老いても着たいTシャツは?(小原信治)
映画におけるTシャツの有用性
「猿楽町で会いましょう」という映画にはPOPなTシャツが数多く登場する。監督の私物だそうだ。そのTシャツが登場人物のキャラクターや感情、時代背景を雄弁に物語っている。多彩な音が絡み合うバンドアンサンブルの音色のひとつとして機能している。もしも同じ脚本をすべての登場人物が黒い無地のTシャツで演じていたら映画全体の印象はどれほど変わっていただろう。ここまでエモーショナルな演技にはなっていなかったんじゃないだろうか。
なんて有りもしない想像をしてしまったのは、自分がいつも着ているのが黒い無地のTシャツだからだ。
AVIREXのDAILY RIB QUARTER SLEEVE TEE
七分袖のこのTシャツがクローゼットに常時五枚あってそれを一年中着回している。色褪せたものから買い直してローテーションに加える。一枚3080円(税込み)。気がつけば三十年以上になる。途中、流行に乗ってハイブランドとか古着なんかに手を出したときもあったけれど、結局ここに戻ってくる。無駄を削ぎ落としたデザイン。着心地の良い素材。体型にも合っているのだろう。腕の細さもストレートネックも胸板の薄さもカバーしてくれる。身体のシルエットが美しく見える。着ているだけで精神的にも落ち着く。僕にとってはTシャツというより、皮膚と言ってもいい。
出会ったのは十七歳。藤沢にあるアメカジの専門店で初めてバイト代で黒の革ジャンを買ったとき。レジの橫にあったこのTシャツにひと目惚れして一緒に買った(袖は七分よりも短かったかもしれない)。当時の自分としてはかなり奮発した記憶があるから当時でも3000円近くしていたのではないだろうか。Hanesの白いTシャツ(三枚千円)が全盛を極める少し前の話だ。
その後、何年か着ない時代を経て、再会したのは二十七歳。不摂生と暴飲暴食で80㎏に増えた体重を三ヶ月で30㎏落としたタイミングだった(つまり、着なかったのではなく、着られなくなっていた)。ワードローブのすべてを買い直したときにもう一度手にしていたのが十七歳のときに着ていたこのTシャツだった。
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