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キャベツのスープと料理の神さま

レストランのシェフを気取るわけじゃないですが、もし私のスープの中で特別な一品があるとしたら、やっぱり『スープ・レッスン』の「焦がしキャベツのスープ」ではないかと思います。
これは書籍の表紙になったレシピです。表紙を決めるときに候補のスープが3種類あったんですね。ところが担当編集者さんがあまりにも迷ってしまったのでTwitterやFacebookで人気投票をやったら、ぶっちぎりで1位だったんです。キャベツを大きく切るというところ、おいしそうな焦げ目、だしを使わずに素材だけのうまみで食べさせる調理法にみなさんひかれたのでしょう。

「有賀さんはどこからこのスープを思いついたんですか?」とよく聞かれます。大きな声じゃ言えないのですが、これ、失敗作から生まれたスープなんです。
ある朝、キャベツのスープを作っていました。蒸し煮してから煮込むというスープです。野菜を鍋に入れてふたをして蒸し煮しつつ、何を思ったかふっと火の前を離れちゃったんですね。油断もあったと思います。はっとしてキッチンに戻ってきたときは、鍋がチリチリ音を立てています。慌ててふたをとるとキャベツと玉ねぎが焦げてしまっていました。

やってしまった……と思いながらも、真っ黒というわけじゃないし、何とかなるのではと、そのまま水を加えてしまいました。煮立てると野菜の焦げた部分が水に溶けだして、なんだかすてきな褐色になっています。そういえばカレーのあめ色の玉ねぎに水を加えるとこんな感じになるなと思いました。で、スープの味見をしてみると驚くほどおいしかったのです。

料理の本を読み、そうか、これはメイラード反応というもので食品の焦げに含まれるうまみや香りが水に溶けだしたんだなと理解したのはもっと後からのことです。ポトフでよくやるようにキャベツを大きな串切りにしたらビジュアルに迫力が出て、今のスタイルになりました。

キャベツを焦がして煮込むなんてそれほど特別なことではなく、私の前にもやっていた方はたくさんいたはずです。でも、野菜たっぷりの私のスープにうまくはまったのか、やっぱり焦げ目の魅力なのか、連載や本を見て作ったという声を実にたくさんいただきました。

料理のアイデアをいくら思いつけたとしても、みんなに繰り返し作ってもらえるような料理はそう簡単に生まれるものではありません。他の人を見てもそうで、一流のシェフやインフルエンサーの料理でも、その人らしく、かつ作ってもらえる料理ってそれほど多くない。だから食卓までちゃんと届いたなと実感の持てたレシピには、料理の神さまがついてくれたんだと思うようになりました。

料理に没頭していると、まれにこういうことがあります。不思議なことに、うっかり焦がしてしまったというような一見マイナスの形をとって現れることも多い。そこが神さまっぽいです。

料理の失敗に凹むのではなく、むしろ失敗をおそれず(あるいは気にせずに)前に進む人のところに、神さまは降りてきます。たまにですけどね。

【失敗から生まれた焦がしキャベツのスープ】
材料(2人分):キャベツ1/6個 ベーコン40が 塩 小さじ1 オリーブオイル大さじ1と1/2 水600mL

1 キャベツ1/6個を串切りでふたつに切り分ける。葉がバラバラにならないよう、爪楊枝を指しておく。
2 深めのフライパンに油大さじ1をひいて熱し、キャベツを切り口を下にして並べ、中火でしっかり焦げ目がつくまで焼く。ひっくり返して残りの油を足し、ベーコンも並べて裏も同様に焼く。
3 水600mLと塩を加え、沸騰したら弱火にして、ふたをかけてキャベツが柔らかくなるまで煮る。





読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。