盤も目立たないところにつけてもらった。
クーキレイ。照明としてだけ使うこともできるし、リモコンを使って換気扇のスイッチを入れると、汚れた空気を吸いこんでくれる。基本的にはフィルターを使って汚れを吸収するため、どこかに煙が行くわけではない。あまり油多めの料理は向かないだろう。
クーキレイのリモコン。強さの調節も効く。
引き出しには、卓上で使うものを入れておく予定。
見てお分かりのように、ミングル自体は、設計は大変だったとは思うが、複雑なものではない。それなりに時間がかかったのは、壁、天井、床とすべて取り換えたからでもあり、決してミングルが難航したからだけではない。
冷蔵庫はこの部屋の中、棚の前に置く。もともとあったキッチンの壁を取り払ったら、そこしか置き場が作れなかった。でもミングルとセットになっているほうが、日常使いには便利でいい。
床にはアカシヤ材を張ってもらった。白木の建具や、ここでは見えないが廊下の各部屋の扉は白木で塗装は施さず、私たちがすべて蜜蝋を手作業で塗った。また、左に少し見えているのは、以前使っていたダイニングテーブルの天板の一部を使って作ってもらったサイドテーブル。どうしてもミングルで足りない時にこの台で拡張する予定。
できてみると、想像以上にナチュラルな雰囲気になって、悪くなかったかなと思う。広い!と思うかもしれないけれど、ここにこれからリビングのソファやテーブル、それにさまざまな道具が入るわけだから、ごく普通だ。
展望▶これからミングルをどうしていきたいか。
6-1
ミングル・スタイルを
もっと広めたい
一番みんなが疑問に感じるのは「で、有賀さんはこれをどうしたいの?」ということではないかと思う。
このミングルをどこかの業者に頼んで実用的なものにしてもらい、販売するという商売があるだろう。
あるいは、自分の料理スタジオとして、使うこともできる。スープ・ラボもできるし、そこからの発展で、スープ教室や料理サロンを開くなんてことも、できる。
それらは要望に応じてやっていく可能性があるけれど、私がいま望むのは、もう少し別のことだ。
このミングルをきっかけに、これからの新しい家族のくらしを発信していきたい。新しいライフスタイルを作る、なんてかっこよさげで簡単だけれど、人は暮らしに対しては保守的なものだ。そう簡単には変わらない、変われないことを自分自身が良く知っている。
私の望みは、誰かのくらしを豊かに変えることではなく、誰のくらしにも豊かな価値があるものだと気づいてもらうことだ。広がりすぎて自分の価値観が見えなくなりがちなキッチンをダウンサイジングすることで、落ち着いて自分のくらしを感じ、集中して考えてもらうこと。それができれば、キッチンがあるない、広い狭いは関係ない。
だからもうしばらく、このことについて発信をしていきたい。ミングルは、私の発信基地としての機能を持つだろう。
6-2
ミングルで作れる料理は
誰にでもできる
ミングルのメリットは「ここまではやろう」「これ以上は無理」という、これまで自分で決めていたけれど少し後ろめたく思っていた決定を、ミングルが決めてくれるということだ。キャンプみたいに「あるものでやるしかない」になる。
逆に言うと、料理をじっくりやろうと思ってもそれほど複雑なことはできない。揚げ物や、焼き物は難しいし、中華のジャカジャカした炒め物もあまり向かない。煮る・ゆでる、あえる、こんなところではないだろうか。煮込みやスープ、サラダや各種和え物。
それでもレンジや炊飯器、オーブントースターは使う家が多いと思うから、組み合わせれば相当な料理ができる。
できないことや制限が、逆にイマジネーションを膨らませることを、私たち日本人は、俳句を通じて知っている。文字数を増やしたからと言って、豊かな世界があるわけではない。たった17文字でも、五感を呼び起こすような世界が表現できるのだ。私が『スープ・レッスン』で発信しているように、少ない野菜でも十分おいしい。
メインの野菜はひとつ。味付けは最小限。
それでいて、旬の野菜がたっぷり味わえる。
『スープ・レッスン』でやったことを、キッチンでやったら、このミングルになった、ということなのだと思う。
だからもちろん、このミングルで作れる料理の発信はやっていきたい。
次に変えていくのは、料理のシステムだ。
たとえば先日ワークショップでもやったような、スープの方程式に沿ったスープ。素材×だし×油×調味料。このシンプルな掛け合わせを使えば、そのときあるもので料理を作れる。
初めて料理に取り組む人たちにもやさしく合理的なメソッドがあれば、もっと家庭料理は楽しくなる。
6-3
さいごに
15000文字に及んだ私のミングル・レポートもそろそろ終わる。ここまで読んでくださった、ということは、少なからず興味をもってくれたという解釈でいいのかなと、勝手に思い込むことにして。
ひとつ、お願いがあります。
これがもし何かに役立ちそうだと思ってくれたら、それをどこかで話題にしてほしい。思ったことをnoteやブログに書いたり、Twitterでアイデアをつぶやいたり、Facebookでシェアしてほしい。
幅広い意味で家や部屋を作る人・貸している人・直す人は、このスタイルについて何か感想をいただけたら嬉しく思う。
そうやって、みんながキッチンについて、家の中のことについて、楽しく話していくということを促せたなら、もうそれだけでもミングルを作った価値があると思えるだろうと、思うから。
平成が終わるまであと10日。新時代に切り替わるタイミングに間に合った。これまでの食に別れを告げて、新しい食にみんなで踏み出したい。
これからもよろしくお願いします。
平成31年4月10日 スープ作家 有賀薫
読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。