片想いのしまい方-3-
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自分の気持ちに気付いたきっかけは、最悪の出来事だった(平成元年)
私が短大時代にアルバイトしていた居酒屋さんは6時開店で、アルバイトは5時半までに出勤することになっていた。
開店後は忙しくて私語を交わしている暇はなかったけれど、開店準備の30分間はきちんと手を動かしてさえいれば、従業員同士の会話も許されていた。
私は雑談を交わしながら開店の準備をする、この時間が大好きだった。
ある日、八軒さんと私はいつものように雑談を交わしながら開店準備をしていた。そのうち、どうした流れだったのかよく覚えていないのだけれど、痴漢か何かの話になった。そして、さらにどうした流れか八軒さんが私に「オレだったら、うーん、そうだな、3万円くれたら、かおりちゃんの(躰)に触ったるわ」と言って笑ったのだ。その瞬間、私はものすごい羞恥心と悔しさに襲われて彼の頬を平手で殴ってしまった。
「バシッ!」という頬を打つ音と、店長の「ちょっと、アンタ達、仕事中に痴話ゲンカしないで頂戴ッ!」という怒声。
店内の空気が凍り付いた。
彼は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに薄く笑って私を見た。
目は笑っていなかった。
たった1度だけ見た、彼が本気で怒った顔だった。
大変なことをしてしまった。
男の人に、公衆の面前で恥をかかせてしまった。
(早く、早く謝れ!早く!早く!早く)頭の中でガンガンと響く、自分自身の声。
でも私は謝ることができなかった。
そもそも、なぜ、この程度のことで私は彼を殴ってしまったのか?
私はもともと、下ネタは苦手だった。
52歳の今でこそ「どぶろっくサイコー!」とか言っているが、本当に最近まで、「下ネタが面白いというのは男の幻想でしかない」と言い切ってはばからなかった。
だが、あの程度の言葉でそんなに恥ずかしがったり、怒ったりすることはなかった。
いつもの私なら「あなたには1億円いただいてもノーサンキューでぇーす。」程度の切り返しはサラッとできたはずなのだ。
なのに、なぜあんなことをしてしまったのか?
そう、私は恥ずかしかったのだ。
ほんの一瞬、本当にほんの一瞬、彼に触れられる情景を連想してしまった自分が。
そして、私は悔しかったのだ。
冗談でも彼に「3万円くれたら触ったるわ」と言われてしまったことが。
いつの間にか彼のことを、好きになってしまっていたから。
どうしよう、彼氏以外の人を好きになってしまった。
しかも、そのことに、こんな最悪な形で気づいてしまうなんて。
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