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添削屋「ミサキさん」の考察|19|「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」を読んでみた⑲

|18|からつづく

3⃣主語を自分勝手に省略しない

✖悪い例
2100年には109億人になると予想されています。
〇良い例
2100年には、世界の人口は、109億人になると予想されています。

「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」105ページ

 主語と述語を明確にすることで、文章はわかりやすくなります。
 ただし例外的に、同じ主語が続くときは、省略した方が読みやすくなることもあります。

同上

ここで、最新のトピックも絡めて。
第11回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞し、直木賞にもノミネートされて話題の逢坂冬馬さん『同志少女よ、敵を撃て』。さっそく読みましたー!
実に力作で読み応え十分。すごい作品です。

ただ、文章が分かりづらいところがいくつかあって、もったいない気がしたんです。
そのひとつが主語の省略です。
もしかしたら、著者が意図的にテンポをつくるためにそうしたのかもしれないのですが、読者としては意味がとりづらくそこで立ち止まってしまい、流れが中断してしまう気がしました。

少し引用します。
注釈しますと、これは独ソ戦をソ連側の少女の視点から描いている小説です。
生まれ育った村をドイツ軍に焼かれ、母親をはじめ村人たちが虐殺され、かつ女性は犯された。一人生き残った少女セラフィマは、赤軍の狙撃兵として復讐のために前線に立つ、というのが概要です。
この小説は3人称で書かれています(最近の日本文学は1人称の方が多いので、その意味でも意欲作ですね)。
引用するのは、セラフィマ(愛称フィーマ)が、幼馴染ミハイルに再会したシーンです。
ミハイルは村が焼かれたときには不在でした。ミハイルも赤軍に加わっています。

(あ! 今読んでいる途中の方は、この先は読まない方がよいかもしれません!)


 セラフィマは言い返した。
「たとえどんな事情があっても、女性への暴行は許されることではない」
「悲しいけれど、どれほど普遍的に見える倫理も、結局は絶対者から与えられたものではなく、そのときにある種の『社会』を形成する人間が合意により作り上げたものだよ。だから絶対にしてはならないことがあるわけじゃない。戦争はその現れだ」(引用者註:ミハイルの台詞)
「どんな理由があろうと暴行魔は悪魔よ。絶対にしてはならないことは確かにある。戦争という特殊な環境を利用し、少数の『社会』がそれをねじ曲げるだけでしょう」
「八〇人殺したことを自慢する君みたいにか」
 全身の血が凍った。言い返そうとも思えず、セラフィマは彼に背を向けた。
「さようなら、ミハイル。もう二度と会うこともないでしょうね」
「待ってくれ、フィーマ!」
 腕を摑んだ。その腕に鳥肌が立つ。これまで、彼に感じたことのない嫌悪を覚えた。
 ミハイルは慌てた様子で口を開いた。

『同志少女よ、敵を撃て』

 引用の最後のほうなのですが「腕を摑んだ」というのは、文脈からして「ミハイルがセラフィマの腕を摑んだ」だと思います。「その腕に鳥肌が立つ」は「ミハイルに摑まれたセラフィマの腕に、鳥肌が立つ」ですよね。「嫌悪を覚えた」のはセラフィマです。
「腕を摑んだ」の主語(ミハイル)が省略されているまま視点がブレた文章になってしまっています。
 数行前で「セラフィマは彼に背を向けた」と書かれていることとの関係でも、「腕を摑んだ」の主語は省略できないのではないかと思います。

|20|につづく


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