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巫蠱(ふこ)第十二巻【小説】



之墓のはかかんざし刃域じんいき服穂ぶくほ

「服穂(ぶくほ)さん、ねえさんみたいにねむれそう?」

 簪(かんざし)のこえが、じた状態じょうたい服穂ぶくほみみとどく。

「……ったままるなんてわたくしにはむりのようです。かべ使つかっても、うつらうつらしただけで、ずりおちます。なにかコツは?」

ねえさんいわく、気合きあい」

刃域じんいき服穂ぶくほ葛湯香くずゆか

 けっきょく服穂(ぶくほ)はったままねむることができなかった。

 いもうとの葛湯香(くずゆか)のそばに移動いどうして、文字もじどおり、よこになる。

「ねえ。なんでいまになって諱(いみな)のまねを」

「巫蠱(ふこ)がわるかもしれないときです。わたくしだって研究けんきゅうねつがはいりますよ」

之墓のはかむろつみ刃域じんいき葛湯香くずゆか

 そのまま寝付ねつあねを葛湯香(くずゆか)はていた。

 すでに簪(かんざし)も絖(ぬめ)もねむってしまっている。
 ひとり館(むろつみ)だけがをかきつづけている。

 いえのあかりはえている。くらいのによくかけるなと葛湯香くずゆか感心かんしんする。

 孤独こどくおもう。

 自分じぶんはそこまで真剣しんけん自分じぶんわりにえない。

刃域じんいき葛湯香くずゆか

 葛湯香(くずゆか)は自分じぶんのことを巫女(ふじょ)の「はしくれ」とおもっている。

 実際じっさい巫女ふじょ十二人じゅうににん名前なまえ正式せいしき列挙れっきょしたとき最後さいご名前なまえばれるのは彼女かのじょだ。

 その順番じゅんばん優劣ゆうれつ上下関係じょうげかんけいでないのはかっていても葛湯香くずゆかは、筆頭巫女ひっとうふじょたる赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)とは対極たいきょく位置いちする存在そんざいでありたいのだ。

赤泉院せきせんいんめどぎ

 しかし、とうの赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)が葛湯香(くずゆか)と正反対せいはんたい真剣しんけんさをっているかはさだかでない。

 というのも、めどぎはきのうの深夜しんや自分じぶん屋敷やしきかえってきたのだが、それからほぼ一日いちにち経過けいかする時間じかんずっと、ひたすら、いびきをかいている。

 その寝顔ねがおにはしあわせしかない。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 立場上たちばじょう、蓍(めどぎ)は巫女(ふじょ)の筆頭ひっとう……つまり代表だいひょうのような存在そんざいである。そのためか「びと」ともうべきものがそばにいる。

 たとえば、ここ十日とおかほどは長身ちょうしん巫女ふじょ、鯨歯(げいは)がめどぎ行動こうどうともにしていた。

 そして現在げんざいは、鯨歯げいはあねの睡眠(すいみん)がめどぎのねむりを見守みまもっている。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 だから蓍(めどぎ)がましたときあさひかりのつぎにたものは、彼女かのじょかおであった。

