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【企画参加:第二回「絵から小説」】Chisaki ーチサキー

「これは…」
ピンク色の小山のてっぺんに立った俺は言葉を失った。
目線の高さにはぐるりと連なる北アルプスの峰々。
眼下には松本平、そして桜、桜、桜。
歌舞伎「楼門五三桐さんもん ごさんの きり」の石川五右衛門の名台詞が頭に浮かぶ。

絶景かな 絶景かな
春の眺めは価千金 あたいせんきんとは小せえ 小せえ
この五右衛門が眼から見れば価万両 あたいまんりょう 万々両まんまんりょう

その価万両 あたいまんりょうの美しさに心が緩んだのか、固く閉じていた俺の記憶の ふたがカチリと開いてしまった。
(子供の頃のチサちゃんも、この景色を見たんだな。)
幼い頃、ほんの3年ほどを共に過ごした少女のことを想った。
それは甘く切ない、俺の初恋だった。

*-*-*-*-*-*-*
「トシくーん、結婚式ごっこしよー。」
桜の花が散り始めると、隣に住んでいるチサちゃんは決まってこう誘いに来た。
女の子がやる結婚式ごっこといえば普通、頭から白いレースのカーテンみたいなものを被ったり、野原で摘んだ花でブーケや花冠を作ったりして花嫁さんに ふんする たぐいのものを連想すると思うのだが、チサちゃんの結婚式ごっこは一味違っていた。
まず、折り紙で小さな箱をたくさん作る。
次に散り落ちた桜の花びらを大量に集める。
そして、集めた桜の花びらを折り紙で作った箱に詰める。
以上…なのである。
俺は最初、この作業のどこが結婚式ごっこなのか全然理解できず、チサちゃんに質問をした。
するとチサちゃんは訳知り顔で「これはね、結婚式の引き出物に入れるお赤飯なんだよ。私達の結婚式にはたくさんお客さんが来るから、お赤飯もたくさん用意しなくちゃいけないの。」と答えた。
俺は正直「変なの」と思ったのだけれど、「私達の結婚式」という甘やかなフレーズと、楽しそうに花びらを集めるチサちゃんの笑顔に惹かれて、桜が散る時期には毎日のように結婚式ごっこに付き合っていた。

桜の花びらが小山になるくらい集まると、チサちゃんはおじいちゃんとおばあちゃんの家の近所にあるという「こうぼうやま」の話をしてくれた。
「こうぼうやまはね、生えてる木のほとんどが桜なの。だから春になると山全体がピンク色になるんだよ。もう、ほんとにすごいんだから!ああ、トシ君にも見せてあげたいなぁ。」
そして、こんな歌を口ずさみながら、集めた花びらを折り紙の箱に詰めるのだった。

こうぼうやまは てっぺんハゲ
ハゲまで登って見渡せば
ぐるっとアルプスこんにちは~
松本平もこんにちは~

俺は「山全体がピンク色なんて、女の子は何でも大げさに言うんだよな~」と思っていたんだけど、チサちゃんの機嫌を損ねるのが怖くて口には出せなかった。

そんな風に季節が3回巡って、チサちゃんと3回結婚式ごっこをやってしばらくたった頃、チサちゃんは遠い街に引っ越していった。
引っ越しの前日にお母さんと一緒にサヨナラのあいさつに来たチサちゃんは、おじいちゃんに貰ったという「熊よけの鈴」を俺にくれた。
「私の宝物だけど、トシ君にあげる。大事にしてね。」と泣きながら言った。
俺は泣かないように我慢していたから「うん」と答えるのが精いっぱいだった。

