【氷河期三郎のコンビニダイヤリー/第1回】面接

アパートを出て、近所のコンビニへ向かった。これから行って面接を受けて、そこで働くことになるかもしれない。今までバイトの面接に落ちたことはないので、おそらく大丈夫だとは思うが、今年で二十七になるので、もしかしたら採用されない、ということもありえるのだろうか。そうでなければ明日ぐらいから、これから行く店で働くことになる。

じょじょに近づいてくる、住んでいるアパートの近所にあるコンビニが、何かへんな感じのものに見えてくる。近所にはあったのだが、行ったことのない店だったので、見慣れてはないからか。どこからどう見てもコンビニの店以外の何ものでもないのに、まるでコンビニというものをはじめて見たような、へんな感じがした。一歩一歩前に行くごとにその店が段々と近づいてきて、十分後に、バイトの面接を自分から申し込んでいるのに、なぜか引き返してしまいたくなった。

でも働かないと、まったくお金がない。一週間前に、勤めていた古本屋を、僕は職場の人間関係に疲れて辞めてしまった。自分から辞めたのだが、人間関係を上手く行かせられなかったのは自分で、それを上手く出来なければ辞めてくれないかと店の主人に言われて、それで辞めたので、半ばクビになったようなものなのだった。

僕は人とのコミュニケーションが下手くそなのかもしれない。いや、下手くそだ。見栄をはっても仕方がない。

僕は自分で言うのもなんだけど真面目な性格なので、仕事そのものはちゃんとやれると思うのだけど、いつも人間関係に疲れてしまう。人間さえいなければ上手くやれるのに。でも僕も人間だ。僕はなにを言っているのだろう。僕が生きているのは人間の社会なのだ。だから僕の悩みはずっと消えない。今度の職場の人たちとは上手くやれるだろうか、と思っていると、もうコンビニの入口の前だった。

やっぱり止めますごめんなさいして帰ろうかと思ったが、道に面したコンビニの壁はガラス張りなので、店の中の、カウンターにいる店の人に姿を見られてしまった。姿を見られた、と思ったら目も合ってしまった。

自分は二十七にもなって仕事をクビになるような人間なのだから、働く社会というものから見れば劣った人間なのだろう。そのコンプレックスが、職安経由で企業の社員採用の面接とかではなく、アルバイトで働こうとするところにあるんだよな、と思う。人間関係にも悩まず、働くことにコンプレックスも無かったら、見える景色も違うんだろうな。

そんなことを頭の片隅で思いながら、店の中に入って、さっき目の合った店の人に、バイトの面接に申し込んでいた氷河期(ひょうがき)です、と伝えると、目の合った店の人、きっと午後にパートで働いているのだろう、二十代後半の、おそらく結婚している感じがする女性は、なぜか少し戸惑っている感じで、そこで待っているように僕に言って、バックヤードに入っていった。
そしてすぐバックヤードの扉から出てきて、やっぱりなぜか落ち着きがない。え、店を間違えたかな、違うコンビニだった、と僕は思った。店の女性は、
「面接の時間は午後二時で間違いございませんでしたよね」と言ってきた。
「すみません、確かそうだったと思うんですけど」と僕が言うと、またバックヤードにあわてて入っていった。そしてすぐさま、また出てきて、
「どうぞお入りください」と女性は言った。そう言われたので、僕は会釈して中に入った。

しかしバックヤードに入ると、入ってすぐそこの床に人が仰向けに寝ていた。腹が出た中年の男で、頭が禿げてて、頭の両サイドにしか毛が無い。そしてこのコンビニチェーンの制服らしきものを着ている。先ほど応対してくれた女性と同じ制服だ。女性がバックヤードの扉を開けからだを半分ほどのぞかせて、
「起きて下さいと言ったじゃないですか店長」と言って、客が来てないか振り返って店の中の方を確認している。

店長と言われた床で寝ていた中年のおっさんは、うめき声をあげながらからだを起き上がらせている。床にダンボールを敷いて寝ていたらしい。

「ああ……すみませんね」と店長らしいおっさんは言って、まだ意識がはっきりしないのか、ふらふらしながら数歩歩いて、机と椅子が置いてある場所に行って椅子に腰かけた。制服の上着のボタンは全開で、服装などに気をつかわないおっさんがいかにも着ているような、ヨレヨレの白いTシャツ、Tシャツというか肌着と言った方がいい下着が見えている。それに気づいておっさんは制服の上着のボタンをのろのろと留めはじめた。何で僕は中年のおっさんがボタンを留めているところをつっ立って見てないといけないのだろう。唐突にこどものころ、「おかあさんといっしょ」というテレビの番組があって、パジャマでおじゃま、というこどもがパジャマを着るところを映しているコーナーがあったことを思い出した。バックヤード入口の扉を開けて半身を出していた女性は、お客が来たのか店の方に戻ったようだった。おっさんとふたりきりで、おっさんが制服のボタンを留めるところをじっと見ている。まるで「おじさんといっしょ」だ、と僕は思った。

