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流れが重なる【感想文の日㊺】

こんばんは。折星かおりです。

第45回感想文の日、今夜感想を書かせてくださったのは、みなとせはるさんです。

みなとせさんは短編小説を中心に、時にはイラストや写真も投稿していらっしゃいます。昨年11月から連載をされていた短編小説『メトロノーム』は、ちょうど先日完結したばかり。今月からは新たな連載『星屑の森』がスタートしています。物語を創作し、それを書き続ける力と思い、本当に尊敬します……!改めて、このたびはご応募くださりありがとうございます!

それでは、ご紹介いたします。

■夏の終わりに思い出すのは君のこと。(全10話)

中学一年生の夏休み、「夏の風景を描く」という宿題になかなか手が付けられていなかった"私"。両親も忙しく、どこかへ出かけることもないまま、夏休みは残すところあと2日となってしまいました。家から行ける範囲で絵になる風景を探していた"私"は、涼を求めて自然公園へ。そこである男の子と出会い……。

タイトルのとおり、このお話で描かれるのはある夏の終わり。みなとせさんの文章はふんわりとした雰囲気ですが、”私”の視点を通して表現される「夏」はどれもとっても鮮やか。眩しい日差しや地面にくっきりと映る影が、目に浮かびます。

私は、木陰にある歩道脇のベンチに座ると、
コーラの蓋をひねり、中身をゴクゴク飲み込んだ。

冷たい爽快感が喉を刺激し、独特の甘さが目を覚ましてくれる。
見上げれば、クヌギの枝葉が天井となり、
隙間から時々、太陽の光がチラチラと覗く。
森の中で冷やされた風が、ポニーテールからはみ出した後れ毛を揺らして、首元が少しこそばゆい。

五感をたっぷりと使って、”私”は「夏」を描いてゆきます。木の幹のごつごつした様子も、自由に、丁寧に。しかし、虫が苦手な"私"はどうしても、木に留まっている蝉を描くことができません。

そこに男の子が現れて、木の枝と蜘蛛の巣で作った即席虫取り網で蝉を捕まえます。初めて間近で見る、蝉の姿。想像以上のその美しさを、"私"は夢中になって描きます。

"私"と男の子が過ごした時間は、きっとそう長くはないはず。けれど、ひとつひとつ丁寧に積み重ねられる、"私"がベンチから飛び降りる一瞬や、蜘蛛の巣を掬い上げる男の子の仕草から、ふたりが過ごした確かな時間を感じます。

私が蝉を怖がらなかった理由。
それは、蝉が思っていたよりも大人しかっただけではない。

きっと、彼が隣にいてくれたから、心強かったのだ。

ふたりの物語は、この「夏の終わり」から先も続いてゆきます。番外編『茜空に待っているのは君のこと』も、あわせてぜひ。

■ベッドを抜け出して。

辺りが静まり返った真夜中、そっとベッドを抜け出して過ごす時間。素足で触れるフローリング、台所でひとりで飲むワイン、それから、耳を澄ませると聞こえる様々な音……。しっとりと落ち着いた世界観が素敵な、詩のようなお話です。

冷たいフローリングと、喉元に熱をもたらす赤ワイン。静かなはずなのに、耳を澄ませると聞こえてくる音。短い文章でありながら、ぎゅっと詰め込まれた美しい対比に息をのみました。ベッドから起き上がって、静かな音に耳を澄ませるまでのひとつひとつの動作を追っていると、読んでいるこちらもぐっと「真夜中の世界」へ引き込まれていきます。

冷蔵庫の音。
時計の秒針の音。
換気扇の音。
寝室から聞こえる、家族の寝息。
それぞれが、各々の音階で一定のリズムを刻んでいる。

短く、それでいて的確にとらえた、この世界が動いている証。みなとせさんが「好きな時間」として描く、リアルでありながら美しい真夜中です。

■綾なす

地元の専門学校を卒業して、都内の食品会社で働き始めた"私"こと"翠月(みつき)"は、まだ化粧をしていません。しかし、華やかな同期に気が引けたり、化粧をしていない顔をまじまじと見られているような気がして、翠月は初めての給料で化粧品を買うことを決心します。「化粧」を通して「最初の一歩」を描く、爽やかな作品です。

化粧品を買うことを決めた翠月が向かったのは、大手デパートの化粧品売り場。しかし翠月の足は、なかなか化粧品売り場に向きません。化粧品売り場へと向かう女性の華やかさに、尻込みしてしまったのです。

一時間ほど食品売り場をぐるぐると歩いてみたけれど、どうしても化粧品売り場へ行くことが出来なかった翠月は、とぼとぼと帰路につきます。そして、最寄りの駅に到着し、ドラッグストアへ寄り道します。デパートの化粧品売り場ほどではないけれど、ここにも溢れているカラフルな化粧品や、笑顔でポーズをとる女の子のポスター。

「お客様、大丈夫ですか」

そう声をかけられ、翠月は知らないうちに涙を流していた自分に気づきます。声をかけてくれたのは、スタッフの"青木さん"。翠月が落ち着くまで話を聞き、静かにそっと寄り添ってくれます。

「お化粧は、義務ではないですからね。無理に好きになる必要はないですよ」
「ただ、今のお客様には、お化粧がお手伝いできることがあるかもしれません」

青木さんが選んでくれたのは、日焼け止め効果のある化粧下地、ベージュのアイシャドウ、色付きのリップクリーム、それから、ミルクタイプのメイク落としでした。ひとつひとつには、使い方のコツを書いた小さな付箋付き。翠月が気負わず使えるであろう、優しい化粧品のチョイスに胸がきゅっとします。

翌週、翠月ははじめて化粧をして出社します。仲の良い同期の朱莉以外には、気づかれないほどの、ほんの少しの薄いベール。しかし、そのおかげでいつもよりちょっぴり自信を持っていられる自分に翠月は気付いたのです。

青木さんの言う通り、化粧は義務ではありません。しかし、化粧には大きな力があると、私も思います。

「お客様の笑顔、とても素敵です」

お礼を言いに来た翠月は、化粧をしていないにも関わらず、青木さんにこう声をかけられます。化粧をすることで、背筋がすらりと伸びる。大人になっていつの間にか当たり前になってしまった「化粧」の力と、そのときめきを思い出しました。

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