和辻哲郎「古寺巡礼」
noteに上げる私の感想文は、過去に書き溜めたストックからのものがほとんどですが、いくつかは最近読んだものの感想をあげています。
ストックには感想文と画像がセットになっていますが、中には感想文はなく(あるいは消滅していて)画像だけのものもあります。
この「古寺巡礼」は画像だけが残っているものの一つです。
数日前に、この画像にぶつかったのですが、その際、「古寺巡礼」を読んだ当時のことがありありと胸の中に浮かんできました。
そのことを書いてみます。なのでこれは感想文じゃないです(悪しからず)。
……
「古寺巡礼」はとても有名な本ですので、おそらくたくさんの方がお読みのことだと思います。
この本が出る前まで「神社仏閣といえば京都」でしたが、この本が出たことで奈良の神社仏閣も有名になったという説もあります。
今からするとちょっと想像もつきませんね。
「古寺巡礼」を読んだのは、今から二十数年前のことでした。
当時私は、いわゆる「ミッドエイジ・クライシス」に襲われていました。詳細は書きませんが、大変しんどい思いをしていました。
そんな気分の中で読んだこの本には、奈良のさまざまな仏像や仏閣について、とてもかけがえのない、美しさの極致のように描かれていました。
その内容に感じ入った私は実際に奈良に行ってそれを確かめに行きたいと思いました。そして、なにか大きな変化を受けてみたいと思いました。
簡単にいえば、癒しの旅です。
さて、名古屋から近鉄特急に乗って一人、奈良へ入りました。
季節は夏が終わり、秋になるころでした。
日帰り旅行ですので、見る対象には限りがあります。とりあえず、東大寺、興福寺、薬師寺、唐招提寺はそれぞれ周りやすい位置にあったので、ぐるっと確認しました。
東大寺二月堂の仏像のモッブに圧倒され、中金堂を失ったままの興福寺で阿修羅像や十二神将に恐れをなし、昔ながらの東塔に新しい西塔の薬師寺で煌めく聖観音に憧れを感じ、唐招提寺で千手観音の超絶さに感激しました。
「これで十分」と言いたいところでしたが、そうはいかないのです。
一番見たい仏像を残していたのです。それは「古寺巡礼」でも格別に評価している聖林寺の「十一面観音立像」なのです。この第一番目に指定を受けた国宝の一つである仏像を目にしなければ、私の癒しの旅は完結しないのです。
聖林寺は奈良市の中心部から少し離れた桜井市にあります。電車に乗り、そのあとはタクシーを利用し、山懐の奥まったところにある聖林寺に到着しました。
寺の前に立った時、私は軽い驚きを覚えました。
国宝仏像があるというのに、建物は古く、足を踏み入れた境内は興福寺や薬師寺とは比べ物にならないほど狭苦しい。
申し訳ないですが、寺を間違えたのではないかとすら感じました。
平日だったこともありますが、昼下がりの境内には参拝客、観光客は一人もいませんでした。お寺の関係者も誰も姿を見せません。
不安いっぱいのまま、本堂に向かいました。
本堂前で止まった時、声がかかり、年配の女性が一人現れました。
慌てて「十一面観音を拝観に来ました」と私が言うと、「左の通路の奥です」とだけ言い、すぐに引っ込みました(拝観料を払ったのかどうか、記憶にないです)。
なんともそっけない対応。
通路の奥……この本堂の古さからすると、十一面観音の保管は大丈夫なのか? と気になってしまいました。とにかく、言われたように通路を進みました。
薄暗い通路を進むと突き当たりにコンクリートの壁がありました。壁のように見えましたが、近づくとそれはコンクリート製の「立てた大きな箱」でした。
通路を奥まで行くと、その大きな箱の前に出ました。前面はガラスで仕切られ、中から光が溢れていました。
「箱」の中には十一面観音立像が御安置されていました。
仏像とは本堂の最も中央で荘厳されて存在しているものですが、全く異なっています。まるで倉庫に収納しているような感じでした。
寺の建物の古さとこのコンクリートの部屋の対比があまりにもアンバランスでしたが、十一面観音立像はそんなことなど全く気にされず、胸高く、すっくと千二百年間変わらぬ高貴な御身を見せていました。
全体的に肉付きが良く、特に上半身がやや豊満な感じは、まさに「東洋のビーナス」とフェノロサに言わしめた通りの御身でした。
コンクリートの箱に収納されている仏様に大変違和感を覚えつつも拝礼し、その場を去りました。
見るべきものを見ました。そして、私は帰途につきました。
なにか重いものを背負わされたという感じが残りました。
疲労感とは明らかに異なるその重いものとは、それまでの自分が持っていなかった何かでした。
そして、それは私の身内に入って来て、石のような感触として残された気がしています。今も。
癒しの旅にするつもりでしたが、決して癒されはしなかったのでした。
……
ということで、感想文ではなくてすみません。
でもまあ、奈良に行きたくさせられる本です。お勧めします。
【注】
・十一面観音立像は、そもそもは聖林寺の仏像ではなく、廃仏毀釈令から逃れ、聖林寺に移されたようです。
・ネットで調べたら、その後、聖林寺は改装されており、十一面観音立像もコンクリートの箱などではなく、立派な観音堂に御安置されているようです。