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スマホ依存からの脱却をクリティカル・ビジネスで:今日のアウトテイク#193(2024-05-29)

<アウトテイク>
・SNSに投稿する前の推敲(もしくは配慮)なしのメモ、殴り書き
・ブログ記事として仕上げる前の思索の断片、または下書き
・一部、筆が乗ってきて文字数多いのもあり〼
・たまに過去に書いたネタを展開する場合も
・コワーキング関連のネタが多め
・要するに「伊藤の現在地点」

※スマホを触らない日を作ってもいいかも。


#今日のBGM

#今日のコトバ

"反抗は、すべての人間の上に、最初の価値をきずきささげる共通の場である。われ反抗す、故にわれらあり。"
(アルベール・カミュ『反抗的人間』)

#体で覚える

いい記事を読んだ。

「ずっと、海のために何かしたかったけど、何をすればいいのかわからなかった。」

でも、陸に上がってみて気づいたことがあった。悟った。

「島のやり方を体で覚える」。
これは、きっと、なんでも体で覚えるのが一番だと思う。
あーだこーだ考えるよりも、先に動け、と。

「発想と行動が直結する、そのシンプルな生き方は、海から教えてもらったものだ」。

久しぶりに、奄美に行きたい。

#コワーキング・カンファレンスJapan2024

今週の金土、5月31日と6月1日の両日、東京で「コワーキングカンファレンスJapan2024」が開催される。

ぼくは初日の初っ端のトークセッションと、2日目の午前中のコワーキングスクール、そして午後からのパネルディスカッションの3つの出番がある。

パネルディスカッションについては、こちらを。

この3名のパネラーとは、コワーキングツアーで全国を巡る中で知己を得て以来、何かとお付き合いをいただいている。はっきり言って、ローカルコワーキングの次のステージを実践の中から指し示すエキスパートだ。

だから、ぼくが直接、パネラーとしての登壇をお願いした。とりわけ、地方のコワーキングには参考になること大。ぜひ、ご参加ください。

#スマホ依存からの脱却をクリティカル・ビジネスで

一周回って元の位置。行き過ぎたデジタルの世界から逃れるために、スマホからガラケーに回帰してる、という話。

高解像度のスクリーンやApp Store、ビデオカメラといった“スマホ依存”の原因になりかねない豪華な機能をもたない、いわゆるダムフォン(別の記事ではこれを「バカ電話」と訳してた。ヒドイ)、日本でいうところのガラケーが人気。

ただし「入手しようにもまとまった情報がなく、どうすれば手に入るのかよく判らない」。そこに目をつけた二人がEコマースを立ち上げ、スマートフォンの画面を見ている時間を減らしたい人向けの電話機やデータプラン、アクセサリーの販売に乗り出した。

これきっと、なんで今さらと思われて、逆にブルーオーシャンだったんだろう、売り上げはうなぎのぼり。実はスマホ依存症から逃れたいニーズが潜在していた。

iPhoneの時代になって20年が過ぎようとしているいま、世の中はデジタルライフにすっかり疲れ切っているようにも見える。毎日何時間も明るいスクリーンを眺めて生活しているというのに、インターネットはもはや楽しみですらなくなってしまった。

あー、確かに。習慣化して、惰性で、無意識に起動して、意味もなくスクリーンを見ているときは、ある。スマホのない時代、我々はどうしていたんだろうね。

そういえば、この記事で取り上げたフェアフォンとも通じるところがある。

いや、携帯電話、ということではなくて、あるべき社会を指し示しているところが。実にクリティカルな発想を、そのまま社会運動にしているところが。

Light Phone IIの仕様が振るってる。

モノクロのタッチスクリーンを備えていて、通話やテキストメッセージの送受信のほか、いくつかのカスタムアプリ(アラーム、タイマー、カレンダー、地図機能、メモ帳、音楽およびポットキャストのライブラリー)が使える。ソーシャルメディアやストリーミングのためのアプリは用意されていない。

「アテンションエコノミーの外で、利便性の高いユーティリティを生み出すことが目的」。いや、とりあえずはこれで十分じゃないでしょうかね。

正直言うと、近々、スマホアプリをリリースする身としては若干、微妙な気持ちだが、そのアテンションについては考えるところがあった。

実は、今回はとりあえずウェブアプリとしてリリースするので、スマホの画面にブラウザで常駐はできるが、ネイティブアプリでは(まだ)ないため、なにかアクションがあった場合の通知機能(アイコンに丸で数字が出るアレ)が使えない。

しかし、これを読んでて、とりあえずメールで「なんか来てますよ〜」と知らせてはくれるので、「別になくてもいいか」と思えてきた。どうもぼくもスマホに、というかアテンションエコノミーに慣らされて、アテンションがあって当たり前と思い込んでたのかもしれない。いや、そうですね。

現代のビジネスを指南する本には、スキマ時間に仕事して、生産性高く、効率的に時間を使おう、という意見を散見するけれど、それもこういうデジタルデバイスがあることが前提だ。よーく考えたら、そこまでしなくてはならない仕事って何よ?と思わないでもない。

で、その電話通話についてツラツラ考えた。

先日、ある急ぎの用件があって、電話で話そうとなったのだけれど、いちいちテキスト打って送ったり受け取ったりするより、音声で通信したほうがよっぽど速いし、理解が深いとあらためて思った。

通話だと、話のトーンとかニュアンスも伝わる。テキストだけだと、ニュアンスをあえて文字に替えねばならない。しかも、これを読解できない人も一定数いる。音声なら言葉を端折っても意味は通じるし、「え?なんて?」と即座に聞き返せる。このメリットは大きい。

電話は相手の時間を奪う、と嫌う人はいるけれど、もちろんぼくも用もない営業電話はお断りだが、必要なら言葉を交わす、いわゆるオーラルコミュニケーションは、相手さえOKならやってもいいと思う。

ただ残念なのは、あとで「えーと、なんて言ってたっけ?」というとき、あとで見直したり検索したりできない。まあ、それだけに注意深くコミュニケーションするし、メモも取るのだけれど。

あー、いや、待てよ、そのうちAIが音声を自動で文字起こしして、要点を整理してスマホ内に保存してくれるようになるかもしれない。いや、なるね、きっと。というか、もう、あるのかな?

Light Phoneへの乗り換えに最も積極的なのがZ世代であることに驚きを隠さない。そこにはiPhone発売後に生まれた世代も含まれている。デジタルテクノロジーはZ世代の生活に欠かせないものだが、それでも、過去の世代と比べて悪影響に立ち向かう意欲や意志をもつ世代だとされる。

ここでもZ世代の動きがキーを握っている。ということは、今後しばらくは、いや当分は、この傾向は続くように思われる。

ただ、中にはダムフォンとは無縁なZ世代もいる。そんなとき、「また縁があったら話しましょう」と言って済ますのは、過度のつながりを求めないということかな。正解かもしれない。

折りたたみ式のガラケーが、むしろ「Cool!」と言われる、そんな時代になってる。オモシロイですね。人間て。

ということで、今日はこのへんで。


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