伝承の日本史18 〜 当時の中国大陸情勢、田道間守

2世紀の中国大陸は後漢皇室が堕落し、宦官政治となっていた。
民衆には道教が流行、革命集団が現れ、漢帝国打倒を掲げた(184年)。いわゆる黄巾の乱と呼ばれる農民の反乱。

220年後漢は滅び、翌年、魏が建国され、呉と争った。公孫氏が遼東半島で勢力を拡大し、楽浪郡や帯方郡を支配、公孫淵が魏から独立しようと呉の孫権に使者を送った。
公孫淵は燕国として独立。
孫権は233年、遼東に第使節団を送り財宝を贈呈したが、その運搬者の中に銅鏡づくりの職人がいた。

公孫淵の裏切りを知って、魏は魏国への復帰を命じた。公孫淵は考え直して呉の使節を斬り、その首を魏へ送った。
そんな政情急変となって呉の船は逃亡し、難破した銅鏡職人は韓国経由で和国に亡命。
初めは都万国に行くが、豊玉姫(ヒミコ)政権が魏と国交を持つ予定と知り、ヤマトへ向かい銅鏡を造った。
それが、いわゆるヒミコが魏からもらったものより古い銅鏡ということになる。

238年銘の神獣鏡が山梨の鳥居原狐塚から出土。呉から来た工人が作ったらしい。

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魏は道教を弾圧して勢力を強め、公孫氏も滅ぼし楽浪郡や帯方郡を占領。韓国の帰属化を進め臣智(三韓の官名)に印綬を与えた。

そこで豊玉姫(ヒミコ)も朝貢して印綬や銅鏡を欲しがった。銅鏡(三角縁神獣鏡ではない)は豪族に与えて味方にするため。

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