リバーサイド(ほんとにあった奇妙な話)
学生時代、ワンルームマンションに住んでた頃のこと。
当時はかなりな掘り出しもんの寝ぐら見つけたって喜んだ。だって便利なとこだったし、その割に家賃がメチャ安い。
真横に5つの部屋が並んだ5階建ての、タテとヨコ5×5の真ん中303号室だけがポカンと空いてて、ラッキー。即決。
ささやかなベランダに出たら、川が右から左に流れててね。
名前が、古い言葉で「河童」という意味だって聞いた。その川。
天気がいいとね、川面の光が、部屋の天井に反射するの。
天井には、反射した水の光がタプタプと揺れる。
まるで幻燈だ。宮沢賢治の「やまなし」の蟹になって、川底から水面を見上げてるみたいなんだってば。
朝寝坊してベッドに仰向けに寝転がったまま天井を眺めると、それだけで天気がいいってわかる。
天井、タプタプ。
クラムボンになった気分。
二度寝しよう。
これ、幸せ。
のんびりでも急ぐでもなく干上がりもせず溢れもしない。毎日同じように流れるその川は、原爆が落ちた時、焼け爛れた人たちがたくさん水を求めて中に入ってったって。
でも渇きを癒されないまま溺れて流されたんだって。
ひしめいて呻きを上げながら流されてったって。地元じゃ有名な話。
誰もが寝静まった夜中に、川を渡ってコンビニに缶ビールとか買いに行くと、橋の真ん中で全身青いおじさんに会うけどね。ぼんやりしたおじさんは、すれ違うと、消えるの。
そういうことかって、妙に納得する自分もいたりして、そのうち慣れた。
ある日コンパから帰ると、夜中なのに黒いマント羽織ったおばあさんが2人、ワンルームマンション共用入り口手前の、たった3段の階段に、座り込んでた。
ジャマだなあって。
しかもこんな夜中におばあさん何してんの、住むとこないの? 頭から黒いマントなんかすっぽり羽織って、占い師かよ、カオナシかよ、ジェイソンかよ、明日役所に電話してやろーっておばあさんたちの顔睨んだら、二人とも骸骨だった。
入り口をどかっと占領した骸骨の、その真横を通れって? でもそこ通らなきゃ部屋まで上がれないんですけど!
そりゃあ酔いも醒めて、縮んだ身体抱えて3階まで猛ダッシュで駆け上がった。
くんなよ?
追いかけてくんなよ?
また飲み過ぎたって反省して、ドアをバタンと閉めて鍵かけて部屋を電気で明るくしてテレビつけた。
入ってくんなよ?!
元々怖がりで、暗いのが苦手で、テレビつけっぱで寝るのが習慣。そうして睡魔に負ける限界まで起きとくの。
ただ、その頃からテレビの調子が悪くって困ってた。
ウツラウツラしてたら、きまってテレビが勝手についたり消えたりする。
まあよくあることかな、チャチなテレビだったし。
でもその夜はリモコンまで効かなくなっちゃって、電池替えたばっかなのにと頭にきて、主電源ポチッと切った。
もうテレビなんかつかなくていいやって。
その代わり電気は明々とつけとくからねーだ。
それでもまだテレビは1人でついたり消えたりを繰り返す。
はぁ? 主電源もぶっ壊れてんの? 意味わからん。わかりたくもない。急に画面がついたらびっくりして余計寝れないじゃんと思って、必勝の奥の手、コンセント抜いた。
解決。さあ寝ようと思ったら、
またついた。
はぁ? なに? なんで? どうやって? ヤバくない? 部屋から逃げた方がよくない? そうする?
真夜中に一人でパニクってる。
でもそういえば骸骨いたよね。勢いで飛び出したところで、外には骸骨ばあさんと、もしかしたら青いおじさんもいるかもしれない。それだけ? もっと他にいたら、あーやだやだ、どっちがいいの? 中と外。
で、ついたり消えたりする画面の砂嵐に負けないように、布団の中で大きな声で歌を歌いながら寝ることにした。
こんなこともあるよねって、自分に言い聞かせて。
□
テレビは早速新しいのに買い替えた。
一人暮らしの必需品だもん。これでいい夢見よって、テレビつけたまま電気もつけたまま寝た。
あー安心。落ち着く。
ベッドでのびのびと大の字になって、ホントに寝てた。
…右腕がなんか重いなあと思ってふっと目を開けたら、女の子の赤ちゃんの腕枕してた。
なぜ。誰。身に覚えないよ? ギョッとして顔見たら、お人形さんみたいな赤ちゃんの首だけがくるっと動いてこっち向いて目が合って、その子は超にっこり笑ってんだけど、…
こっちは叫んだよ。
ごめん、悪いけど叫ぶよ? 叫ばずにいられない!
そしたら玄関を誰かがドンドン叩いてる。
は? 知らん。真夜中だ。寝よ、寝よ。
こんなことも世の中よくあるからって、目を瞑って寝た。
そしたら今度は両方の足首掴まれて、おかげで目が覚めて、お腹にドスンと何か重い塊が落っこちて、何ってそれが真っ黒いカラスだったから、真夜中だっちゅうのにまたまた大声でマジの悲鳴あげてしまった。
もう何か知らないけどみんな勘弁してよね!
いよいよ寝れなくて迷惑承知で友達に電話かけまくり。起きろ! 起きてください、そして私をぼっちにしないで!
そうやってまたまた夜ふかししちゃってるわけだけど、
というか、寝れないんですけど!
□
気がついたら昼だった。
寝られないっつっても、いつの間にか寝てるものだな。
目を開けたら天井に映った川面の光が、タプタプと揺れている。
今日もいい天気なんだね。こうして天井を見てると、のどかに流れる川の水面を真上に眺める蟹みたい。
光をぼーっと眺めながら、私の部屋は、ベランダの前を流れる川の底なんだなーと思った。
絶妙に水面の光が反射してくんだよね。
私の部屋は、川の底。
私の部屋は、川の底。
私の部屋は、無念が沢山眠る川の底。
(そもそも川沿いって、よく出るらしいね)
危うく呑まれるとこだった。それ聞いて慌てて引っ越した。
安くて便利で日当たりのいい物件だったけど。だから未だに「リバーサイド」とか名前のついた建物見つけると、
(気をつけてね)
と思う。
じゃ、おやすみなさーい。
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