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epilogue-卒業の日に


この内容は、私の高校吹奏楽部時代の話「とある吹奏楽部のフルートパートのお話|香 織|note 」のエピローグのような内容となります。未読の方にとりましてはこの話だけ読んでもさっぱりわからないと思うので、先に当該のお話をお読み頂くことをお勧めいたします。      -筆者―




「やっぱり香織も来ると思った!」

音楽室の扉を開くと、既にそこに来ていた元部長の愛華がそんな言葉で迎えてくれた。

「なんか…来たくなってね」

「ちゃんとフルート持ってきたじゃん」

「なんとなく持って来たいやん?こんな日って」


式の後にそのまま帰ってしまうのがあまりに寂しくて、吹部の思い出たちにきちんとお別れをしておきたくて。 

特に前もって決まっていたわけではないのだが、私はいつの間にか音楽室を訪れていた。

高校の卒業式って、なんだか唐突だ。

大学の一般入試日程の合間で行われるため、つい先日まで受験だった子もいるし、これから後期試験がある子もいる。小・中学校の時のように、すべてが終わって、卒業するんだなという実感がわいてきて迎える卒業式とは違い、前日に段取りをして慌ただしく式を迎える。

本当に高校生活が終わるんだ…と思うと、なにか大事なものを残してきたかのような、一抹の焦燥感のようなものを覚えた。

小学校の時も、中学校の時も、私の卒業式の日はなぜか曇りだった。

そしてこの日も、灰色の雲が一面空を覆っていた。


「愛華はどうして来たの?」

「相棒にお別れを言いたくて…ね」

そう言って愛華は、膝に抱えたホルンを優しくなでた。

定期演奏会で彼女が英雄のように吹き鳴らしていたホルンが、きらりと光を放った。


音楽室に来ていたのは私たちだけではなかった。最初は卒業生の主要メンバーだけだったが、その後なぜだかほぼすべての元吹奏楽部員が一人また一人と音楽室に集結した。

「そうだ、後輩驚かせよう?」

集まったみんなに向けて、元部長の愛華がいたずらっ気たっぷりに提案した。

現吹奏楽部員の1,2年生は卒業式での演奏があるため、普通の他学年の生徒が休みであるこの日も全員出てきていた。式の後には体育館で、3月の定期演奏会の曲の練習もあったようだ。そして体育館の撤収が終わり次第、楽器を抱えて戻ってくることになっていた。

音楽室には椅子が演奏隊形のまま残してあったので、こっそり準備室から椅子を運び込んで、コンクールで自分が座っていた辺りに据えた。私はもう一つ、舞の分の椅子を持ってきて、私の隣に並べた。


みんなが自分の居たあたりに座り、自分が吹いていた楽器を抱えている子も少なからずいた。そうこうしているうちに後輩たちが体育館から帰ってきた。


後輩たちは私たちの姿を見るなり驚きで目を瞠り、歓声を上げた。

大好きだった先輩に抱き着く後輩たち。パートの先輩たちにせーので「おめでとうございます!」をいう後輩たち。懐かしい笑い声があちこちで咲いた。室内の気温が一気に5℃くらい上がったように思えた。


フルートの後輩の真理子ちゃんは、音楽室に入った途端、その大きな目からぼろぼろ涙を零しながら私に抱きついてきた。一緒に奏でた最高の定期演奏会。舞の入院。その後のパートの立て直し。吹奏楽コンクール。私がいっぱいいっぱいだった時、つらくてたまらなかった時、おおきなおおきな心の支えとなってくれたのが真理子ちゃんだった。隣で合奏していると、彼女がどれだけ真剣に努力しているのかが手に取るように分かった。合わせた時のフルートの共鳴から、彼女の想いがあふれるようだった。本当につらい時期ではあったのだけれど、ずっと寄り添ってくれた彼女は私にとって妹のように大切な存在になっていた。そんな真理子ちゃんは、今やパートリーダーとしてフルート部隊を率いていた。