その後しばらくの間、俺とチサちゃんは文通をしていた。
チサちゃんの手紙には、俺の知らない街で、俺の知らない友達と楽しそうに過ごしている様子が綴られていた。
それを読むとなぜか俺の胸はチクリと痛んだ。
そして母親に「お手紙来て良かったわね。トシちゃんはチサちゃんのことが大好きだったもんね。」などと言われるのもたまらなくウザかった。
そんなこんなで俺は、チサちゃんに手紙の返事を書くのをやめてしまった。
それでもチサちゃんは手紙をくれていたが、その頻度は徐々に減り、2~3ヶ月に1通来るか来ないかという状態になった時に俺も両親の仕事の都合で別の街に引っ越した。
以降、チサちゃんとの文通は途絶えてしまった。
中学を卒業した時に思い切って、チサちゃんにハガキを出してみたのだが、宛先不明で戻ってきてしまった。
チサちゃんの家は転勤族だという話だったから、きっとまた違う街に引っ越してしまったのだろう。
迂闊 うかつな話だが、そうなって初めて俺は気付いたのだ。
「チサちゃんにはもう二度と会えなくなってしまったのだ」と。
*-*-*-*-*-*-*

そして今、チサちゃんと最後の結婚式ごっこをしてから20年の時を経て、俺はチサちゃんが話してくれた「弘法山 こうぼうやま」の「てっぺんハゲ」の部分に立っている。

今回、俺が松本市を訪れたのはプライベートな理由ではない。
俺は大学を卒業後、食品関係の会社に就職した。
そこで蕎麦そばの商品開発の担当となり、全国各地の蕎麦そばについて調査に回っていて、今回はその調査の一環での松本出張だった。
当初は駅前のビジネスホテルに泊まるつもりだったのだが、初日のヒアリングが予定よりも早く終わったのと、「おいしい蕎麦そばを出す旅館がある」という話を聞き宿泊費も手頃だったことから、情報収集も兼ねてそこに泊まってみることにした。
駅から宿までのタクシー移動の際、俺は市街地から少し外れた場所にピンク色の小山があることに気がついた。
タクシーの運転手さんに尋ねると「ああ、あれは弘法山古墳 こうぼうやまこふんだね。お客さんが行く宿のすぐ近くだで、夕飯前に上まで登って見てくりゃあいいわ。」と勧められた。
弘法山古墳 こうぼうやまこふん…それはチサちゃんが言っていた「こうぼうやま」だろうか?
多分そうだろう。
「山全体がピンク」に加えて「てっぺんハゲ」まで一致しているのだから。

宿に着いた俺は早速、弘法山 こうぼうやまに登ってみることにした。
弘法山 こうぼうやまは山というよりも丘といった方が良いくらいの小さい山だったが、念のためバッグにはチサちゃんに貰った熊よけの鈴を付けて行くことにした。
チリン、チリンと熊よけの鈴を鳴らしながら弘法山 こうぼうやまを登り、てっぺんにたどり着いた俺は、その景色の美しさに圧倒された。
そして、もう二度と会うことができない初恋の少女のことを想った。
チサちゃんは、今どこでどうしているのだろう?
そんなことを考えていたせいか、俺は無意識にあの歌を口ずさんでいた。

こうぼうやまは てっぺんハゲ
ハゲまで登って見渡せば
ぐるっとアルプスこんにちは~
松本平もこんにちは~

「あの…もしかしてあなた、トシ君?」
ふいに背後から声をかけられて振り返ると、俺と同じ歳くらいの女性が立っていた。
誰だろうと思ったが、会ったことのない女性だった。いや、よく見ると大きな目と、少し低くて丸っこい鼻に見覚えがあった。
「もしかして…チサちゃん?」
信じられない思いで呟くと、その女性は泣き笑いのような不思議な表情で「やっぱりトシ君!嘘、嘘でしょう?ああ、夢みたい!」と空を仰いだ。
そして急に真顔になって「何でトシ君がこんなところにいるの?」と言った。
「俺は松本出張で。それよりチサちゃんこそ、何でここに?」
「私、今は松本に住んでるから。私が小学校を卒業した年に、親が海外赴任になって家族で中国に引っ越したのね。で、両親はまだ中国にいるんだけど、私は日本の大学に進学したかったから、帰国して母方の祖父母の家から松本市内の大学に行ってたの。それで、卒業後もそのまま松本の会社に就職して。で、今日は午後半休をもらってここに桜を見に来たの。でも、まさかトシ君に会えるなんて!これってスゴイ奇跡だよね。」
「うん、本当にスゴイ奇跡だ。でも、何でチサちゃんは俺のことがわかったの?俺、子供のときからそんなに変わってない?」
「まさか!見た目でわかったんじゃないよ。最初はね、その鈴が気になって。ああ、私が昔持ってたのに似てるなって思って見てたの。そしたら、あの歌」と言いながら、チサちゃんは何故かクツクツと笑い出した。
「歌って、てっぺんハゲってやつ?」と聞くと、
「そう、それ!その歌ね、私とお母さんがテキトーに作った歌なの。だからね、私があげたのと同じ鈴を持ってて、あの歌を知ってるなんてトシ君しかいないって思って。」
そうか、そうだったのか。
本当に、いろいろな偶然が重なってチサちゃんと俺は再会できたんだと思った。
「その鈴、まだ持っててくれたんだね。」
チサちゃんがポツリと言った。
「うん、だって、大事にしろって言われたから。」と答えると「そっか…なんか…うん、ありがとうね。」と少し恥ずかしそうにチサちゃんは笑った。

