わたしはデザイナー失格である。

わたしはデザイナー失格である。

最近、10年間不登校でひきこもりだった弟が、高校を受験しようと一念発起しはじめた。
どうやら7月、20歳になるにあたり、そろそろ止まっていた時計の針を動かそうとしているようだった。
外にも散歩に出るようになり、その変化を私は嬉しく思っていた。

「時計がほしい」

ある日唐突に弟に言われた。
私はドキッとした。なぜなら弟の高校入学祝いにG-SHOCKをプレゼントしようと思っていたのだ。

なんで時計がほしいのと聞くと、散歩に出たとき時間がわかるものがなくて困っているというのだ。(ひきこもりのプロなのでスマホなんぞ持っていない)

おそるおそる私はプレゼントしようと思っていたG-SHOCKを見せた。

「これとか、格好いいよね。どう?」

弟が私のスマホをのぞきこむ。ドキドキ。ドキドキ。

「こんなのいらない」

ショックだった。こ、こんなのって言ったなお前。

「シンプルで、文字が全部書いてあって、そんなに針がいっぱいついていないのがいい」

私は違う意味で二度目のショックを受けた。
デザイナーとして、私は失格だ。
いわばクライアントの思いを全く汲み取れていないのである。

前職時代、交渉決裂した案件があった。
「イラレとフォトショが使えて、コードも少し書けるひとがほしい」
どこにでもある人材派遣のお話だった。

これに対し上司は、
「イラレとフォトショががっつり使えてコーディングもWordPressもインフラ関係もできる社員」を高額で提案したのだ。

交渉は難航した。
いりませんか。いりませんもっと安い金額で。いりませんか。いりませんもっと安い金額で。

ついに先方が、
「イラレとフォトショが少し使えて20代前半の女の子が欲しいんです」
と超具体的な要望を出してきた。派遣法で違反である。

私の上司はこの流れについて、
「軽自動車をさがしているひとに高級車を売りつけているようなもんだよ」
とわかりやすく状況説明してくれた。

話を戻そう。

私は、軽自動車をさがしている弟にBMWを押し付けていなかったか?
弟が望んでいるものを全然わかっていなかったんじゃないのか?
もしかして仕事でも、私はクライアントの思いを汲み取れていなかったんじゃないか?
私はショックだった。

弟が本当に欲しい時計…
私は慎重にAmazonで検索した。
「腕時計 黒 子ども用…」

「あ!これとかどう?」

弟は笑った。
「うん、これがいい!」
私も笑った。
「イチキュッパじゃん!安上がり!」

私はデザイナーとして失格だった。
大事なことを気付かせてくれた弟には感謝しかない。
この出来事を忘れず、これからのデザイナー人生を歩んでいきたい。


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