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最後の食事と丸鶏のスープ

毎日料理を作る主婦や料理人で、鶏肉を触ったことがないという人はめったにいませんよね。でも丸ごとの鶏については、見たことはあっても自分で買ったことのある人はものすごく少ないんじゃないかと思います。丸鶏のスープの話です。

私もスープ作家になるまで、鶏一羽なんて自分で買ったことがありませんでした。叔母が料理上手で、昔クリスマスにローストチキンを焼いて上手に切り分けてくれた記憶があります。実家でも一度や二度ぐらいは、家族か客かが面白がって買ってきたことがあったかもしれません。でも、鶏の構造もわからないから骨についた肉もうまくとれなくて、食べにくいねーなんて言いつつ不完全燃焼だった気がします。

スープ作りをはじめてからだって、丸鶏のスープを作る機会はそうそうありません。朝のスープは野菜が中心ですし、雑誌やウェブの記事で丸鶏一羽使ってスープをとりましょう、なんてレシピの要請はめったにこないからです。それに骨付きのモモ肉や手羽先、鶏ガラ、ひき肉などを使った鶏のスープだって十分すぎるほどおいしいのです。

とはいえ、プロとして仕事をやるうえで少しずつ勉強しようと思い、初めて丸鶏に挑戦したのが、韓国の養生スープ「参鶏湯」です。鶏を買い、高麗人参やなつめやもち米を調達。YouTubeの動画や家にあった本を見ながら、四苦八苦しておなかに詰め物をしてタコ糸でお尻を縫い付け、足を交差して縛り上げました。

すごくすごく当たり前のことだけれど、鶏には脚があり、胸があり、ぽっかり空いたお腹の中にはもう抜かれた後の状態とはいえ、内臓がそこにあったことをリアルに想像させます。姿形のある鶏を悪戦苦闘しながら料理していると、食べるというのは彼らの生命をもらうと同じ意味なのだと、誰からでもない、いま目の前にいる鶏から教わることになるのです。

さて、もち米となつめと栗を詰めた鶏を、高麗人参と一緒に水からコトコト3時間。もち米のせいか少し白濁した、とろんとしたスープができあがりました。
鶏のエキスが肉や骨から出切った参鶏湯のスープは一口すすると目を丸くするほどおいしくて、これまで幾度となく肉や骨から鶏のスープをとってきた私も体験したことがない、体にすーっとしみこんでいくような味わいです。

家庭で肉のだしをとるとなったとき、あっさりとして和洋中どんな料理にも合い、滋味深い鶏のスープは最上ではないかと思います。その中で丸鶏のスープは抜きんでておいしく、多くの人に味わってほしいスープだと思いました。

死ぬ前にもし何かひとつ、好きなものを注文できるとしたら私は多分、鶏のスープを頼みます。最後の食事だからもし贅沢がいえるなら、丸鶏のスープに塩をぱらりと振ってすっと一口飲みたいな、と思うのです。命尽きる前でもそんなことを考えてしまうとは、本当に人の業は深いものですね。

ここでは、初めて丸鶏にチャレンジする人のために、参鶏湯に似ていますが材料がもっとシンプルな、丸鶏の水炊きスープを紹介してみます。

【丸鶏の水炊きスープ】
材料(2~3人分):丸鶏 1羽(小さめのもの・1キロ以下が扱いやすい)もち米 50g 長ねぎ 1/2本 にんにく 2片 しょうが 20g 昆布15cm 塩 適量

1 もち米を水に30分ほど浸けてザルに上げる。
2 鶏の首骨、手羽先、尻の脂肪を切り取って腹の内側をぬめりがなくなるまで洗う。ペーパーで水気を取り、表面と内側に塩20gをすり込む。
3 もち米、皮をむいたにんにく1片を腹に入れ、竹串で縫い合わせるようにして腹を閉じる。足をクロスさせてたこ糸で縛る。
4 鍋に丸鶏、切り落とした首骨と手羽先、にんにく、しょうが、昆布、長ねぎの青い部分を入れ、鶏が浸る程度の水(分量外)を加えて中火にかける。沸騰したら鶏からアクが出るのでお玉で取り除き、2時間から3時間煮込む。
5 煮込んだ鶏とスープを土鍋に移す。白髪ねぎと塩を別の皿に乗せて完成。

読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。