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杜甫「春望」を広東語で詠んでみる!

杜甫

   春望  
                       唐・杜甫
                                             
  國破山河在   国破れて 山河在り
  城春草木深   城春にして 草木深し
  感時花濺涙   時に感じては 花にも涙を濺ぎ
  恨別鳥驚心   別れを恨みては 鳥にも心を驚かす
  烽火連三月   烽火 三月に連なり
  家書抵萬金   家書 万金に抵る
  白頭搔更短   白頭 掻けば更に短く
  渾欲不勝簪   渾て簪に勝えざらんと欲す

 唐代の詩人、杜甫の五言律詩「春望」です。
安史の乱で賊軍に捕らえられ、長安で軟禁されていた時に詠まれた詩です。

国(くに)破(やぶ)れて 山河(さんが)在(あ)り
城(しろ)春(はる)にして 草木(そうもく)深(ふか)し

――国はすっかり破壊されてしまったが、山や河は昔のままの姿をとどめている。荒れ果てた都長安にも春が訪れ、草木がこんもりと茂っている。

時(とき)に感(かん)じては 花にも涙(なみだ)を濺(そそ)ぎ
別(わか)れを恨(うら)みては 鳥にも心(こころ)を驚(おどろ)かす

――乱れた時世に心を痛め、春の花を見ても、悲しく涙を落とす。家族との生き別れを悲しみ、鳥の声を聞いても、ハッと不安におののく。

烽火(ほうか) 三月(さんげつ)に連(つら)なり
家書(かしょ) 万金(ばんきん)に抵(あた)る

――戦乱はやまず、のろしが何ヵ月も続いている。なかなか届かない妻からの便りは、万金にも値するほどだ。

白頭(はくとう) 掻(か)けば更(さら)に短(みじか)く
渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)えざらんと欲(ほっ)す

――しらが頭を掻けば、髪はますます薄くなり、冠を留める簪も、まったく挿せなくなろうとしている。

 「春望」詩について、詳しくはこちらをご参照ください。↓↓↓


 「春望」は、杜甫の代表作の一つです。中華圏では、小学校でも暗唱する有名な詩です。

 日本でも、中学高校の漢文で習います。李白の「静夜思」や孟浩然の「春暁」などと並んで、最も人口に膾炙した漢詩と言えるでしょう。

 さて、我々が漢詩を中国語で詠む時は、たいてい標準語(「普通話」)で詠みますが、方言の広東語で詠むと、どんな調子になるでしょうか。

 標準語と広東語の朗誦を聞き比べてみましょう。

 まず、標準語です。

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 次に、広東語です。
https://players.brightcove.net/6144772950001/default_default/index.html?videoId=6182076551001

 標準語と広東語では、かなり違った調子で聞こえます。

 一番の違いは、入声(にっしょう)の有無です。
 入声とは、母音の後に、 p、t、k が付いた「声門閉鎖音」です。
喉に、ぐっと力を入れて、声門を閉じます。日本語の促音、つまり小さい「ツ」のような詰まった音です。

 標準語には、入声がありませんが、広東語では、赤色で示した文字が入声で発音される文字です。

 言葉は、時代とともに変化します。古代中国語では、ほぼ中国全土に入声が存在していました。ところが、一部の北方方言では、しだいに入声が消滅してしまいました。

 標準語は、北方方言の一つである北京語を母体として制定された規範的な言語です。北京語に入声がないので、標準語にも入声は存在しません。

 一方、広東語など、南方方言の多くには、入声が残っています。
 そのため、漢詩を朗誦するには、標準語よりも広東語で詠む方が、古代の漢詩本来の音色を味わうことができます。

 広東語は、主に、広州、香港、マカオで話されています。
 また、華僑は広東語圏の出身者が多いので、海外の中国人コミュニティーでも、多く話されています。

 全世界の広東語話者の数は、1億2千万人。日本の人口とほぼ同じです。

 広東語は、とても魅力的な言語です。
 声調にバラエティーのある抑揚、リズムに変化を与える入声、種類豊富な文末語気詞、独特な趣のある語彙など、標準語にないものを持っています。

 まったくの個人的好みですが、流行歌も標準語より広東語で聴いた方が、風趣があるように感じます。

 下の動画は、中島みゆき「ルージュ」のカバー曲「容易受傷的女人」の
標準語版と広東語版です。

【標準語版】


【広東語版】


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