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じいじの放送大学便り【鎌倉幕府の事件簿】(古文書読解)

【鎌倉幕府の事件簿】


先日の考古学に続き古文書読解の面接授業に挑戦しました。


「古文書」これも地味な学問ランキングでは考古学と並び、ほぼ横綱クラスの地味学問と言っても良いでしょうね。

講座名は「裁判から読み解く中世日本社会」です。しかし受けた結果ですが、この古文書読解は考古学に負けず劣らず面白いです。

古文書の教材は講義名通り鎌倉時代の判決文なのですが漢文の活字文と読み下し文があるので辞書を引きながら読むことが出来ます。

まず、講義の冒頭での先生の言葉が忘れられません。
「皆さんもうすうすは思っていると思いますが今回の講義を全く憶えなくても、今後の実生活には何の支障もありません」(笑)

ここまではよく聞くセリフです。

「役に立たない事を聞いてもらうという事であれば、私には面白い講義をする義務があると思っています」
なかなかこういう事、言えませんよ。

役に立たない話をやたら難しい横文字を入れて自慢気に喋るコンサルタントや、俺は偉いのだから話はつまらなくて当然と思ってるような「偉い人」に聞かせてやりたいです。
ちなみにこの先生は中世史ならこの人と言われるような碩学の一人です。

講義の内容ですがそもそも鎌倉の事件、面白い。
以下、その中から一つご紹介します。

単語は現在に合うものに修正しましたが基本判決文にある通りのものです。

(鎌倉幕府事件簿 より)


原告 豊後国 地頭の娘 (姉)
被告 原告の弟 

文永7年(1270年)4月結審

原告の訴訟内容は 本来原告(姉)が継ぐべき地頭(幕府の代官)の地位を弟が横領したというものです。鎌倉時代の相続は男女平等で、自分は父親からの地頭職の譲状(ゆずりじょう)を所有している、よって弟から地頭の地位を取り返したいと言うものです。

これに対する弟の反論は、確かに父は当初、姉に譲るつもりであったが気が変わって私に譲るべく新たに譲状をくれた。よって自分の地位は正当なものだと言うものです。

鎌倉幕府においても不動産や職位の譲渡は契約によって行われ後日、勝手に違う人に譲渡するなどありえないのですが、
唯一、親から子供への相続についてだけは後日、違う子供(子供に限る)に変更することが可能だったそうです。
これを鎌倉時代には「悔い返し」と呼ぶ権利で御成敗式目と言う鎌倉初期の法律に明文化されています。
これは親が子に対して絶対的と言うわけでは無く、子供は親から相続を受けたあとでも親孝行するように、という配慮、つまり親不孝すると権利が無くなりますよという牽制的な法律だったそうです。
何か暖かいですね。

※これ以外にも御成敗式目には、法廷で相手の悪口を言うとその段階で有罪とか人妻と密会した御家人は所領の半分を没収など現在でもあったら「ちょっと良い」法律があります。

この弟の反論に対して姉は驚くべき追加証言をぶっ込んできます。すなわちこの弟は本当の息子では無いと言うのです。さらにこの秘密を知っているのは弟の侍女でしたが、侍女は弟の秘密を喋ったために弟に殺されたと言うではありませんか!

これは弟からの「悔い返し」の申し立てで不利になった姉が、このままでは訴訟に勝てないと考え、弟には相続及び「悔い返し」の権利が無いと主張し、さらに殺人の罪を告発することで地頭としての不適格性を申し立てて来たわけです。
これに対する弟の再反論ですが、自分が実子でない等と言うのは言いがかりである。逆に姉が本当の娘であると言うのなら実の父の遺志(悔い返し)を尊重するべきである。侍女についても解雇して行方が分からなくなっただけで殺したなどはとんでもない。

最終的に幕府の下した判決文(下知状)によると姉の告訴は却下となりました。何よりも後から弟に出した譲状が 存在した事、つまり父の遺志を最優先にしたのでしょうか。
一方、姉の主張した弟は実子じゃない説、侍女を殺した件は証拠不十分として訴えを退けています。判決の結びにある通り「父後判(後で判を押した)の譲状を帯し、今更相違あるべからず」です。

どうでしょう?

これ、ちょっと見応えのある火曜サスペンス劇場の世界では無いでしょうかねえ。(ちなみに姉役は小池栄子さんが良いと思います)。

訴訟はこれ以外にも土地争いや税金の納付を布から銭にさせて欲しいと言うような当時の経済環境を反映したようなものもあります。

こうした判例を一覧して思うのは鎌倉幕府の裁判、意外とというか今以上にしっかりやってるなと言うことです。
公家と幕府の御家人と言えども別に御家人にえこひいきすることはありません。特に女性に対して、たまたま今回の例は女性が敗訴しましたが、基本的には平等であるばかりか、御成敗式目の中に相続する場合に女性に不利な扱いをすることを禁ずる条文さえあります。
何となく我々は今が一番で、鎌倉時代など、不平等ででたらめな裁判をやっていたと思いがちなのですが、決してそんな事はなく昔の人も今以上に合理的な判断能力を持ち、人情のある判決を下していたことがわかりました。

最後まで読んで頂きありがとうございました♪