数学の先生が笑った日【キャリコンサロン編集部】#私の反抗期
退屈だった。
その先生の授業は退屈だった。
抑揚がない。
淡々と話す。
声が小さい。
その割には50分間ずっと喋っていた。
生徒をさして、何かを答えさせるということもなかった。
我々は、座っている。先生だけが黒板に数式を書いていく。
数式を書いて、説明をする。
一応、「質問はあるか」と聞くが、誰も反応はなかった。
みんなまぶたが閉じそうになっていた。
考えてもみてほしい。
起伏のない感情も感じられない声だけが響き渡る50分間。
どんな先生でも、大きな声で説明したりすることはあるだろう。
せめて、「ここは重要」とか「よくテストにでる」とか。
それがまったくないのだ。
この人は何のために教師をしているんだろう。
ある日ふと思った。
毎時間毎時間、教科書にのっている、例題を黒板に書いて
説明をしておわり。
それだけだった。
私たちに、何を教えたいんだろう。
わからなかった。
大丈夫かな。高校1年も秋になると、そんな風に思い始めた。
「教科書だけじゃダメだ。受験は応用問題がでるんだから」
他の教科の先生方は、授業のたびに言う。
「教科書以外の教材も渡すから例文を暗記しなさい」
英語の先生なんかは、オリジナルで、
例文集を作ってくれたりしているのに。
数学の先生ときたら。教科書を書くだけなのだ。
「あの先生、やばいよ」
さすがに生徒の間でもそういう評判が立ち始めた。
「ほかのクラスの数学の先生は、こんな問題をだしたらしい。難しいこともやっているらしい」
そんな声も聞こえてくる。
案の定、テストになると、教科書だけでは通用しない問題がでていた。
それでも先生は、教科書を黒板に写していた。
「もうほんとにやばい」
クラスのみんながそう思い始めたとき、私は、あることを思いついた。
そして、クラスみんなで実行した。
休み時間を使ったちょっとした、いたずらだ。
だが、自分たちのメッセージを伝えるにはこれしかないと思った。
ドアの上に黒板消しをしかけ、てはいない。
教壇にバナナの皮を、でもない。
教室に入ってきた先生は、初めて笑った。
僕たちは、黒板に、仕掛けをした。
先生が書く前に教科書の問題を書いておいたのだ。
問題、解法、数式、解答
クラスで一番字のうまい女子の文字が黒板いっぱいに書かれていた。
先生は少しうつむいて、笑いながら言った。
「なんだ、もう書いてあるのか。書く手間が省けた。ありがとう」
そう言いながら、先生は授業を始めた。
この授業では、時間が余った。少しだけ応用問題をやってくれた。
授業がおわって先生が教室をでると、僕たちは爆笑した。
「あの苦笑い、最高だったな」
みんなでしてやったり、という気持ちになった。
でも、何か物足りなさも残った。
本当は怒って欲しかった。
「お前ら、茶化してるけど、基本は大切なんだぞ」
くらい言って欲しかった。
教科書を丸写しするだけの授業にこだわりがあるなら
言って欲しかった。
でも、そんなことはまったくなかった。
先生にはなんのこだわりもなかったのだ。
次の授業から、数学は漫画を読む時間になった。
そう。ガラスの仮面を読破できたのは、この数学の時間のおかげだった。
勉強は教わるものではなくて、自分で学ぶもの、それを教えてくれたのは
先生だった。
先生、ありがとう。
読んでいただいた方、だいぶ意地悪な私ですが
数学は嫌いになっても、私のことは嫌いにならないでくださいね。
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