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十五本目 『ドイツ柔道と選抜システム』

みなさまお久しぶりです。気が付けば前回から1年以上が経っていました。
今年の5月から勤務先がNWR州柔道連盟からドイツ柔道連盟になり、ポジションもNRW州女子ジュニア選抜(Landestrainer)から、ケルンを拠点とする女子ナショナルチームのコーチ(Bundesstützpunkttrainer)へと変化しました。

今回の記事では、改めて自分の立場を理解するために、ドイツの競技スポーツシステムについて勉強し、自分に課せられた仕事をドイツ柔道連盟の組織構造やアスリートの選抜制度などと併せて紹介していこうと思います。

それでは参りましょう。「はじめ!」

Bundesstützpunkttrainerとはなんぞや?

そもそもドイツ語にまったく馴染みのない人にとってはBundesstützpunkttrainerはただのローマ字の羅列で、「何かのトレーナーなのね。」ぐらいしかわからないと思います。

この単語を意味ごとに分解すると、
Bundes[連邦国家の]
Stützpunkt[拠点/サポートセンター]
Trainer[トレーナー/コーチ]
となるので、日本語でわかりやすく言うと、ドイツのナショナルトレーニングセンターのコーチと言ったところです。

ドイツ連邦では競技スポーツのハイパフォーマンスを実現するために、ドイツオリンピックスポーツ連盟によって定められたStützpunktsystem(ベースシステム)があり、以下の三つの要素で構成されています。

  1. オリンピックベース[Olympiastützpunkt(以下OSP)]
    ナショナルチームA/B/C強化選手及びその担当コーチ・トレーナーをサポートするための施設

  2. ナショナルベース[Bundesstützpunkt(以下BSP)]
    特定の経済圏のトップ選手(ナショナルチームA/B強化選手)を最適にサポートするための施設

  3. 連邦州パフォーマンスセンター[Landesleistungszentrum(以下LLZ)]
    特定のスポーツの振興のために国家予算で支援されている州レベルのトレーニングセンター

柔道のナショナルベースとしてはケルン、ハノーファー、ミュンヘン、ハンブルグ、ベルリン(ブランデンブルグ)、ライプツィヒの6カ所が認定されており、そしてさらにこの中のケルン・ハノーファー・ミュンヘンの3カ所が柔道オリンピックベースに認定されています。(*もしかしたら他にもあるかも知れませんが…)

挙げられた各ナショナルベースに男女それぞれシニア担当のコーチが勤務しており、そこを練習の拠点とするナショナルチームの選手をサポートすることが仕事となっています。

ドイツの選抜制度の構造

全日本柔道連盟(以下、全柔連)にも強化選手選考基準があるように、ドイツ柔道連盟にも強化選手に選抜されるための選考基準や条件があり、競技レベルに応じてカテゴライズがされています。

Kadersystem(選抜システム)

ドイツ柔道の強化選手の選抜基準は、ドイツオリンピックスポーツ連盟(以下、DOSB)によって定められており、カデ・ジュニア世代を経てオリンピック代表までの競技スポーツのパフォーマンスの構築、そして各年代において高いパフォーマンスとポテンシャルを持つ選手への支援の集中を目的としています。

2016年までは日本の強化システムのようにA,B,C,D代表とカテゴライズされていましたが、現在ではOlympiakader(OK), Perspektivkader(PK), Ergänzungskader(EK), Nachwuchskader1(NK1), Nachwuchskader2(NK2)の5段階でカテゴライズがされています。

Bundes- und Landeskaderstruktur©︎Landessportbund Sachsen

*上の画像の黄色いBundの部分に属するのがナショナルチームの選手です。

カテゴリの内容

ナショナルチームの強化選手枠は全部で54枠あり、前年の選手の成績でOK/PK/EK/NK1にそれぞれ振り分けられます。確かOKが最大7枠、PKが最大20枠、残りをEKとNK1に振り分けるという形になります。年によってはOKとPKの枠が全部埋まらないこともあります。

Olympiakader(OK)
オリンピック選抜。現在のオリンピック周期でのメダル獲得を期待されている選手。

Perspektivkader(以下、PK)
次のオリンピック周期でのメダル獲得と現在のオリンピック周期での代表選出を展望されている選手。

Ergänzungskader(以下、EK)
オリンピック代表選手(OK/PK)のトレーニングパートナーとしてパフォーマンス向上をサポートする選手、または後に、オリンピック代表やPKへの昇格が期待される選手。

