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黒い守護者~黒猫・初代~ 

古今東西を問わず、猫を愛し、猫に狂う人々がいる。

ダ・ヴィンチは「猫は神の作った最高傑作である」 という言葉を残し、ピカソやダリも猫を愛した。
我が国でも室生犀星や大佛次郎、果ては宇多天皇までもが猫の下僕となった。

猫の魅力は、時代や場所を違えて人々の心を鷲掴み……いや"猫掴み"にする。
そして、こんなことを言っている私もその肉球と爪に捕らえられた一人だ。

「働いたら負け」とは、猫と貴族とニートへ贈る言葉だが、もちろん"職業猫"は存在する。
ウィスキーキャット、養蚕のねずみ除け、喫茶店の看板猫、和菓子屋の磯辺海苔男。

そして……「邪払いの黒猫」

邪祓いの黒猫

この20数年の間、一時保護した猫を除けば、我が家には6匹の猫がやってきて、そのうち3匹が黒猫だ。

三者三様で、どの猫も相当な"クセ強"だが、やはり印象深いのは既に他界した一匹目、初代守護役だ。

猫には様々なジンクスがついて回るが、中でも黒猫は「邪を祓う」と言われている。

黒猫を我が家に迎えたのは、私が19歳になる春。当時はまだ学生だった。
どこでそんな話を聞いたのか忘れてしまったが「邪払い」をしてもらうために譲り受けたのだ。

もちろん、半分は冗談。
以前、非常に可愛い黒猫に会ったことがあり、その時から密かな憧れだっただけだ。

ただ、そんな摩訶不思議な話を聞くと試してみたくなるのが人情。
人ならまだ幼稚園児くらいの子猫に、

「お前に我が家の守護役を命じる。今日から君が、この家の警備隊長だ。怪異、その他諸々から家族と主である私を守るように」

と役職を与え、事あるごとに「警備隊長!」とか「防衛大臣」とか「黒猫軍曹殿!」といった名称で誉めそやした。

しかし、冗談は言ってみるものである。
結局、その子猫……以後「初代」と呼ぶが、初代とは19年一緒に暮らした。その間、彼女は確かに我が家の守護役として任務をこなしていたのだ。

黒猫は「あんこ(餡子)」とも呼ばれていた。初代も黒黒というより餡子色。

■守護役の仕事

我が家には先住猫(長老)がいたのだが、彼女と比較すると初代は不思議な行動が多かった。
特に子猫から半年、1歳と年を経るごとに、それは顕著になっていった。

【其の一:門番】
私は1匹目から全室内飼いをしているが、初代はいつも玄関へ出迎えてくれた。
通常なら足元にまとわりついてくるが、ごく稀にじっと見ているだけの時があった。
そして、その時の目と顔が妙に厳しい。いや、ハッキリ言って怖い。

そしてもっと怖いのは、初代がそのようにする時は、大体外で"変な目"に合った後……なのだ。

例えば「あ~、ここあんまり通りたくねぇなぁ」と思う場所を通ってきた後とか。何がどうと説明がつかないものの、何かや誰かを見てゾッとして吐き気を堪えながら帰宅した時とか。

初代はあからさまに威嚇はしない。
いや、威嚇する事もあるが、それは"よほど"の時だ。

彼女の眼差しは、普段ジットリとしているが、こういう時は妙に鋭く厳しい。
その鋭い目つきでひとしきりジッと見た後、じゃれつきもせずフイっと部屋に戻る。
我が家に来たばかりの時は、ただ無邪気なだけの子猫であったが、育つにつれて、このようなことが多くなった。

だが、初代がそれをすればするほど、家の中で怪異が起こることはなくなり、やがて完全に消失した。

【其の二:査定】
初代が若い頃は、ちょうど私も10代終わり~20代前半。我が家には様々な人間が出入りしていた。
初代は犬のようなところがあり、基本客に対する愛想はいい。
たが、もちろん例外はいた。
懐かれない奴は、オヤツを出しても、おもちゃを出しても、何をしても寄ってもらえない。
無理に触ろうとすれば、威嚇こそしないものの猫特有の素早さで逃げ出し、物陰から何か胡散臭いものを見る目で睨まれる。

これを単純に相性と見てもいいのだが、今思い返すと、初代が懐かない人間には土壇場で裏切られたり、駄目なほうのサイコパスな面があったり、あまりいい付き合いはできなかった。

