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「今まで通り」ではどこへも行けないから

星見当番、今朝で体重が開始時から10kg減少し、体内年齢が74歳まで若返りました(2ヶ月前は80歳でした)。おおよそ体重が2kg落ちるごとに1歳ずつ若返っている計算です。このままのペースで試算すると実年齢相応の体内年齢まで行く前に体重が危険な領域まで落ちることになるので、ある程度まで体重と体内年齢が落ちたら筋肉を増やしていく必要があります。

過去2ヶ月の体重グラフを眺めながらふと「『自然に』していたらできないことを達成したいなら『不自然なこと』をやるしかない」とフォロイーさんが書いていたのを思い出しました。確か元井さんかな。探してみた結果、たぶんこの記事です。

「『自然に』出会って『自然に』付き合いたい」とは言うけれど「今までずっと『自然に』やってきて誰とも出会わず誰とも付き合えなかった人がその『自然に』を続けたって望みは叶わない。だってその人の『自然な行動』は『自然に交際相手ができる行動』ではないから」うん、シビアな現実。そういう人が交際相手を作るには、その人から見て「不自然なこと」をやる必要がある。これ「『自然に』痩せたい」もまったく同じ。

「自然に」とは言うものの、実のところは「自分に都合のよい、ラクな生活パターンは一切変えず、既知の方法のみで、新たな挑戦は何もせずに」であって。その「自然に(自分は何ひとつ変わることなく)」を続けたら肥満であり続ける、ぼっちであり続けるようなルーティーンができてしまっているならば、「新しいルーティーン」、「今の自分から見れば不自然であるようなまったく別のルーティーン」を取り入れるしかない。「『自然に』していたら太らない・むしろ痩せる人のルーティーン」だとか「『自然に』していたら出会いが途切れない人のルーティーン」だとかを。

ラクなことではない、まったくラクではないよね「それまでの自分からすれば『不自然』ですらあるようなこと」を始めるのは。始めるのはラクではない、続けるのもラクではない。それでも「今まで通り」ではもうこれ以上どこへも行けないからやる、というようなことです。何かの道具や専門家複数のサポートがあってやっとできるようなことです。

当番も「『自然に』していたら体重が減ってしまうような食生活」をやるために「消化器の蠕動を止め吸収器官の能力を落とし、物理で食欲を抑える薬を打つ」という特大の「不自然」を実行して、それでやっと「『自然に』していたら筋力が上がり体力がついてしまうような運動習慣」という、もうひとつ特大の「不自然」(※当番比)をやる余裕をギリギリ作りだしているような状況です。これで食欲を抑えていなかったら、たぶん運動後に飢餓感に耐えられなくてドカ食いしているはず。

食欲はね、本当に消えました。無です。初期は吐き気による食欲減退だったのですが、現在は吐き気も消えた代わりに食欲が「無」です。お腹が空かない。飢餓感がない。空腹を感じるまで待っていたら燃料切れで倒れるので定時に少量を補給している有様です(食べ過ぎると下します)。

食欲に……というか飢餓感に自分を乗っ取られなくなると、他の「自分のためにした方がいいとはわかっているけれど後回しにしがちなこと」に時間も体力も振り向けることができるようになるなあと今は思っています。食べることができないから遠出は不可能だし、地道に運動して早く寝るかあと諦めもつきます。投薬によるダイエットは荒療治だし、専門医にすぐ診てもらえる環境でないと危険なので安易に他人へお勧めすることはできないけれど、専門家チームとしっかり連携をとって運動も併用でやっていく気がある場合に限り、やってみるだけの価値はあります。

ここ2ヶ月間に限って言えば、当番はメディカルダイエットそこそこ成功している方の患者だと思います。成功の鍵は下にリンクを張った『ダイエットと貯金の話』にある「傷ついた依怙地なデブ」マインドを返上して、その反対のマインドを持つこと。

「傷ついた依怙地なデブ」の反対、つまり「過去の傷を癒した素直なデブ」のマインドを持つこと。周囲の人間を基本的には味方だと見なすこと。特に主治医と看護師、薬剤師と管理栄養士のような専門家は自分の敵ではなく自分を支援してくれる大事な味方だと見なすこと。味方には正直であること。味方が「こうした方がいい」と言うことは素直に取り入れ、「こうしたらこうなった」を良いことも悪いことも包み隠さず報告すること。薬は処方されたとおりに用法用量タイミングを守って欠かさず使うこと。痩せなくて恥ずかしいとかダラけていて叱られるのが怖いとかいう理由で定期面談をバックれないこと。やってないことを「やった」と見栄を張って嘘つかないこと。

そして、「何のためにこんな『不自然なこと』を取り入れてまで嫌いな運動や食事制限をしているのか」という何度も湧く自問に「『〇〇のため』、だったろ?」と自答できる「コア目的」を見つけておくこと。(『コア目的』については以下の記事)

「すべては『〇〇のため』」というコア目的の達成を妨げるものでないならば、別にデブのままでいても問題はないわけです。当番はあいにく、当番自身のコア目的達成を当番自身のデブが妨げていることを認識してしまったので、減量せざるを得んのです。「今まで通り」ではどこへも行けないから。

お気が向いたらサポートをお願いします!サポートは当番の紅茶代となり、ひいては明日への活力となります