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添削屋「ミサキさん」の考察|21|「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」を読んでみた㉑

|20からつづく|

ナポレオン戦争を背景にロシアそのものを描き出したというべき歴史小説、トルストイの『戦争と平和』。ああいうのが「三人称神視点」といわれるものなのかなぁ、と確言できませんが思っています(総登場人物559人!)。
アンドレイ、ピョートル、ニコライ、マリア、ナターシャというように主要登場人物がいるとはいえ、「多視点」という感じもしませんね。
あいにく本を手放してしまって今ページを繰って叙述方法を確認することができません。

吉村昭さんの歴史小説はまた独特のもので、小説と定義できるかもよくわかりません。「記録小説」というようにもいわれているようです。

というので、今手元にある中村文則さんのかなり特殊な小説「三つのボール」を、少し長くなりますが引用してみます。

この小説には人間(擬人化された動物やモノも含む)が登場しません。

 小さな部屋の天井から、先が輪になった、首吊りのロープがたれている。
 その下には壁に接したベッドがあり、その壁に小さい窓がある。ベッドの脇に黒い小さな棚があり、その上に、四角い形状のライトがある。ライトの光は白く、薄い。それは蛍光灯の明りの下で、ぼんやり霞んで見える。
 その黒い棚の横、壁を背に立つ本棚には、あふれるほどの本が並んでいる。どのような種類の本なのか、わからない。部屋の中央に低く長い机があり、その上にノートパソコンがある。マウスがあり、それをのせる灰色のマウスパッドもある。パソコンは、電源がついている。画面では無数の黒い砂が、あらゆる方向へ流れている。まるで画面の中に本当に砂があるようで、その動きは細かく、しつこい。ベッドとは反対側の机の隣には、引き出しのついた大きな戸棚がある。
 部屋の中に、大きな三つのボールがある。一つは青く、一つは黒く、一つは白い。直径は三十センチほどで、若干、黒のボールが大きい。青のボールはベッドに乗り、首吊りのロープの下で揺れている。白は床の上をゆっくり転がり、黒は机の下で動かない。
 本棚と反対側の壁の隅には、オーディオセットがある。オーディオセットの下には、台になった大きなCDラックがある。無数にあるCDがどのようなものか、わからない。CDケースの背には言葉がなく、もがく蛇のような線が、それぞれ細く太く書かれている。その線は、本棚にある本の背表紙にも、同じように書かれている。オーディオセットの隣、壁の中央には、大きなドアがある。ドアの下部は床からボール三つ分ほど高く、床に接していない。そのドアは開いているが、向こう側はここからは見えない。
 青いボールがベッドの上で跳ね始め、パソコンがある机に飛んだ。だが、ベッドから離れた青は、机の上でわずかしか弾まない。白のボールはゆっくり転がり、高さのあるドアの前で止まった。白はその場で跳ねようとするが、ドアの高さに届かない。その時パソコンの画面の砂が、赤く変化する。だが、それ以上の変化はなく、またゆっくりと、黒い砂に変わっていく。黒のボールは、机の下で動かない。……

「三つのボール」

短編小説ですが、ずっとこの調子で進みます。
ほんの少し、「見える」「見えない」「わからない」等、主体(視点)のようなものが現れていますが、注意しないとわからないくらいです。
こういう「視点」の小説もあるんだと面白く思いました。
(ちなみにこの小説、最後の方に思わず「あ」と言いたくなる展開があります。)

|22|につづく


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