「おはよう睡眠(すいみん)」

 あくびをまぜつつ、めどぎはからだをばす。
 たいして、睡眠すいみん笑顔えがおおうじる。

「おはよ。つかれは、とれた?」

「まあ、たぶん。おまえのおかげだな」

「そりゃ、けっこう」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

「そうだ睡眠(すいみん)。わたしの留守中るすちゅう、身身乎(みみこ)はだいじょうぶだった?」

「いいだったよ」

「ふーん。ともかく留守番るすばんありがと」

「こっちこそ鯨歯(げいは)が迷惑めいわくかけなかった?」

「いいや。……しかしもうあさか。なんだか一日いちにちじゅうてたがする」

言葉ことばどおりね」

「マジか」

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

 睡眠(すいみん)を部屋へやのこして、蓍(めどぎ)は屋敷やしきにわんだ。
 地面じめんがしめっている。いまはれだが、きのうはあめがふったようだ。

 彼女かのじょはそのまますすんでいく。かう場所ばしょまっている。

 みずたまりのようなちいさないずみちかくにある。彼女かのじょはそこにんだ。

 そのとき、身身乎(みみこ)のこえがした。

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

「蓍(めどぎ)姉様ねえさま

 屋敷やしきのほうからいもうとびかけていたのだ。

 返事へんじをするひまもなかったのか、めどぎのからだはそのままいずみわれていった。

 そのかお浮上ふじょうしてくるまで十秒じゅうびょうようした。
 たいして、身身乎(みみこ)はくびをふる。

 めどぎおおきくうなずいて、もう一度いちど水中すいちゅうにもぐった。

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

 蓍(めどぎ)がいずみえるのは日課にっかのようなものである。

 よそかられば不可思議ふかしぎだろうが身身乎(みみこ)にとっては日常にちじょうだ。これなしには、自分じぶんあねかえってきたというかんじがしない。

 いずみのそこでいきをとめるとしつのいい瞑想めいそうができると本人ほんにんう。

 はたしてめどぎは、なにをかんがえているのだろう。

巫女ふじょたち⑦

 ……赤泉院(せきせんいん)の屋敷やしきには五人ごにんの巫女(ふじょ)がんでいる。

 蓍(めどぎ)、岐美(きみ)、身身乎(みみこ)。睡眠(すいみん)、鯨歯(げいは)。

 彼女かのじょたち全員ぜんいんがそろって食事しょくじをとるのもひさびさだ。

筆頭ひっとう

めどぎ

蓍姉様めどぎねえさま

めどぎちゃ……おねえちゃん」

「な、なにおまえら」

 そのごはんを用意よういしたのはめどぎだった。これは異常いじょうである。

赤泉院せきせんいんめどぎ岐美きみ

 ともあれ食事中しょくじちゅう、岐美(きみ)が蓍(めどぎ)に相談そうだんする。

「おねえちゃん、各地かくちをまわって確認かくにんしたいことがあるんだけど」

「なに」

「みんなが本当ほんとう現状げんじょう把握はあくしているかどうか。余計よけいかな」

「いってきたら。『どうせみんなってるだろう』って意識いしきがいちばんあぶない」

赤泉院せきせんいんめどぎ岐美きみ

 食後しょくご、岐美(きみ)は蓍(めどぎ)たちに見送みおくられながら屋敷やしきをでていく。

「あ、そうだ」

 玄関げんかんのまえでめどぎ岐美きみをすこしだけびとめた。

岐美きみ。いろいろありがと。宙宇(ちゅうう)に手紙てがみとどけてくれたことだけじゃなくて、本当ほんとうにいろいろ」

「おねえちゃんこそ、ごはん、おいしかったよ」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 岐美(きみ)のすがたがみえなくなるまで蓍(めどぎ)はそのっていた。

 そんな彼女かのじょのとなりに鯨歯(げいは)が近寄ちかよる。
 ひざをげ、正座せいざする。ちょうどめどぎとど距離きょりにあたまがある。

 めどぎはそれをやさしくなでた。感謝かんしゃのつもりである。

 鯨歯げいははだまってれていた。

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

 それから蓍(めどぎ)は屋敷やしき部屋へやにもどる。
 途中とちゅう廊下ろうかで身身乎(みみこ)とすれちがった。

 さきほどの鯨歯(げいは)のときと同様どうよう、そのあたまをなでようとする。
 が、かわされた。めどぎがふれる直前ちょくぜん身身乎みみこがしゃがんだのだ。

 いもうと上目うわめづかいにあねている。

蓍姉様めどぎねえさま、おはなしいいですか」

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

 かくして、ふたりは屋敷やしき一室いっしつにて対座たいざする。

 いもうとの身身乎(みみこ)がはなし口火くちびる。

「鯨歯(げいは)から状況じょうきょういています。そして蓍(めどぎ)姉様ねえさまがやろうとしていることも。外部がいぶ平和裏へいわりはなうのですね」

「うん、おまえはどうおもう」

「わたしは蓍姉様めどぎねえさまかんがえに反対はんたいします」

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

「蓍(めどぎ)姉様ねえさまはわたしを使つかうつもりでもあったとか」

「……平和的へいわてきはないにかぎらず御天(みあめ)の仕事しごとわりにさせないのもだったからな」

選択肢せんたくしはそれだけですか」

第三だいさんみちか」

「いいえ。最善さいぜん……第一だいいちみちです。蓍姉様めどぎねえさまらないふりをするならわたしがいます」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ

たたかいませんか。

外部がいぶ平和的へいわてきいをつけようとしたところでごろしになるのがにみえます。

「また、御天(みあめ)の仕事しごとをむりに増加ぞうかさせれば当人とうにん自身じしんがおこるでしょう。

最善さいぜん御天みあめわったあとこうに戦端せんたんをひらかせて、つことです。わたしたちなら可能かのうです」

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

「ふーん」

「……ける返事へんじです。ここは筆頭ひっとうとして血気けっきにはやる身内みうちをいさめるのがすじなのでは」

「いいや。わたしだって御天(みあめ)を長引ながびかせて世界平和せかいへいわをふいにさせようともおもっていた。

「それをたなにあげて正義せいぎをきどっておまえを非難ひなんするほうが、よほどすじがとおらない」

赤泉院せきせんいんめどぎ

たたかうのもみち。しかもそれはわたしたちにとって最終手段さいしゅうしゅだんではなく最良さいりょう選択肢せんたくし実際じっさい、身身乎(みみこ)のうとおりだな。

「ただ、わたしはおもう。

まんいちにも、わたしたちはけるかもしれないと。あるいはたたか以上いじょう、わたしたちはけなければならないのではないかと」

赤泉院せきせんいんめどぎ身身乎みみこ

「だからわたしはたたかいたくない」

 蓍(めどぎ)の口調くちょうが、はっきりしていた。

 それをいた身身乎(みみこ)は自分じぶんりょうひざをてる。ひざ小僧こぞうをほおにくっつけ、あらためてあねる。

かりました。けたくないのはわたしもいっしょです。蓍姉様めどぎねえさま愚策ぐさくに、いますよ」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 あねとのはなしをひととおりえ、身身乎(みみこ)はその部屋へやをでた。そして彼女かのじょは、おなじ屋敷内やしきないにある、べつの部屋へやへとあしはこんだ。

 をあけると、おくから人影ひとかげびてきた。
 かげぬしう。

「どっちがれた?」

 身身乎みみここたえる。

「だれのおもいもれてはいません」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 身身乎(みみこ)はめ、おくにいた桃西社睡眠(ももにしゃすいみん)にちかづき、こしをおろす。

 自分じぶんのからだを睡眠すいみんかげのなかにすっぽりおさめる。
 そうすると、なぜかねむくなってくる。

 就寝しゅうしんにはまだはや時間帯じかんたいであった。しかし身身乎みみこはすぐに寝付ねついた。

 つかれたのだろう。

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 睡眠(すいみん)はさっした。

 いま身身乎(みみこ)が自分じぶんのもとにきたのは疲労ひろうだけが理由りゆうではないのだと。

 そしてその真意しんいをだれにもうべきではないことも。

 睡眠すいみんは、身身乎みみこをそっとおんぶして、身身乎みみこ自身じしん部屋へやへと移動いどうし、ふとんをいて、彼女かのじょかせて、ささやいた。安心あんしんして、と。

(つづく)

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