汐 連作短歌 百首 「四季」


縛り 「春」「夏」「秋」「冬」という言葉を使わない

綿雪 山桜の花吹雪 舞う
残されたのは 濡れた髪だけ

ひび割れた 清水の川を解きほぐす
さりげない風 微睡むわたし

雪の中 解ける風待つ 寒桜
異世界に巻き込まれぬように

しとしとと晴れ間に落ちるぬるい朝
混じる梅の香 涙が伝う

白梅は蕾を開き目を覚ます
しずしず伺うこと許され

枝で傷ついたこの手はふつふつと
咲きこぼれては 微笑する我

月の夜に 東より来る 梅の香に
手繰り寄せられ 急ぐ雨雲

打たれては これぞと人を 踊らせる
誘うなんて わるいひとね

蜂は急いで羽を震わせる熱
すり抜けていく 桜の匂い

七分咲き 賑わう畔 笑む水面
運ぶにはまだ早そうだなと 

桜の襲で朧に想うかの
女三宮の幼さよ

夜桜はスポットライトにあてられて
知らず知らずに錦を織った

赤信号 渋滞しすぎ 酒はどこ
杯に告ぎ 駆け巡る酔い

ひどいこと 酒に映るは 桜の木
金箔に花 引き込みすぎよ

酔わされて 気づくと次は 夜桜か
月の光に助けを求む

酔いをより回すものまで咲いている
揺れる藤棚 蠱惑の中へ

乱れ咲く藤に酔わされ進む酒
籠る熱気 知らぬ顔の藤

ああ雨が 風も強いと きたもんだ
眠る間際に ふつりと鳴った

真夜中に 吹雪く桜よ 夢の中
雪見格子にはらはら影が

行灯に 照らされ映る 影を追い
空を掴んだ 襲う虚しさ 

朝焼けと 出会う花びら 虚しさと
微睡みに引きずられる瞼

花吹雪 川はするする 目を離す
頃には遥か遠くへと行く

映してた水面に触れる 花たちよ
散ってなお目を奪うお方ね

後悔をさせてくれるな 八重桜
祈ることすら 桜は許さぬ

空箱に 花を散らした便箋が
今年も使えなかったねと

永遠の桜は至ることろにも
眼鏡のつるに硝子飾りと

たとう紙に 思いを馳せて しまい込む
梅の刺繍が入った帯を

さくらあなたは奥底に根を張って
締め付けてくる 呻く苦しい

締め付けて 喉から枝を 生やし花
胃酸と共に 吐き出せるつもりか

晴雨兼用の日傘を差して皆
紫陽花の傍 カメラ構える 

しとしとと ああ降ってきたよ雨
濡れる紫陽花 魅惑の奥へ

鮮やかな色彩は風 駆け巡る
単に襲、細長までも

二藍の袿はあまりにも似合う
女御が御簾を上げた頃かな

重い気が公衆電話を囲い込む
全身を震わせる雨音

酷く降る 雨は路面を 跳ね続け
白く境を作っていること

窓のそば 肩を預けて微睡んだ
雨の音には 睡眠効果

川揺らし 波紋を作り 消していく
錦鯉には 存ぜぬことよ

葉に垂れる雨粒はスローモーションで
光、音を含んで落ちる

静寂は 雨の最後の 贈り物
生絹を落とし 去っていかれた

何事も無かったように衣替え
青い衣装も似合っておられる 

葉桜は ああみずみずし 人共を
放っておいて 栄えるあなた

額には 気づけば汗が滲んでる
クーラーのリモコンを探して

風揺らす 次の相手は 柳さま
垂れる青は間近に迫る

日を浴びて 開いた蓮は おしとやか
なれど淋しさ 残して閉じる

黄昏に 蓮は閉じゆく お方なの
分かっていても 見に行く愚か

日は長くなりつつあって思い出す
鶴瓶落としの雪積もる夜を

連日の猛暑は人をどうしたい
病院送りか クーラー病か

優しさを感じる青の楓たち
いずれこの紅 化粧する方

百日紅 あなたの肌に 伝う露
朝焼けすらも味方につける

昼にはもう手放せない日傘たち
ドローンで上から見てみたい 

並木通りを染めていく百日紅
濃淡までも自由自在ね

