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「地頭」礼賛に思うこと

私が現在勤めている会社は年中採用活動をしています。まだ新しい会社なので人が不足しているし、入った人も半分は辞めちゃうし、「どうしてこんなに人が来ないんだ?」と頭を抱えながら、頑張って採用活動をしている様子です。そして時々聞こえてくるのです、「地頭が良い人に来て欲しい」って。

「地頭が良い」って?

「あの人は地頭がいいから~」とよく聞くようになったのは、私の感覚では娘を産んだ後です。この15年位で一般的になった言葉なのでしょうか。
教育を受け、努力をして培った「頭の良さ」ではなく、その人が持っている「本質的な頭の良さ」を指す言葉、ですよね。

「地頭の良さ」は好意的に評価されることが多いようで、私の勤務先でも「地頭が良い人」を求めています。とくに若い人を採用する時は、5~6年の「経験」や「専門性」よりも「地頭の良さ」を優先しているように見えます。これにはちょっと驚き。そこまで重視する意味って・・・。

そこで湧き出た2つの疑問です。
疑問①・地頭の良さをどのように測るのか?
疑問②・地頭が良い人を採用するメリットは何か?

疑問①の答えは単純でした。テストを複数受けてもらって、スコアで評価するそうです。地頭もテストで測れるんですね~。単純な知識を問うテストではないということでしょうか。
ちなみに、私が入社した頃は人事部長が居なかったので、テストは1つだけでした。今のテスト体制だったら採用されていないんでしょうね。入った者勝ちです(笑)

何故「地頭の良さ」を求めるのか

そして疑問②。この答えに隠れている闇が深い気がしました・・・。
「地頭が良い人なら1から10まで教えなくても理解してくれる」とか、「未経験業務の習得も早い」とか、そんなことを人事担当者は言います。
でもそれは、裏を返せば「1から10まで教えていられない」「未経験業務もさっさと習得してくれないと困る」という会社の事情が丸見えです。

さらに私の勤務先では学歴不問の採用が基本で、人事担当者も「地頭良くない大卒より地頭良い高卒が良い」とハッキリ言います。「大卒はそれだけで給与が高くなる」からだそうですが、なるほど、学歴にはお金を払う必要があっても、地頭の良さには払わなくて良いわけです。

もしかして、同じことが「経験」や「専門性」にもあてはまるから、それよりも「地頭の良さ」を優先しているのかもしれません。そう考えると、博士課程卒を敬遠して学部卒・修士卒ばかりを採用するのと同じ考えで「地頭重視」採用をしていることになります。

安いお給料でもチャッチャと要領よく、会社のニーズに合わせて働いてくれる。それが会社の求める「地頭の良い」人なんだなーとしみじみ思いましたが、それでは入社してくれた「地頭の良い」人はどうなるのでしょう?

「地頭の良さ」は裏目に出ると「器用貧乏」

上手い具合に1つの分野に深入り出来て経験や専門性を積み上げている人は良いですが、要領の良さばかり買われて、欠員が出た部署にあっちこっち連れていかれてしまう人も居ます。そういう人は次に転職をする時に困るだろうなぁと思うのです。また次も「地頭の良さ」で勝負するしかなくて、その勝負には勝てても、地頭の良さにはお金を払ってもらえないから給与は上がらない。器用貧乏まっしぐらになってしまいそうです。

そんなわけで、世間では「地頭の良さ」を高く評価する向きがあるけれど、「地頭の良さ」を求める会社は人を育てる気が無い、または育てる余裕がない会社なのかもしれないし、「地頭の良さ」だけで勝負をするのは器用貧乏を目指すようで危険な気がします、というお話でした。

やっぱり世の中は変化している

私が子どもの頃は、今で言う「地頭の良さ」はそれほど評価されている風でもなく、場合によっては「小賢しい」と言われちゃうような、そんな立ち位置だったと思います。そんなのより、真面目に、実直に積み上げた経験が大事だよ、というメッセージが世の中のあちこちにあった。

それが、経験がモノを言えない、変化スピードがとても速い世の中になり、「地頭の良さ」が求められるようになった。それはそれで必然とも思いますが、「地頭の良さ」と言った時に何となく漂う「生まれつきで決まってるんでしょ」という無力感が残念です。
今日の文章は「地頭良い人には勝てないよ!」なんて思わなくて済むように、自分を励ますために書いたようなものです。そうそう、地頭どころかフツーの記憶力だって下がり調子なんだし、もはや地頭の出来なんて気にする必要ない!(涙)




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