こんなんでいいんだろうか、面接に来ておじさんが服着ているところを見さされたのははじめてだ。

店長であるおっさんはボタンを留め終わっていくらか意識がしゃっきりしたのか、壁に立てかけてあった折り畳みの椅子を開いて、椅子のかたちにして、自分と向き合うようにセットした。
「午後の三時の約束じゃあなかったけな、確か」と僕に言って、
「まあどうぞ」と言って僕に座るように促した。
「よろしくお願いします。失礼します」と言って、パイプ椅子に僕は腰掛け、カバンから履歴書を出しながら、薄汚れて、狭く雑然としたコンビニのバックヤードを見て、思い描いていた通りの場所だな、と思った。でも自分から面接に来ておいて、一、二度店の様子などを見に来てから面接の申し込みをするか考えればよかったな、と思った。床で寝ている人のもとで働いて大丈夫だろうか。

その、この人のもとで働いて大丈夫だろうかと思われている当人は、僕の出した履歴書を手に取って覗きこんでいる。

僕の履歴書なんて、覗きこんで読むようなことなど書いていない。ただ生まれて、大学まで行って、卒業して、何者にもなれなかった人間だ。書いて誇れる学校も卒業してなければ、何の資格も持っていないので、履歴書の資格記入欄も空白だ。自動車免許さえ持ってないので、募集されていた、この店の0時から6時までのバイトに雇われたら、空いた時間に自動車学校に通おうかとも思っている。

まだ僕の目の前にいるおっさんは黙って僕の履歴書を覗き込んでいる。僕は自然と目の前のおっさんの禿げた頭頂部を覗き込んでいるような体勢になっている。

僕ごとき人間の履歴書にどこにそんなにじっくり読むところがあるだろう、二秒でいいぐらいの人間だ。やっぱり何で前の職場を辞めたのか訊かれるのだろうか。しかも正社員で勤めていたのかバイトだったのか訊かれたら。僕は前の古本屋もアルバイトとして勤めていた。

なぜアルバイトになったかというと、僕が大学、といっても名前を出したら笑われるような、よく地方都市にある、なんとか国際とか、なんとか経済とか、なんとか商科なんて名前がついている、そういう五流のFランク大学、そういう大学を僕は卒業しているからなのだ。わざわざ6、3、3に、そして4年の16年も通って卒業したというのに、僕のことをどこの企業も社員として雇おうとはしなかった。正直なんでだ、という気がする。五流のFランクといっても、勝手に大学を名乗っているわけではなく、ちゃんと大学と認められているところを卒業して、正規で働くことができないなんて、じゃあなんでそんなところがあるのだろうか。卒業しても職に就けない大学なんて造るなよ、助成金なんて国から貰うなよ、と入って卒業しといて思う。大学は職業訓練校ではないのだが、行って研究者になれるわけでもなく、じゃあなんのためにそんなところをたくさん造っているのか。やっている人間や関わっている人間の為にあるのだ、ということなのだろうか。何とか国際とかなんとか経済の数だけ、どこの地方都市にも、そういう人間がいるということなのだろうか。そして僕みたいなバカが金を巻き上げられ時間を無駄にしているということなのかもしれない。そういう人間は、総理大臣とゴルフをしているらしくて、それが美しい国というものの仕組みなのかもしれない。だから僕はここでバイトの面接を受けてるのだろうか。

案外秒数にしたら短い時間なのかもしれないが、まだ、目の前のコンビニ店長は何も言って来ない。僕は僕の目の前で履歴書に黙って目を通している中年男を改めて見た。いったいこの人はどういう経緯でコンビニの店長になって、平日の昼間に街の片隅のコンビニのバックヤードで床にダンボールを敷いて寝てて、いま僕のことを面接しているんだろう。髪の両サイド以外は見事に禿げている。からだにいい生活をしているとは到底思えない。面接に来ておいて、何が楽しくて生きているのだろう、逆に訊いてみたい、と思った。無職が生意気言うな、と言われてしまうだろうが。

長い沈黙の後、
「地元出身で、前はじゃあ古本屋で働いていたということなんだね」と何だかため息が混じったような言い方で、コンビニの店長は言った。
「はい」と僕は答えた。

その後いろいろ、なぜ前の職場を辞めたのかとか、どうしてコンビニのアルバイトをしようとするのかとか、答えにくいことを訊ねられると思ったのだが、まったくそんなことは訊かれなかった。

あなたにとって働くとはどういうことですか、というような、ちょっとうるさいことも訊かれなくてほっとした。

いつから働けるか、深夜のシフトの希望だが、仕事を教えたいので夕方ぐらいから初めは出て来れるかとか、そんな事ばかりで、坦々と次の仕事が決まったのだった。

バックヤードを出て、よそよそしく感じる店内を進みながら、ここに慣れてかないとならないんだな、と僕は思った。最後にカウンターにいたさっきの女性に頭を下げて、僕は店を出た。

https://twitter.com/kaorubunko