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巫蠱(ふこ)第十一巻【小説】



巫女ふじょたち⑥

「まあ脅威きょういっても」

 ここで岐美(きみ)がくちをひらく。

「のどにさった小骨こぼね程度ていど脅威きょういじゃないかな」

「なんともありませんね」

「でも小骨こぼね一生いっしょうけない」

「おそろしいじゃないですか!」

 そんな岐美きみと鯨歯(げいは)のやりとりに、身身乎(みみこ)はあきれたこえをだす。

「もう……ほねれます」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ

 赤泉院身身乎(せきせんいんみみこ)は、あめのあふれるそとにをもどした。そして、ひざをてる。

 彼女かのじょには、ひざ小僧こぞうをほおにてるくせがある。
 なにかかんがえごとをするときに都合つごうがいいそうだ。

 さらに集中しゅうちゅうしたいときは、もう片方かたほうのひざも使つかい、ほおを左右さゆうともつぶす。

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ

 自分じぶんのほおをつぶすついでに、じる身身乎(みみこ)であった。

 視界しかい遮断しゃだんすれば雨音あまおと振動しんどうがよくかる。そのなかでかんがえることはひとつ。

 つことである。

 身身乎みみこはそれを「のこる」とは表現ひょうげんしなかった。
 屈服くっぷくさせたい相手あいてがいるわけではない。

 ただ、おもいはころさせない。

巫蠱ふこ

 ……現在げんざいあめがふっているのは赤泉院(せきせんいん)だけではない。

 そこをとりかこむ、いつつの全域ぜんいきがおなじ天候てんこう見舞みまわれていた。

 おのおの特徴とくちょうのことなる土地とちではあるものの、てんからちるみずだけは平等びょうどうにそそがれる。

 そしてつちわれなかった雨水あまみずが、楼塔(ろうとう)にながむ。

楼塔ろうとうすべら

 楼塔(ろうとう)の屋敷やしきでは、皇(すべら)が「そと」にでるところであった。

 彼女かのじょは蓍(めどぎ)から、あるたのごとけていた。
 それをたしにいく。

 きのうかえってきたばかりなのに、またいなくなる。

 いつもならだまってえるすべらであるが、なぜかそのだけはいもうとたちにこえをかけた。

楼塔ろうとうすべら流杯りゅうぱい

 まずは流杯(りゅうぱい)にたいして。

「いってきます」

「……え、えらい! ねーさんが失踪しっそうまえにあいさつするの、はじめてだよね。なんのようなの」

ひとさがし」

「蓍(めどぎ)さんにわれてたやつね」

「じゃあつぎは是(ぜ)に」

「いってらっしゃい、ねーさん。あ、これもはじめてか」

楼塔ろうとうすべら

 そして皇(すべら)は、もうひとりのいもうとの是(ぜ)にも外出がいしゅつするむねをつたえる。

 のほうは流杯(りゅうぱい)とちがって、わざとらしくおどろいたりはしなかった。

 ただし、こんなことをった。

ねえさん、手合てあわせしない? きょうはあめのせいで門下生もんかせいたちもすくなくて、ひまだから」

楼塔ろうとうすべら

 手合てあわせは一瞬いっしゅんわった。

 気付きづいたら是(ぜ)は、ゆかにころがっていた。自身じしんのいとなむ道場どうじょうのゆかである。

 見学けんがくしていた彼女かのじょ門下生もんかせいたちが、ざわつく。

「もしかしてあなたが先生せんせいあね……筆頭蠱女(ひっとうこじょ)ですか」

 はなしかけられた皇(すべら)はいもうとをみおろしつつ、うなずいた。

楼塔ろうとうすべら

 是(ぜ)はがって、あね一礼いちれいした。皇(すべら)もれいかえした。

 一瞬いっしゅんでたおされたではあったが、彼女かのじょ失望しつぼうした門下生もんかせいはいなかった。普段ふだんからしたわれているためだろう。

 また、相手あいて相手あいてだった。

 すべてにけないとおもわれているがゆえに、すべらは筆頭蠱女(ひっとうこじょ)なのだ。

蠱女こじょたち④

 その道場どうじょう玄関口げんかんぐち移動いどうしたふたりは自分じぶんたちだけにこえるこえはなはじめた。

ねえさん、御天(みあめ)の伝言でんごんが……」

「それなら蓍(めどぎ)にいたけど」

「いや、ことづかったことが、もうひとつある」

 是(ぜ)はその内容ないようあねつたえた。たいして、くびをかしげる皇(すべら)であった。

蠱女こじょたち⑤

「御天(みあめ)のったことについてはねえさんが判断はんだんして。あと、絖(ぬめ)が死装束しにしょうぞく用意よういしたがってる。必要ひつようならつくるって」

「いつぬかもからないわたしたちにとって、ふくはもれなく死装束しにしょうぞくでしょう」

 そうこたえて皇(すべら)は、そとにかってかさをひろげた。

「うん、いいあめ

楼塔ろうとう

 あねが、あめこうにえていく。

 それを見送みおくった是(ぜ)は、道場どうじょうのなかにもどる。
 門下生もんかせいたちに稽古けいこをつけることが、彼女かのじょ日常にちじょうだから。

先生せんせい、おねえさんは」

「でかけました」

「そうですか、でもふしぎです。よりによってきょう、筆頭蠱女(ひっとうこじょ)とうなんて」

「……偶然ぐうぜんです」

楼塔ろうとう

