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学力は、ほめて伸ばすべきか?

私が中学校の教員を務めていた市の教育長は

「子どもたちをほめて、学力を伸ばしなさい」

と全小中学校に指示を出し、
教育委員会による学校訪問を行った際は、
授業中におけるほめ方の言葉選びに注目すると宣言していました。

一見すると、時代の流れに応じた指導法で、
教育長が市の教育のために情熱をもって取り組んでいるように思われますが、このトップダウンの指示には大きな問題があります。

根拠がない指示

それは
「ほめて伸ばす」指導について教育長が、
全くその根拠を示していないという点です。

「ほめれば、学力が伸びる」という確固たる根拠があって
指示を出しているのか?

それとも

教育長個人の思想や思いつきによるものなのか?

によって全く状況が変わってきます。

前者であるならば、全小中学校で実施する価値は大いにあり、
さらにほめ方を研究することで
市全体の学力を押し上げる可能性が見えてきます。

しかし、もし後者であるならば
教育を私物化していると言わざるを得ません。

教員に対して大きな権力のある教育長の指示に抗うことは難しく
根拠があるのかどうか定かでないその指示1つで
小中学校全体の学力を押し下げてしまう可能性を想定しているのか
疑問に感じました。

ほめ方と学力の関係を明らかにする研究指定で
一部の小中学校で実施するのであれば、
まだ百歩譲って理解できますが、
根拠や具体的な理論・指導法を示さず、
全小中学校で実施するとなるとリスクが高いと言わざるを得ません。

この教育長のトップダウン的な指示を校長から説明されたとき、
ある国で絶対的な権力をもっている指導者が
稲をついばむ雀を指さし、国民の食糧を確保するため

「害鳥だから駆除しなさい」

と指示した歴史を思い出しました。

国民は偉大な指導者の指示だから正しいことだと考え、
総出で雀を駆除していった結果、
天敵がいなくなったイナゴが大量発生して大飢饉が生じ、
逆に多くの国民が命を落としてしまうという結果になりました。

一見、良かれと思ったアイデアでも、
食物連鎖の状況を把握する
雀の駆除と豊作の因果関係の検証する
歴史上で飢饉が起こった原因を調べる
など多角的に検討していなかったために起こった悲劇です。

当時、私は「ほめて伸ばす」という教育長の指示を、
この「雀の駆除」にあたるのではないかと危機感を覚え、
校長に「ほめて伸ばす」教育のリスクを
教育経済学者 中室牧子氏の著書『学力の経済学』を根拠に説明しました。

自尊心と学力の関係性はあくまで相関関係にすぎず、因果関係は逆である。つまり学力が高いという「原因」が、
自尊心が高いという「結果」をもたらしているのだと結論づけたのです。

バウマイスター教授らは、
子どもの自尊心を高めるようなさまざまな取り組みは、
学力を押し上げないばかりか、ときに学力を押し下げる効果を持つ
と警鐘をならしました。

学生の自尊心を高めるような介入は、
学生の成績を決してよくすることはない
とくにもともと学力の低い学生に大きな負の効果をもたらしたということも明らかになっています。

むやみやたらに子どもをほめると、
実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。

中室牧子,2015,『学力の経済学』,ディスカヴァー・トゥエンティワン

上記のエビデンスを上回る根拠を教育長がもっているのか、
もっているのであればその立場から説明責任があるのではないかと
訴えましたが、
残念ながら2022年3月末、
私が退職するまでに明確な回答は得られませんでした。
教育長の指示によって、雀の駆除のようなマイナスの結果にならないことを祈るばかりです。

伸ばしてほめる指導

私は、『学力の経済学』で示されているエビデンスを覆す研究結果に
まだ出会っていないため、教育長の指示には従わず、

学力を身につけさせることが先で、
ほめることが先でではない

というエビデンスに基づくべきだと考えていました。

だから私は、「ほめて伸ばす」ではなく、
生徒たちが自ら実感できるくらいの学力を身につけさせることを優先し、
伸びた分野を具体的に評価する
「伸ばしてほめる」指導を実践していました。

基本的な学力が身につけば、
生徒たち自身が「勉強ができる」と自動的に自尊心が高まるので、
ほめなくても主体的に学習するようになっていきます。
この事実からもどちらを優先すべきかわかるのではないでしょうか。

このエビデンスを知らない人が私の指導を見ても、
ほめて伸ばしているようにも見え(実際は逆で、伸びているところをほめています)、
教育長の指示通りであると勝手に解釈してもらえたため、
全く問題ありませんでした。

ちなみに、「ほめて伸ばす」提唱者の教育長が
教員をほめて導く姿勢を私は見たことはありませんでした。


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