Nachwuchskader1(以下、NK1)
中・長期的にナショナルチーム(EK/PK/OK)への昇格を視野に入れた選手。ジュニア〜U23の世代の選手がここに分類されます。

Nachwuchskader2(以下、NK2)
州の代表監督とカデ/ジュニアのナショナルコーチによって選出された将来を有望とされる選手。カデ〜ジュニア世代の選手がここに分類されます。

Kaderkriterien(選抜基準)

続いて強化選手に選抜されるための評価基準について触れてみたいと思います。
まず強化選手になるために重要なのは、カデの年代にU18州代表監督及びU18ナショナルコーチの目に留まることです。

まずは州の選抜強化選手(Landeskader)に選出されなければカデのヨーロッパカップ(以下、EC)などの国際大会に派遣されることがないので成績を残すチャンスを掴むことがなかなか難しくなります。

陸続きのヨーロッパなのでEC以外にも様々な国際大会があり経験は積めるのですが、ナショナルコーチの視察があるわけでもないのでアピールの場にはなりません。

またクラブチームからもECにエントリーすることはできるのですが、ホテル代や移動費、現在ではPCRテストの費用など全て自己負担またはクラブチーム負担になるので参加を断念する選手がほとんどです。特にコロナ禍、戦争による物価の高騰で旅費・大会費用・国際合宿費用がかなり値上がりしているのでなおさらです。

州柔道連盟からの派遣の場合は費用の一部のみを選手が負担することになるので参加が複数の大会や合宿に参加可能になり、その分掴めるチャンスも大きくなります。

さて、ここまでが前置きです。それでは各ステージの選抜基準をまとめていきます。

NK2
a)ドイツ柔道連盟が指定する国内選手権でのメダル獲得
b)またはジュニア個人選抜選手権での入賞(1-5位)
c)加えてECまたは指定の*国際大会での入賞(1-7位)
*Bad Blankenburgで行われる国際大会。コロナ前には日本の女子ジュニア強化選手が派遣されていました。

NK1
a)ドイツ柔道連盟が指定する国内選手権での2回以上のメダル獲得、もしくは優勝
b)ドイツジュニア個人選抜選手権でのメダル獲得、もしくはドイツシニア個人選抜選手権での入賞(1-7位)
c)2回以上のジュニアECまたはヨーロッパオープン(以下、EO)、もしくは指定の国際大会でのメダル獲得
d)またはジュニアヨーロッパ選手権もしくはジュニア世界選手権での入賞(1-7位)

EK
a)ドイツシニア個人選抜選手権での入賞(1-7位)
b)2回以上のECまたはEOでのメダル獲得と1回以上の入賞
c)ナショナルコーチの裁量

PK
シニア1年目の条件
a)ドイツシニア個人選抜選手権での入賞(1-5位)
b)ヨーロッパ選手権U23でのメダル獲得(ジュニア時代のメダル獲得でも可)
c)もしくは世界選手権ジュニアでの入賞(1-7位)
d)もしくは2回以上のEOでのメダル獲得+ECでのメダル獲得
e)もしくはGrand-Prix(以下GP)での入賞(1-5位)+EO/ECでのメダル獲得
f)もしくはGrand Slam(以下GS)での入賞(1-7位)+EO/ECでのメダル獲得
シニア2年目の条件
a)ドイツシニア個人選抜選手権でのメダル獲得
b)GP/GSでのメダル獲得+EOでのメダル獲得またはGP/GSでの入賞(1-7位)
c)もしくは3回以上のEOでのメダル獲得
d)もしくはヨーロッパ選手権U23でのメダル獲得
e)もしくはヨーロッパ選手権での入賞(1-5位)
シニア3年目以降の条件
a)ドイツシニア個人選抜選手権でのメダル獲得
b)GP/GSでのメダル獲得+EOでのメダル獲得またはGP/GSでの入賞(1-7位)
c)もしくは3回以上のEOでのメダル獲得
d)もしくはヨーロッパ選手権U23でのメダル獲得
e)もしくはヨーロッパ選手権での入賞(1-5位)

OK
a)世界選手権またはオリンピックでの入賞(1-7位)
b)もしくはオリンピック後または世界選手権後のワールドランキング1-8位の選手
c)場合によっては世界選手権及びオリンピックの団体戦での入賞者(1-8位)、またはワールドランキング1-18位の選手

