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他人のクライミング

初めて他人のクライミングをじっくりと観た。応援できた。
プロスポーツを観るのは好きだが、他人のスポーツとしてのクライミングを観るのがあまり好きではなかった。どこかで食わず嫌いしていただけなのかもしれない。

世界選手権も観た事が無かったし、YouTubeで配信されているクライミングも観た事が無かった。もちろん、3年前のオリンピックですら観たことが無かった。

あの人達と自分は、関係ない。違うクライミングをしている。そう思ってた。
けれど、全く違った。弱い自分を突きつけれられるのが嫌なだけだった。

ジムの人達と一緒に、いつの間にかスマホ・テレビにくぎ付けになった。選手の人たちを観ていると、自然に
「頑張れ。頑張れ。」
と口に出ていた。自分が登る時のように、手汗が出ていた。

全てを観終わって、思った事があった。
僕もスポーツとして、競技としてのクライミングもしたかったんだなと。
大学から始め山からクライミングに入った自分は、小学生や中学・高校から初めている同年代・年下の人達と比べると、明らかに弱い。その弱さを残酷にも突き付けてくるのが、スポーツクライミングだ。その弱さを突き付けられるのが嫌で、今までスポーツクライミングを観てこなかったし、関心も無いようにしていたのだと、今回のオリンピックで分かった。
僕は、自分が興味ある分野で人と競う事が好きだし、負けず嫌いで、
「お前はあの人に勝てない」
と言われると、ムカッともする(その場では顔にも出さない様に気を付けてはいる)。
だから、絶対に、負けを突きつけれらる事になるスポーツクライミングを、好きになれなかったんだと思う。もし、僕が小さな頃からクライミングをしていれば、スポーツクライミングの世界に入っていたと思う。間違いなく。だからこそ、スポーツとして・競技としてのクライミングにも憧れていたんだなと思った。

もちろん、今のクライミングも好きだし、山のクライミングも好きだ。それは、今後も変わらないだろうし、メインは、そこのクライミングになるだろう。
だけど、ちょっとだけ興味ある分野が、今回のオリンピックで広がったように思う。そして、自分がいかに未熟の塊であったかを痛感させられた。
そんなことを思う。深夜?早朝?でした。(現在時刻3:58)

日の丸を背負って、熱い戦いを魅せてくれた選手の皆さん。ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。

カエル


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