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アメリカの気候変動とまちづくり ~古澤えりさんインタビュー 前半

※バナー画像はニューヨーク市都市計画局flood resiliency posterに加筆

こんにちは、都市整備課です。今回は、視座を変えてみて海外に目を向けてみたいと思います。アメリカで都市政策の専門家として気候変動対策や公平なまちづくりに関する活動をされている、古澤えりさんにお話を伺ってきました。

1. アメリカの気候変動による災害

■古澤さん:
 アメリカと一口に言ってもとても広く、地方自治体がそれぞれの文脈に合わせて気候変動対策を進めています。今回はサマビルやボストン、ニューヨーク、マイアミ、ロサンゼルスなど、東西海岸沿いの都市での取り組みを中心にお話しします。

 そもそも何から都市を守るかということについて、水によって生じる主な災害としては、ハリケーンによる洪水、豪雨やそれにともなう外水・内水氾濫、あとは「晴天の洪水」と呼ばれる現象があります。雨は降っていないけれども、満潮の際に海岸沿いの市街地に水が流れ込んでくるものです。それぞれの災害について、海面上昇の影響により今後さらに深刻化すると言われています。

 また気温上昇に起因する災害もあります。暑さによって生じる熱中症リスクなど健康上の被害はもちろん、インフラもダメージを受けます。カリフォルニアの山火事も毎年ニュースになっています。また、気候変動に伴って異常気象が起こりやすくなり、既存のインフラでは対応が追いつかないケースも見られます。近年ではテキサスで記録的な低気温とともに豪雪がおこり、電力の供給が何日も止まったことが話題になりました。

 その中でも、ニューヨークでは、2012年にハリケーン サンディーが起こり、気候変動対応が加速しました。

ハリケーンサンディーによる被害の様子
(出典 左:Iwan Baan, 右:Metropolitan Transportation Authority )

 左はサンディーが襲ったときのマンハッタンの写真ですが、発電所が被災し、島の南側の地域が停電してしまいました。右側は地下鉄の駅が浸水してしまっている様子です。このハリケーン サンディーが大きな契機となって、洪水対策をきちんとやらねばと政治的・社会的にも機運が高まってきました。

2. ニューヨーク市の洪水対策ゾーニング

■今(関東地整 都市整備課):
ニューヨークではどんな対策をされているのでしょうか。

■古澤さん:
 サンディーの被害を受けて、浸水リスクの高い地域を守るために地域別計画や規制の改訂が行われました。その一環で、都市計画局では洪水に強い建築を促進するために市のゾーニングを改訂する作業(Zoning for Coastal Flood Resiliency)を進めました。私も市職員として担当していたので、紹介します。

 ゾーニングとは、市をいくつものエリアに分けて、エリア毎に建築可能なものの用途と形状を規定したものです。ニューヨークの場合、具体的には下図のようなマップと、エリア毎の規制を示した文章とをセットでゾーニングと呼んでいます。

ニューヨーク市のゾーニング 左:図 右:説明文(出典:ニューヨーク市都市計画局)
ニューヨーク市都市計画局HP

 ゾーニング改訂の目的は、浸水リスクの高い場所の規制を上書きして、洪水に耐えうる建物づくりを促進することでした。下の絵は、上書きの前後で、建てられる建物の形がどのように変わりうるかを示したものです。

ゾーニングによる建物の変化(出典:ニューヨーク市都市計画局)

 左の図は、住宅を嵩上げすることで、洪水が来ても居室部分はダメージを最小限にする、というゾーニングを適用した状態を示しています。
 右は住宅と商業が組み合わさった建物の場合です。地上階の防水機能を上げることを要求する代わりにそこを床面積から除外できるようにして、高さ制限を緩和させるというゾーニングを適用した例です。

 どのような上書きなら洪水に強い建物ができ、土地所有者をはじめとした住民の方への負担も抑えられるか、既存のゾーニングが様々なのでそれぞれについて細かく検討していきました。

■今:
 上書きされた規制では、具体的にはどのような実例があるんですか。

■古澤さん:
 建物の嵩上げや、それに伴って建物の沿道側のデザインを向上させるもの、また設備機器を建物の上に移動させて浸水によるダメージを抑えるような規制があります。
 また、商業施設などでは浸水を防ぐために撥水機能がある壁材を用いたり、開口部のシーリングを強化するなどの規制があります。  
 以下のガイドラインに具体的なイメージが載っています。(画像は一部ページを抜粋)