バス停で 視界は暗く 膝をつき
タイヤの音を遠くで聞いた

よく鳴くね この風物詩 田んぼ道
牛蛙のテノール耳に

鶴の声 月光の中 チリンチリ
慌てて窓閉め鍵をした夜

玄関の硝子飾りが揺れた音
誰かが帰ってきたようだな

舌は楽しげにお椀に触れている
吊るされ涼む 夕暮れの中

午後六時 こんなに暗くなったのね
通りで風がぬるくなった

風鈴はまだ片付けられ無い日々
短冊はますます翻る

川に花 散り残るもの さようなら
盛りはいつも終わるものなの

次はなに ささやかに白波が立つ
淋しげな風がそうさせる時期 

染まりゆく 葉が目立つ頃 ああ虚し
燃える紅なのに冷たい

道路には散ってしまった百日紅
覆い来るのは羽ばたく紅葉

上に下 紅い楓に ささやかな
白い百日紅 雪積もる梅

一面は百日紅と紅葉で真っ赤
その境目は異世界の道

閉じる幕 暗闇にひらり イチョウの葉
掴みとればいよいよ幕開け

ぬるくたい湿気の中で汗を吹く
窓を開けても変わらぬ空気

おかしいな そろそろ涼しくなるはずだ
なのに気温は30℃越え

すでに咲いていはずの撫子に
教えてもらったこの瞬間を

黒髪に映える撫子 濡れ髪も
許すことでしょうほら絆されて

撫子よこの黒髪がお呼びです
ヴェールになってくださいましね 

母の手に秋桜を乗せ涙ぐみ
白髪によく似合うねと笑む

秋桜はやわらかく咲き揺れている
あまりの優しさに震う声

寒さにも散らない柏 紅葉は
せず穏やかな光悦茶よ

この時期に最も映えるかもしれぬ
柘植 柊に梔子の木々

つい頼る 通年青の みなさまに
ああ淋しさに 呑まれずに済む

昔との差をつけられる短さよ
まだ散らないでイチョウに楓 

通学路 銀杏落ちる ランドセル
風鈴の音か ことんという音

炊飯器 開けた途端の 湯気香り
めがねが曇って 朧気な金

いがぐりを痛いとわかっていながらも
手を伸ばしてたあの日を思う

とかいって大人ぶっても変わらずに
いがぐりに触れ痛いと零す日 8

夕涼み 夏に叶わぬ 悔しさを
風に攫っていただきました

盃に 注ぐ日本酒 上にあげ
月を映して悦に浸った

許されよ 飲み込みたいの 輝きを
のどにつかえる分かっていながら

夜に月 昼には豊かな稲穂揺れ
金尽くしだと 言う紅い口

あまい粒 口から漏れないように必死
シャインマスカット 吹き抜ける風

スーパーに並ぶブドウが安くなり
感謝感激 レジに通した

チェーン店メニューがひとつ増えていた
ついにこの時 ぶどうフェアだ

喜んで騒ぐ人間知らぬ顔
女郎花の周りは静かよ

おしとやか、人の目奪う、しなやかさ
言葉を尽し褒めても足りぬ

女郎花 雨に打たれて 日を浴びて
舞台はいらないと言いたげだ 

手折ること躊躇わせてた あの人を
かわいらしいと油断させてさ

その花をひゅるりと駆ける冷たさが
まさかとカレンダーアプリどこ

大慌てとりあえずタンスを開けた
月を隠せばかじかんだ指

はらはらとイチョウが道を染めていく
履かないでまだ ふわりと舞った

受け入れて 深呼吸して 巡らせる
点滴みたい 冷たい感じ

指先は 知らないうちに かんじかんで
髪につっこむ 簡易カイロよ

落葉に窓の外から寒くなる
私の心まで見えない雪に

鈴虫やコオロギはどこ しんとする
手のひらに向け息を吐くだけ

雪の中ボチンセチアが映えるころ
赤いマフラー買おうか悩む

粉雪が 化粧をしては 去っていく
ゆえに冷たい 蛇の目傘の柄 


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