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ライターは「普通」なだけで有利

フリーで活動していると、何か突出したものがなければいけないような気がする瞬間がある。後発なのにどんどん頭角を現してきて、あっという間に影響力を持ってしまうような天才はどの世界にも存在する。
そういう人を見ると、どこかザラザラした気分にさせられる。

でも、大丈夫、安心して欲しい。
あなたに仕事をくれる人たちが求めているのは、天才なんかじゃない。
求められているのは、常識的であることだ。
長くライターをしている人を観察したり、一緒に話をしたりしていると、100人に1人!みたいな天才的な筆力をもった人って実際あまりいないことに気付く。今書かれている素晴らしい文章やヒットを生む企画力は、仕事の中で磨かれ手に入れたものだ。彼らは皆、ある意味とても普通で、常識的である。

たとえ古くからの慣習に嫌気が差そうが、そうしたものを飛び越え、常識を破りまくっていたら仕事がなくなる。多忙を極める社長から話を伺ったり、短い休憩の間に飲食店の店長に話を聞いたりするのが仕事の私たちが、約束を破ったり失礼な言動をするなど、あってはいけない。外部ライターとして伺う先での振る舞いは、取引先の評価に関わるのだ。それでも、突発的な事故や病気、子供の急な病気のせいで相手に迷惑をかけてしまうことがある。その度に「次はない」と覚悟しながら頭を下げるが、普段から信用を貯金しておけば、そうした突発的な事態に襲われても信用貯金によって守られることがある。

自戒を込めていうが、世の中のフリーランスに対する信用はかなり低い。
この業界なら、納期が守られない、取材の時間にこない、取材相手を怒らせる、取材相手からの借り物をなくす、音信不通になるーーなんてことはザラだ。頼んでいた原稿の締め切り前に「やっぱり、この仕事向いていないと思って」というよくわからない理由で泣きをみることもある。気軽になれる仕事は、気軽に辞める人も多いのだ。だから、職業の信用度はなかなか高まっていかない。

読んでいれば、これが文章力云々の話ではないことはわかっていただけると思う。
こういうことがよくあるからこそ、普通の人や常識的な人は重宝される。
安心して仕事を任せられる人だと思ってもらえる。だから、息の長いライターでいたければ、「普通」のことが当たり前にできるだけでいい。仕事は自分のペースで、必要なことを都度覚えていけばいい。そういうものだと思う。

最初の話に戻るが、どんな人でもたまたま目にした天才と自分を比較して、絶望することがある。そうやって焦りや不安を抱くとき、人は判断を誤る。

高額なスクールに申し込んでみたくなったり、コンサルタントに頼りたくなる。
きちんとしたアドバイスがあり、自走できるよう育ててくれる環境が見つかればいいけども、時々変な道へ引き込まれることもあることは、頭の片隅に入れておきたい。

不安や焦りを抱くのは決して悪いことじゃなくて、むしろ栄養。
何者かになろうとせずに、普通に、常識的であればいい。

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