「私の名前、千に咲くって書いて”チサキ”なんだけどね。おじいちゃんがここの景色を思い浮かべて付けてくれたんだって。」
「そうなんだ。じゃあ、ここはチサちゃんにとって、特別な場所なんだね。」
「そう。だからね、松本に住むようになってからは毎年来てるの。今日が一番の見頃かなってタイミングを狙って1人で。でね、毎年思ってた。この景色をトシ君にも見せたいって。」
「毎年?」
「うん、毎年!」
「そうなんだ…なんか…ありがとう。」
俺は何だか恥ずかしくなってモジモジしてしまった。そして、思わず見てしまった。チサちゃんの左手の薬指を。
(指輪、してない!ああ、でも結婚してても指輪しない人もいるよな。)
自分ではさりげなく盗み見たつもりだったが、結構ガン見してしまっていたらしく、チサちゃんはクツクツと笑いながら「私、まだ独身なんだ。トシ君は?」と言った。
「俺も。」と答えると、「じゃあ、メールかLINE教えて貰っても大丈夫かな?」と言われ、連絡先を交換した。
一度切れてしまった絆が、再び結び直されていく幸福感に俺は少し震えた。
もう二度と、この絆は切るまいと思った。
これから先、俺達の関係がどうなっていくのかはわからなかったけれど。
それでも。

-了-

第二回「絵から小説」について

清世さん、みなさん、こんばんは。
Atelier Crown*Clown(アトリエ クラウン*クラウン)のかおりんです。

この記事(作品)は清世さんの自主企画、第二回「絵から小説」に参加させていただくために執筆したものです。
「絵から小説」とは、「清世さんが描かれたステキな作品からイメージを膨らませて小説か詩を書く」という企画です。
お題の絵は3枚ご用意くださっていたのですが、今回私はその中の「B」で参加させていただきました(企画参加2作目で、1作目は「C」で参加させていただきました)。
清世さん、ステキな企画を立ち上げてくださり、ありがとうございました!

弘法山について

作品の中に登場する「弘法山」というのは長野県松本市に実在する小さい山で、春には一斉に咲き誇る桜で山全体が可愛らしいピンク色に染まります。
松本市内には桜の名所がいくつもありますが、弘法山は「見上げて良し、登って良し」という感じで、地元の人達にも特に人気のあるスポットです。

私は、清世さんの「B」のお題絵を見たときにすぐ弘法山を連想したので、弘法山を絡めた作品を書いてみたいなぁと思い挑戦させていただきました。
「C」のお題絵で作品を書かせていただいた時もそうだったのですが、清世さんの作品と自分が住む地域の風景を繋げて、オリジナルの物語を紡いでいくというのはとても新鮮で楽しい経験でした。
清世さん、この度は良い機会を与えていただき、本当にありがとうございました。
また、拙い文章を最後までお読みいただいた皆様にも心から感謝いたします。ありがとうございました。

改訂履歴
2022/02/27 :新規

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