【其の三:病魔に威嚇する】
初代は、先住猫の長老と非常に仲が良かった。
もちろん喧嘩もある。だが、一方的に威嚇して近寄らないようなことはない。
しかし、一度だけ、長老に寄り付きもしなかったことがある。

ある時、長老が急性肝炎で死にかけた。
一件目がヤブ医者で、数日の入院の後「もう無理」と放り出された。
戻ってきた長老にむかって、初代はずっと威嚇していた。

先にも述べたが、初代と長老は仲がいい。
長老は初代の姿が見えないと探し回るし、初代は自分の毛並み以上に長老の毛並みを気にするほど仲がいい。

それにも拘らず退院後、何日経っても初代は長老に近寄らない。たまに寄ったかと思えば威嚇しては逃げていく。
「病院の匂いがついているからか?」とも思っていたが、再度違う病院に入院させ、長老が元気になって戻ってきた時は一切威嚇しなかった。

その後も何度か通院したが、やはり病院から戻っても初代は威嚇しなかった。

その後、猫が増え、犬がきても同じだった。
それぞれ予防接種や避妊手術で病院に行く事はあっても、初代が威嚇することはなかった。
どうやら理由の分からない威嚇をするのは「命に係わる大きな病気」にたいしてだけらしい。

これに似たような話で、海外で活躍している「てんかん発作探知犬※」というものがある。
この犬達は、患者の微妙なしぐさ、脳内の電気変化、体臭の変化などで発作を事前に探知すると言われているが、恐らく初代も似た原理で異常を見分けていたのかもしれない。

ただ、それに対して威嚇するのは、彼女にとって病気、身体的異常というのはまさに「病魔」であり、彼女が祓うべき対象だったという事なのだろう。

■初代が残していったもの ~黒猫の護符~

初代の仕事をザックリ紹介してみたが、これ以外にも初代のエピソードは多数ある。
今後の更新のネタバレ的に言えば"死んでから"の話もある。
とはいえ、初代が元気現役のうちは私も「気のせいだろう」と思っていた。
……いや、そんなこと、あるわけないじゃろ!!

こんな話を書いておきながらも、私は何でもかんでもスピリチュアルやオカルトにしてしまうのは嫌いだ。

この変な話も長年あれこれ考えた末に「あいつは守護役としての役目を果たしていたのか」と思うようになったし、確信したのは代替わりの時だ。

二代目は隻眼

二代目の選定については、また別の機会に語りたい。(黒猫が好きな人はついてきてね)

数多くの逸話を残す初代だが、もっとも印象深いのは、彼女が亡くなるまでの2カ月だ。

病気らしい病気をしたことがなかった初代も、やはり猫の子。
猫の宿命、腎不全には勝てず2ヵ月ほどの闘病の末に旅立った。

闘病の間も、彼女はおぼつかない足を引きずりながら、帰宅する私を出迎えた。
人にとってほんの数歩の距離も、病気で老齢の猫にとっては一大事業だったろうに、完全に身動きが取れなくなるまで出迎え続けた。

彼女は、最期の最期まで守護役としての職務を全うしようとしていたのだ。

初代が亡くなり、今年の夏でちょうど10年になる。
10年経っても、玄関に座って私を出迎えた初代の姿が忘れられない。

初代の後、すぐに長老。その数年後に黒猫(雄)、犬と見送った。
3匹とも一人で看取って、一人で見送った。

世の中には、愛するペットが日に日に弱る姿を見るに耐えられず、安楽死を選ぶ人もいる。
実際、知人にも似たような人がいた。
ペットにとっても辛い状況だったようだが、それ以上に「自分の精神が持たない」というのが理由のようだ。

確かに、死への一方通行をずっと看るのは辛いことだ。
魂が少しずつ損なわれるように、日々存在が希薄になるのを横で見続けるのは悲しいことだ。
「いつ呼吸と鼓動が止まってしまうのか?」そんな不安を抱えて過ごす夜は、どれだけ長かったことか。

これに耐えられない人は耐えられないだろう。
それは仕方がない。心の強度は人によって違うし、取り巻く環境・状況も違う。時には安楽死がペット本人への救いになる場合もあるだろう。

私だって、特別に強靭なメンタルはしちゃいない。
ただ私には、あの最期の日々の記憶がある。
ドアを開けた先に座す初代の姿が今も胸にあるから、大丈夫なのだ。

初代は「黒猫の守護者」から「黒猫の護符」になって、今も私と後輩達を守ってくれている。



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