「静恋」(リクエストより)
ある廃病院にいたときのこと。それまでの経緯はよく思い出せない。ただ受付カウンターに立っていた。
そのままカンファレンスが始まり、今日で任を解かれること、その別れとして花束と赤い飴玉をもらった。そして病院から出て振り返ると、そこには何も無かったのである。ただ萎れた花束と紅い玉だけが残っていた。ラッキーですよ、嫌な奴がいたら、これを飲み込んでくださいね。いつでもお迎えします。そんな声が聞こえた気がする。
そこからである。生活が一変した。周りの声がきこえるようになったのである。唐突だ。しかし原因は、あの廃病院での出来事しか考えられなかった。幸いなことに、人物に近づくとその者の声が聞こえるのであって、地球上全ての人間の声が聞こえるわけではない。そのおかげで耳を塞いで気が狂うことはなかった。
ある時、グルーワークで相談していたクラスメイトが心の中で、僕の友人を馬鹿にしていたのを聞いた。そのクラスメイトは、いつも僕がその友人とお弁当を食べていることはわかっていたはずだ。またある時、理科室では理科の先生が、ああこの塩酸を持ち出せたらあの生徒を脅せるのになと瓶に手を伸ばしていることを聞いた。思ったよりも学校というものは怨みに満ちた伏魔殿であるようだ。
かといって退学することもできずに日常を過ごし、書道の授業を向かえた。週に一度の授業である。僕は割かし得意な方だ。集中してお手本を眺める。そして筆を硯に伸ばしたところで、はたと気がついた。集中していたからか、隣の席の女子生徒の心の声が聞こえないのである。ただ無心で、手を動かしていた。
そこから気になって少し探ってみることにする。近づかなければ心の声は聞こえない。けれどもいつ何時その女子生徒の声は聞こえない。 運良く同じグループで彼女と近くになって、声が聞こえるようにお互い無口でも、それは変わらない。でも理解できたのは、髪が長く艶やかで、一つ結びにしていた。黒髪に紅のヘアゴムがよく似合っていた。成績は良い。そしてそして静かさだけだった。
その後、一週間が経った頃、彼女のことを噂する者がいた。なんだか先生とできてるらしいよ、え?あんなに何もありませんよって顔して?あと体育でずるしてた。やっぱりやけに速いと思った。
そしてついにはいじめに発展した。教科書を隠して先生にチクることから始まり、二階の窓から押されて落とされかける。それに筆箱を彼女の鞄に入れて、彼女がそれを盗んだことにしたのだ、最後が決定的だった。以降彼女は泥棒の烙印を押され、避けられた。盗まれたらやだよね。噂を広めたのはもちろんいじめっ子。女子生徒三人組。クラス中に避けられたところで、でも僕にできることはない。心の声が聞こえたなんて誰にもいえない。聞こえたのは、静かに狼狽える彼女の声。私盗んでなんかないのに。それが初めて聞く彼女の心の声だった。
どうしようもなくなって、あの紅い玉を飲み込むことにした。自分が死ぬなら楽になるし、嫌なこととはまさに今。味は苦い。そして僕は初めて魂を飲み込んだ。いじめっ子のひとり。近づいてみたら何かが見える。少し憎悪が溢れ、ああ、消えて欲しいなとか思っていたら目の前でばたりと倒れた。喉には大きなものが滑っていく。
その夜もう一度あの廃病院の跡地に行った。どういうことかと。そうしたら、看護師がフェンスの中から入ってきて、
「あ、お久しぶりです〜あなたが呑んだ魂。無事送られて来ましたよ。今は治療中です。」
どういうことかと詰め寄ったら、
「ああ、あの玉ですか。あれは魂を呑むための薬みたいなものですね。思ったより人間なんて気持ちの悪いものです。紅い玉を呑んで、魂を呑む。わかりやすいでしょう。大丈夫です。あなたに害はありません。ただ、呑むことができる。それだけです。あなたが嫌だと想えば普通に呑めます。それだけです。呑まれた魂はこっちに送られてきますからご心配なさらず。玉を呑むほどの勇気がある者なら、悪い人をこちらに送ってくれる。そうやって院長が遊び半分で渡すようになったんです。じゃあ、お幸せに。」
本当に言いたいことだけつらつら言って帰って行った。妬ましいこと。
ふと気がついた。魂を呑めば対象の心の声は聞こえなくなる。嫌悪感の酷い心を持ち、心の声として溢れ出るようなおぞましい人間を炙り出しては呑ませるつもりだったのだろう。悲しいことに理にかなっていて、僕はまんまとかかったようだ。
気を失って倒れるとそこは学校の保健室だった。彼女が運んできてくれたらしい。そこで二度目の彼女の声を聞いた。
「あなたはわたしを見ても静かですね。」
と。
「あなたの傍が心地いい。」
返事したらくすくすと笑っていた。こころの声よりも凛としていて、爽やか。気持ちのいい風がちょうどいいタイミングで窓から吹き抜ける。見上げる彼女は、手で口に触れてにこりとしていた。静かだ。
「こんなにおもしろいこと、久しぶりです。」
そこから僕は、彼女のいじめっ子を残り二人、魂を呑んだ。ひとりは窓の近くで。立つ力を失ったその者はするりと窓から落ちた。もうひとりは屋上から。魂を呑んで白い手袋をしたまま、地上に落とした。
でも彼女の噂が消えることはない。いじめたやつらが立て続けに死んだのだ。疑われも仕方がない。その度に僕は彼女のそばにいた。彼女を責める声も聞きたくなかった。さりげなく彼女とともに移動して、さりげなく陰口をいう者どもから引き離し、それを続けて一年。そして卒業をむかえることになる。
「僕はあなたと離れたくはない。静かだ。」
「私も離れたくはないの。静かだから。」
心の声が聞こえず静か、悪口が聞こえず静か。でもお互い、その静けさに惹かれた。
静かで話さないからこそ、お互いの行動に込められた思いに気付く。
静かだからこそ、お互いの声がよく聞こえる。
一風変わった静かな恋だった。
リクエスト内容
主人公は心読めて、魂食べる能力ある/惚れた子を助けるために、主人公はいじめっ子達の魂全部食べる/主人公が惚れた子と恋人になれる
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