ニューヨーク市都市計画局発行のガイドライン”Zoning for Coastal Flood Resiliency”より
ニューヨーク市都市計画局発行のガイドライン”Zoning for Coastal Flood Resiliency”より

3. 気候変動を自分事として捉えてもらう工夫

■今:
ゾーニングを決める過程で、反対意見は無かったのでしょうか。

■古澤さん:
 もちろんありました。それを見越して、ゾーニングを上書きするプロセスの初期の段階から住民参加型のイベントや説明会を行いました。市の全域に関わることだったので、あらゆる地域に入っていって、住民や建築家、デベロッパーから意見をもらいながら案を詰めました。2016年から2020年の間で、合計200回以上のイベントを開きました。

ゾーニングについて住民との協議の様子(古澤氏提供)

 政策をいきなりトップダウンで説明するのではなくて、ワークショップを通じて、「今後、みんなで対策を考えましょう」という感じで、気候変動の対応を自治体だけでなく地域の方と協働でやるということを重視しました。

■今:
住民の皆さんは自分事の意識で、ワークショップに参加してくれたのでしょうか。

■古澤さん:
 サンディーを経験していない人の中では、あまり自分事としてリスクをとらえていない人もいたと思います。そのため、コミュニケーションに工夫がいりました。
 例えば、将来的なリスクへの対策が日常的にどのようなメリットがあるのかを示すために、下図のように、 「どれだけ嵩上げして対策したかによって、洪水保険の値段が変わりますよ」という説明をしたりしました。

洪水リスクを考慮した家屋の建設により保険料を安くできる
(出典:ニューヨーク市都市計画局発行”Zoning for Coastal Flood Resiliency”)

 この図の例は、今のままだと毎年9,000ドル払わなければいけないけれども、嵩上げして、家の高さを安全なところまで上げれば保険が450ドルまで安くなるというイメージを示した例です。あとは、住宅ローンを組んでいる人に対しては、「例えば30年ローンを組んでいる場合、その間に何回サンディーみたいなレベルの洪水が来ますよ」というふうに、なるべくリスクをわかりやすい形に翻訳するようにしました

4. コミュニティーに応じたアプローチ

■山川さん(オリエンタルコンサルタンツ):
どのコミュニティの人にどうアプローチするかというのは、どうやって検討をしているんですか。

■古澤さん:
 今までの自治体の計画策定のプロセスから除外されうる人に優先的にアウトリーチするよう工夫しています

 たとえば行政の人が移民のコミュニティーにいきなり行っても、行政の人としゃべったことがない人や、英語が話せないという人は行政を信用しないかもしれません。そういうときは、そのコミュニティーで信頼されている”ドン”に代わりに話してもらったりします。

 ワークショップを開催する際も、とくにターゲットを絞らず「ワークショップします。全員集合!」と言うのではなくて、例えば育児中の人が来られるようにワークショップの場所に託児所を設けますとか、所得の低い人に来てもらえるように食事を出すとか、今回はスペイン語だけでやりますとか、工夫をします。どのようなハードルがあるのかというのはコミュニティーによって違うので、ワークショップをやる前に地元の方にお話を伺ってからプランを立てるようにしています。

令和5年1月6日インタビューの様子

■山川さん:
きめ細かくいろいろなバランスを考慮してやるんですね。

■古澤さん:
 そうですね。むしろ自治体の方からそのような工夫を要求されることもあります。最近では、計画策定の公募などで、いかに住民参加のプロセスで多様な方々が参加できるようにするかを応募資料の中で示すことを求められることもあります。

■山川さん:
日本だと説明会を一回やって終わりが多く、なかなか属性ごとに対策を検討するようなことは無いですね。

■今:
性別すら考慮できていないケースもありますよね。

■山川:
リスク評価は、地区ごとで整理されるんですか。それとも、属性ごとに整理するのでしょうか。

■古澤氏:
 目的に応じていずれも行います。公平性に特に着目する場合は属性ごとに整理します。例えば、ニューヨーク市の気候変動対応の計画策定時は、気温の上昇を扱った章の中で、2100年までに何度以上になる日数が何倍になって、その分だけ熱中症のリスクが上がる、ということを取り上げました。
 さらに、特に熱中症に脆弱だとされている人たちは、所得が低いために空調が使えない人だったり、(街路樹が少ない地域に住んでいる可能性が高い)有色人種の人だったり、という属性を記載することで、同じ現象でも誰が経験するかによって被害の大きさが違うこと、それに応じた対応が必要であることを強調しています。

5. 「水を受け入れる」まちづくりとは?

