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遠いところへ行くんだと彼女は言った

その日、近所に住むみんなでご飯を食べて合宿みたいな朝を迎えた。

小学生の避難所生活は少しワクワクしていた。

大雨が続き裏山が土砂崩れしていたため、みんなで公民館に避難していたのだ。

ひとつ年下のゆうちゃんは色黒のショートヘアで活発な女の子だった。

でも、その日少し体調を崩していたのか嘔吐した。

「おばちゃん!ゆうちゃんが吐いちゃった。」

私が伝えるとおばちゃんの顔色が変わった。血相を抱えてゆうちゃんの元へやってきた。私は風邪を引くとすぐ吐く子だったので、その時あまり深く考えていなかったけど、おばちゃんは随分と慌てふためいていた感じがして違和感を覚えた。


それからしばらくして、ゆうちゃんは入院した。大きな病気だと母は言った。

学校に帰ってきたゆうちゃんはカツラを被っていた。ショートヘアだったのに綺麗なオカッパのカツラが帽子の代わりのように頭を覆う。

まるで別人のようなゆうちゃんと一緒にバスに乗って小学校に通った。同じ人なのに何かが違う。どうしていいかわからないけど、いつも通り会話をする。


海辺のバス停は風が強かった。自分たちのバス停に降り立った瞬間突風が吹いた。

おかっぱの髪の毛が宙を舞う。丸坊主のゆうちゃんの頭が露わになる。

私は必死でカツラを追いかける。道路の真ん中に横たわるおかっぱのカツラ。バスの運転手さんが心配そうに見守ってくれていた。車が来たけど出来るだけ早くゆうちゃんにカツラを渡したかった私は道路に飛び出した。

あんなにか弱くなったゆうちゃんを、心細く怯えるゆうちゃんを、私は見たことがなかったから。丸坊主になったゆうちゃんを見て、事の重大さを感じたから。

「はい」と渡したカツラを、「ありがとう」と受け取るゆうちゃんを35年以上たった今もはっきりと覚えている。

小学生だった私は「病気」ということについて考えてみたけれど、ドラマや映画のようにいつか治るのだと思っていた。

ゆうちゃんはスポーツも大好きで、元気の象徴みたいな存在だから、今さえ頑張ればきっとまた元に戻れる。だから応援してあげよう。

小学校で年に一度鼓笛隊で町内の小学校がそろってパレードをする。それを楽しみに毎日みんなで練習する。ゆうちゃんは「私は出来ないから、頑張ってね」と言ってくれた。「大丈夫。来年は出来るから」私は言った。


ある日、「ゆうちゃんたち北海道に旅行行ったんだって」母が言う。

「え!病気なのに旅行行くの?」

私は旅行なんて行ったことがなかったので羨ましいと思った。でも、それが何を意味するのかわかった時に大きな悲しみが襲う。

少ししてゆうちゃんが仲良しな友達を部屋に呼んで、消しゴムや鉛筆をくれた。とても可愛い消しゴムで、私たちはきゃっきゃと喜んでいた。

「こんなにたくさんもらっていいの?」と聞くと、ゆうちゃんは言った。

「私、遠いところに行くんだ」

「また北海道行くの?」

「ううん、もっと遠いところ」

私は病気を治すために都会の病院に行かなければいけないのかと不安になった。でも、治ったらまた一緒に遊べるから、それまでの我慢なんだと思っていた。


「遠いところ」の意味がわかったのは、彼女が小学校卒業する直前のことだった。


母が言った。

「どうするの?一緒に行ける?」

私はなぜか発熱してしまい、動けなくなっていた。

「ちょっと今日は無理かもしれない」


今思えば無理やりでも行くべきだったのだろう。

ゆうちゃんのお葬式。



私は家で一人熱で現実か夢か分からなくなっていた。ゆうちゃんにもらったキラキラの消しゴムを握りながら、「遠くに行くってそうゆことだったの?」とつぶやいてみる。


小学生の彼女はもうわかっていたんだね。

「また来年」「遠くってどこ?」なんて軽々しく言っていた自分。

「ごめんね」



彼女は生きたくても生きれなかった。

私の心の中にいる彼女は、色黒で活発なショートヘアの女の子。

彼女の存在は今でも大きな支えをなって私の生き様に影響しているし、「死」の誘惑に乗ることがなかったのも彼女が生きれなかった分自分が生きるんだって強く思えたから。


ゆうちゃんの一生は12年と言う短さだったけれど、とっても大きなものを残してくれたよ。

だから私は、もっともっと強く生きたい。

この命がある限り絶対に無駄にはしない。


多くの人が救われるように、命の灯火で心を照らし温められるように。


「生きる」と言うことの本当の意味を見つける旅を続ける。




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