 もどってきた是(ぜ)にさきこえをかけてきた門下生もんかせいは、あたまを深々ふかぶかとさげてれいをした。にはその意味いみかった。

 ここをやめるということだ。

「いままで、ありがとうございました」

 そんな言葉ことばつたう。
 ほかの門下生もんかせいたちもそれをけ、わかれをしみう。

楼塔ろうとう

 自分じぶんのもとを人間にんげんがいることはべつにおかしなことではない。きゅうにぱったりこなくなるもの当然とうぜんいる。

 もちろんかれらは、なにもわるくない。

 だが今回こんかいは、今回こんかいばかりは、へんなかんじだった。
 まるで自分じぶん一部いちぶがどこかにわれていくようなさびしさをおぼえていた。

之墓のはかかんざし

 ……そんな是(ぜ)の心境しんきょうかんったものがひとりいる。
 蠱女(こじょ)仲間なかまの、之墓簪(のはかかんざし)である。

「ぜーちゃん、またおもわれなくなっちゃった」

 現在げんざいかんざし別々べつべつにいるのだが、たとえ遠距離えんきょりにあってもかんざしには気付きづかれる。

「ま、きゅう全部ぜんぶうしなうよりはいいか」

楼塔ろうとう之墓のはかかんざし

 もともと是(ぜ)に「ぜーちゃん」というあだをつけたのは簪(かんざし)であった。

 名前なまえはひらがなになおすと一字いちじなので、びにくいのである。

 かつ、彼女かのじょを「」とったときの違和感いわかん。まるですべてを肯定こうていするみたいにこえる。

 それは、都合つごうがよすぎる。

之墓のはかかんざし刃域じんいき葛湯香くずゆか

「……簪(かんざし)」

 自分じぶん名前なまえばれた彼女かのじょわれかえり、周囲しゅういのようすをでなぞる。
 いえのなか。あめおと

 真向まむかいのかべによりかかっているものがひとり。しゃがんでをかいているものがふたり。自分じぶんかおつめるものがひとり。

 かえす。

「……葛湯香(くずゆか)」

之墓のはかかんざし刃域じんいき葛湯香くずゆか

 刃域葛湯香(じんいきくずゆか)は、われかえった簪(かんざし)を確認かくにんして、かおをそらす。そしてう。

「どうしたんだ」

 いらだちとやさしさをふくんだ声音こわねに、かんざしがほほえむ。

「わたしのこころ、もれてたの。ぜーちゃんのことね。んでないよ」

「あいつじゃなくて、おまえのことだよ」

之墓のはかかんざし刃域じんいき葛湯香くずゆか

 葛湯香(くずゆか)の質問しつもんこたえるわりに、簪(かんざし)は自分じぶんかみゆびでこすった。

「それきだな」

おもさなきゃいけないのさ。わたしは髪飾かみかざりだから。不毛ふもうかな?」

かんざしかみにささないほうがきれいだとおもう」

かんないなあ」

 かみをこするおとおおきくなり、雨音あまおととまざる。

之墓のはかむろつみさしぬめ

 ところで簪(かんざし)にかぎらず、おなじ空間くうかんをかいているふたり……之墓館(のはかむろつみ)と城絖(さしぬめ)も「かみ」をこすっていた。

 こちらは「かみ」ではなく「かみ」のほうであるが。

 ふでのようなものを使つかって、くろかみいろせていく。

 そのおとはふしぎと心地ここちいい。

之墓のはかむろつみさしぬめ

「絖(ぬめ)おねえちゃんのかきかた、参考さんこうになる。わたし、いままで、すかすかにしてたから。こわかったかも」

「これまでのつみちゃんのもわたしは大好だいすきだよ。きっと諱(いみな)さんだって。

「とくに色分いろわけ。之墓(のはか)が灰色はいいろで、城(さし)がみどりなんだよね」

之墓のはかむろつみ

「……いろは、てきとう。なんとなく、あってそうなのを使つかってる。

「わたしたちのかお輪郭りんかく以上いじょうにえがくべきじゃないから。せめて区別くべつできるように。でも姉妹しまい同士どうしはいっしょ」

 ふでをうごかしつつう。

「そ、それと、絖(ぬめ)おねえちゃん、わたしの、ほめてくれて、ありがとう」

之墓のはかむろつみさしぬめ

 館(むろつみ)からおれいわれた絖(ぬめ)は、うれしそうに口角こうかくをあげ、感謝かんしゃ言葉ことばかえした。

 そして、いったんふでをとめる。

 集中しゅうちゅうしているむろつみを、凝視ぎょうししない程度ていどにちらりとる。

 こちらをおねえちゃんびするそのかおはあどけなく、自分じぶんよりも年上としうえとはおもわれない。

刃域じんいき服穂ぶくほ

 さて、いまこのいえにいるのはあとひとり。

 館(むろつみ)と絖(ぬめ)、簪(かんざし)と葛湯香(くずゆか)のようすをだまって観察かんさつしていた彼女かのじょ、刃域服穂(じんいきぶくほ)は両手りょうてらしたまま、かべによりかかっている。

 本来ほんらいであればそこはかんざしむろつみあね、諱(いみな)の位置いちだが、本人ほんにん現在げんざい仕事しごとにでている。

之墓のはかいみな刃域じんいき服穂ぶくほ

 無数むすう水滴すいてき外側そとがわからかべをたたく。

 背中せなかけていると、かべ一枚いちまいへだてた場所ばしょあめがふっているのがよくかる。雨音あまおとが服穂(ぶくほ)のからだにしみこむ。

 気持きもちをけ、諱(いみな)のまねをこころみる。

 いみなは「ったままよこになる」ことができる。
 それは特技とくぎではなく、哲学てつがくだ。

(つづく)

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