真理子ちゃんはひとしきり涙を流して、それでも私の顔を見るとあふれだすように泣くので、あまりいろいろ喋ることはできなかったけれど、それでも彼女の背中をさすりながら、私は支えとなってくれた真理子ちゃんへの感謝の気持ちを伝えた。

「ずっと支えてくれて、ありがとう…。私、悲しみに圧し潰されてしまわずに済んだよ。真理子ちゃんがすっごく努力して、そばで支えてくれたから。音から伝わってきたよ。真理子ちゃんの想い。嬉しかった…」

真理子ちゃんは、私の背中をぎゅっと握ったまま、何度もうなずいた。


元部長の愛華が、現部長のトランペットの子と何やら話していたが、そのうち立ち上がってみんなに尋ねた。

「みんなでなにか吹かない?」

いいね!何がいい?皆その提案に瞳を輝かせた。

後輩のみんなは「先輩たちの得意な曲がいいです!」と気を遣ってくれた。

「香織、何がいい?」

愛華は私に訊いた。

いきなり私に希望を訊かれるとは思っていなかったのでたじろいだが、それでも私の希望は既に決まっていた。

「Mt.Everest 。去年の定演の最後の」

「じゃ、それにしよう!みんないい?」

特に異を唱える部員もおらず、あっさりと曲が決まった。

「パートの振り分けとチューニング済ませて。20分後から合わせます」

「在校生は吹ける子は参加で。聴く専でもいいですよ」

「楽譜は準備室にコピーがあるから使って」

矢継ぎ早に指示が飛ぶ。活気づくみんなを見ていると、部にいた頃のような懐かしい気持ちになった。

「指揮はだれがやるの」

「先生に来てもらお」

1曲だけ、ということで、顧問に指揮をお願いすることになった。


フルートパートでもどこを吹くか決めた。

真理子ちゃんと1年の美憂ちゃんが1st、私が2nd、聡子ちゃんがピッコロを受け持つことになった。聡子ちゃんに「ピッコロ行けるん?」って訊いたら、彼女はニヤッと笑って「任せて下さい!」と胸を張った。


音出しをしながら注意箇所をおさらいして、乱れやすい所はパートで合わせて確認した。

私もみんなと吹くのはコンクール以来だったが、受験勉強の息抜きにちょこちょこ吹いてはいたので、音質もアンブシュアもそこまで劣化はせずに済んだ。


「じゃあ、やろうか」


顧問の指揮で、私たちの演奏が始まった。





吹いている最中、いろいろな想い出が雪崩のように心を巡った。

今でも思い出す舞のフルートの音色。

私の隣に並んだ空いた椅子。

舞もきっと、一緒に吹いてるよ。

そう思うと、不思議と私の心の中は、あの最高の定期演奏会で感じた幸せな想いで満たされた。





演奏が終わった。

一年前、舞や真理子ちゃんと奏でた人生最高の演奏。

あの時に戻った気がした。

いつの間にか雲の間から陽光が射し、きらきらと輝いていた。






片付けや皆さんへのお礼とお別れを済ませて、私は愛華と一緒に高校を後にした。

1,2年生の部員はまだまだ練習があるようで、あまり長居は憚られた。



「舞、一緒に吹いてくれたかな」

そうつぶやく私に、愛華は優しく言った。

「絶対一緒に吹いてくれたよ。

 逢いたい思いとか、今でも大好きな想い。全部こもったいい演奏やったと思う。

 私らの最高峰の想いを、あの曲に乗せて叫んだんよ。

 それにさ。エベレストって、一番天国に近い場所やん。」

「愛華…ドヤ顔しながら涙ボロボロ。」




僅かに寒さの緩んだ昼下がりの通学路を、2人でぐずぐず泣きながら歩く。

少し広がった青空からのぞく午後のやわらかな光が、その背中を包んでいた。




               おしまい


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