Kaderkriterien für den weiblichen Bundeskader des Deutschen Judo Bundes ab 2022

このように多くのナショナルチームの選手はカデ・ジュニア時代からシニアまで国内及び国際大会で毎年実績を残すことが強化選手として残るための条件になります。

強化選手が怪我などで長期離脱が必要な場合や、大学進学に必要な資格試験(Abitur)取得のための勉強時間の関係上大会に参加できない場合は、ナショナルコーチとの相談とドイツ柔道連盟での話し合いのもと、例外的に強化選手枠を保持することもできます。

また、強化指定選手は遅くともAbitur取得+大学決定後、もしくは重要な企業実習終了後ぐらいまでにドイツ国内にあるいずれかのナショナルベース(BSP)に練習の拠点を構え、各地のBundesstützpunkttrainerやナショナルコーチの下でトレーニングを積むことが義務付けられています。

つまりケルンに練習の拠点を構えることを決めた女子シニアの強化指定選手達の責任者が僕であると言うことです。

ケルンを本拠地とする選手達

ケルンOSPでも多くのナショナルチームの女子選手が所属していますので少し紹介してみたいと思います。今後の国際大会などで見かけましたら応援をよろしくお願いします。

-48kg
Helena Grau(ヘレナ グラウ)

2022 ドイツ体重別選手権 準優勝
2020 ドイツ体重別選手権 優勝

-52kg
Nora Bannenberg(ノラ バネンベアグ)

2021 ヨーロッパ選手権U23 準優勝


-57kg
Alexe Wagemaker(アレクセ ヴァーゲマーカー)

2021 世界選手権ジュニア 団体戦 3位


-63kg
Nadja Bazynski(ナディア バツィンスキ)

2022 GS Tbilisi 5位
2022 ドイツ体重別選手権 優勝


-63kg
Agatha Schmidt(アガタ シュミット)

2022 ヨーロッパオープン Cluj-Napoca 3位
2022 ヨーロッパオープン Madrid 準優勝


-63kg
Dewi De Vris(デヴィ デ ブリス)

2021 ヨーロッパカップ(ジュニア) Prague 3位


-63kg
Malin Fischer(マリン フィッシャー)

2022 ヨーロッパオープン Cluj-Napoca 5位


-70kg
Miriam Butkereit(ミリアム ブトケライト)

2022 GS ブダペスト 準優勝
2021 世界選手権ブダペスト 5位


-70kg
Sarah Mäkelburg(ザラ メェケルブルク)

2022 GS Tbilisi 3位
2022 ヨーロッパカップ Dubrovnik 優勝


-78kg
Anna-Maria Wagner(アナ-マリア ヴァーグナー)

2021 東京オリンピック 3位
2021 世界選手権ブダペスト 優勝


-78kg
Alina Böhm(アリーナ ブェーム)

2022 ヨーロッパ選手権 Sofia 優勝
2022 GS Ulaanbaatar 3位


+78kg
Jasmin Grabowski(ヤスミン グラボウスキ)

2021 GS Tel Aviv 5位

以上のような選手達とケルンで日々共に時間を過ごしています。強化選手ともなると、プロフェッショナルの集団なので初めはなかなか近寄り難いイメージがありましたが、みんなそれぞれ苦労や困難を抱えながらも、パフォーマンスを発揮すべき努力をしています。

柔道のことはもちろん、さまざまなスポーツの領域の話や私生活の話などもするので、指導者でありながら、時には相談役やサポーター、トレーニングパートナーとして、そして時には友人としてなど、さまざまな場面で時間を共有することで、少しずつ信頼関係を築けていけているように思います。

最後に

今の自分の仕事には大きなやりがいを感じているので非常に満足しています。つい数年前まではまったく想像もしていなかった経験をしており、これからもそのキャリアを積んでいけることはとても幸運なことであり、不思議な感覚です。というのも日本で指導者としての道を選んでいたら、このようなステージに行くことは間違いなくできていないだろうと確信しているからです。

なので、今ある自分の境遇に感謝しつつも、決して驕ることなく今後も成長を続けていこうと改めて心の帯を締め直したところで今回の記事を終わりたいと思います。

今後もドイツの柔道について有用な情報があれば発信していきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
それまで。ではまた!

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