■今:
ニューヨークでは洪水の頻度が高まっていて、水を受け入れられるまちづくりをしていきましょうというのが基本スタンスと捉えていいですか。

■古澤氏:
 そうです。ただ、「水を受け入れるとは何を指すのか」の解釈は様々です。
 例えば、ハリケーン・サンディーが襲った当時の市長の対応は、ニューヨークは水に負けない、海岸沿いはがっちり守って後退しない、というスタンスでした。むしろ水際の不動産開発を促進させる方向に振り切りました。

 
それに並行して、水が来ることを前提に、災害時には都市を守る堤防のような機能を持ちつつも、日常的には公園や娯楽施設として使えるような空間を目指して護岸工事を行っている例もあります。例えば、Big Uというマンハッタンの南端部を守るプロジェクトはサンディーの後に段階的に始まって、一部は完成しています。これらはあくまで人は動かさずに、それをいかに守るかというスタンスですね。

一方で、将来的な洪水や海面上昇を見据えて住民の人が移転に踏み切る例も見られます。スタテンアイランドなど被害が大きかった場所では、自治体の補助金を用いて住宅の移転が行われていました。クイーンズのエッジミアという地域でも、自治体が住民の方と移転を視野に入れた長期計画を策定しました。

■今:
ニューヨークもこれまで護岸工事をしてきたけれど、水が来ることを前提としてまちづくりに転換する動きも出てきているんですね。

■古澤氏:
移転の例が示すように、水と一緒に生きていくということは、水に譲らなければいけない土地もあるということだと思います。ただし、移転ともなるととてつもない経済的、時間的、社会的コストが伴いますし、それを誰が担うのかについては議論が必要です。ニューヨークの場合、ハリケーンの被害が特に甚大だった地域の方には、低所得者、有色人種、移民、など、ただでさえ社会的に圧迫されている方々が多くいて、彼らに移転を迫るというのはさらなるコストやコミュニティーの破壊を伴いかねません。気候変動への対応を通じて、既存の格差を広げず、むしろいかに格差を縮める方向にもっていくかという議論も深まっています。

■今:
海面上昇や洪水によって海岸沿いに住めなくなるというのは、割と近い将来起こり得ることとして、西海岸と東海岸の都市で浸透してきているんでしようか。

■古澤さん: 
場所によって温度差はありますが、徐々に浸透しつつあると思います。例えば、アメリカは国営の洪水保険制度があるのですが、近年はより洪水リスクを正確に反映させるために保険料を見直した結果、大半の地域で保険料が上がっています。また、長期的なリスクを見越して富裕層が移住するという現象も起きています。例えば、フロリダ州のマイアミでは、もともと海沿いエリアが眺めが良く高級住宅街でした。それが数十年後には住めなくなるだろうということで、むしろ今まで地価が比較的安かった高台エリアに人がどんどん移住するようになってきました。その結果、高台エリアの家賃が上がってしまい、今まで安い家賃で住めていた人が追い出されてしまうという問題が起きています。アメリカ全体でも、今後気候変動に起因する人口移動が進むのではないかと言われています。


いかがでしたでしょうか。海外の目を向けると、また日本とは違った課題やアプローチの仕方があり視野が広がりますね。個人的には、ニューヨーク市のガイドラインを読んでいて、その洗練されたデザインにも驚きました。思わず読みたくなる、英語がわからなくても何を言わんとしてるのか伝わってくるグラフィックの多さに感銘を受けました。日本の行政文書でも見習っていきたいものですね。
後編では、サマビル市での気候変動対応計画策定時のお話をお伺いします。

再掲 令和5年1月6日インタビューの様子

★このメンバーでお話を伺いました★
インタビュアー
上中央:今佐和子(関東地方整備局 建政部 都市整備課 課長)
左下:柞山このみ(関東地方整備局 建政部 都市整備課 技術指導係長)
インタビュー補助
右上:山川仙和((株)オリエンタルコンサルタンツ)
右下:梅川唯((株)オリエンタルコンサルタンツ)
左上:日向惠里名((株)オリエンタルコンサルタンツ)