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私の読書●小説家志望の読書日記⑧椎名麟三『自由の彼方で』

 椎名麟三の『自由の彼方で』という小説を若い頃から愛読している。この作品の主人公の心情は痛いほど沁みるのだ。
 回想の形で、自分を「ばかな子供だった」と振り返る主人公。底辺の労働者から、労働組合運動にのめりこみ、特高の拷問を経て転向する。話の表面を見ると、本当に何も分からないまま当時の共産党の党員となり指示に従っていたように読める。最初に読んだときは、自分もそう読んでいた。でも、何年か後にもう一度読み直して、それがとんでもない誤解、読み誤りだと気づいた。この小説は作家の自伝的なものなのだが、作家の略歴を見てやっぱりなと思った。わけも分からずどころか、この人は相当ごりごりの共産党の活動家だったのだ。だからこそ、過去の自分を徹底的に否定しようとする。まるでそのためにこの小説を書いているかのように。それだけ、この人はかつて全実存を賭けて社会主義運動にのめりこんでいたのだ。
 彼が転向したのは、拷問のためばかりではない。獄中で読んだニーチェやドストエフスキーによって内面的に転向した。そして、過去の己を殺そうとする作品を書き続けた。いわゆる戦後派作家の中でも際立って実存主義的であるといわれる作家である。


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