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巫蠱(ふこ)第十巻【小説】



楼塔ろうとうすべら流杯りゅうぱい

 みずうみにつかってはなしている巫女(ふじょ)たちをて、皇(すべら)と流杯(りゅうぱい)はほほえんだ。

「よかった。仲直なかなおりはできたみたい。ところで流杯りゅうぱいはおこらないの」

「ねーさんがいなくなるのはいつものことだから。とにかくかおせてくれればいいよ。とくに、ねーちゃんにさ」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「さっきからになってたんですが楼塔(ろうとう)の三女さんじょさんがなんでここに。阿国(あぐに)にようでもあったんですか」

 あたまだけ湖面こめんにだした状態じょうたいの鯨歯(げいは)が流杯(りゅうぱい)にうてきた。

「絖(ぬめ)が桃西社(ももにしゃ)でねーさんつかりそうってったから」

「へー、ぬめさんもすごいですね」

楼塔ろうとうすべら赤泉院せきせんいんめどぎ

 さて彼女かのじょたちのはなし一段落いちだんらくしてから、皇(すべら)は阿国(あぐに)のかたをもみはじめた。

 流杯(りゅうぱい)のかたのほうはすでにほぐしわっている。

 陸地りくちにあがった蓍(めどぎ)がそれをつめる。

すべら。じゃあきのう確認かくにんしたとおりに。八人はちにんでのはないは桃西社(ももにしゃ)にこおりってからだから、それまでにわらせといて」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 阿国(あぐに)はそのままみずうみに。皇(すべら)と蓍(めどぎ)はおのおのが管轄かんかつするにもどる。

 流杯(りゅうぱい)と鯨歯(げいは)にかんしてはわかぎわにこんな会話かいわがあった。

「……あやまります」

「いやわたしに謝罪しゃざいすることはないだろ」

「御天(みあめ)さまのけんです。めでたいとけがましくったので」

「べつにいいって」

巫女ふじょたち④

 八日ようか……いや九日ここのかぶりだろうか。

 夜遅よるおそくになって蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)は赤泉院(せきせんいん)の屋敷やしきかえってきた。

 つきのあかりがふっている。玄関げんかんのそとにだれかっているのがみえる。

「睡眠(すいみん)だな」

 あるきつかれてぼうになったあしをがくがくさせながらめどぎ彼女かのじょにたおれこむ。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 筆頭巫女(ひっとうふじょ)がよりかかったとき、桃西社睡眠(ももにしゃすいみん)のうでのふくらんだ部分ぶぶん左右さゆうともにつぶれた。

 うずめたかおから寝息ねいきがもれる。

 睡眠すいみんりょう前腕ぜんわんをぴたりとくっつけげた。

 彼女かのじょ自身じしんはひじから手首てくびまでのその部分ぶぶんを、うでたいしていちうでぶ。

桃西社ももにしゃ睡眠すいみん鯨歯げいは

 蓍(めどぎ)をげるあね手伝てつだうべきか、鯨歯(げいは)はかんがえなかった。

 手伝てつだおうかとこえをかけることさえよくないとおもった。

 だから姉妹しまいはおたがいにねぎらいと再会さいかい言葉ことばをかわすだけであった。

 そして鯨歯げいははその正座せいざする。
 玄関げんかんのすぐそとだ。地面じめん小石こいしが、はぎにく。

赤泉院せきせんいん岐美きみ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「ありがとう。蓍(めどぎ)ちゃんにずっとついていてくれて」

 あね屋敷やしきのなかにえてなお、ひとり正座せいざしたままの鯨歯(げいは)のに、赤泉院岐美(せきせんいんきみ)のあしうつった。

次女じじょさんこそ阿国(あぐに)にらせてくれたようで感謝かんしゃです」

仕事しごとだもの」

 ひざをり、岐美きみがしゃがむ。

赤泉院せきせんいん岐美きみ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 岐美(きみ)は鯨歯(げいは)にかおちかづけてう。

「蓍(めどぎ)ちゃん、わたしのこと、なんかってなかった?」

「いえ、とくには。……あ! ほめられたいんですね。それなら筆頭ひっとう次女じじょさんに直接ちょくせつつたえるとおもいますよ」

直接ちょくせつ……うん、そうかな。ともかく鯨歯げいは、なかに。あしたはあめだとおもうから」

巫女ふじょたち⑤

 さきに岐美(きみ)がってこうとした。

 しかし鯨歯(げいは)はたなかった。正座せいざしたままうごかない。

気持きもちだけります。うたれたいんです。筆頭ひっとうあるいた十日弱とおかじゃく……都合つごうよくなにもふりませんでした。

「そのもやもやをあらいたくて。阿国(あぐに)のまねをゆるしてください」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 深夜しんや、ひとり正座せいざする鯨歯(げいは)めがけて、つめたいあめがやってきた。

 彼女かのじょかおてんけ、まぶたをじずにめた。

 くちはひらかない。全身ぜんしんみずむ。たまにまばたきをまぜるたび、しずくがこまかくはじけとぶ。

 鯨歯げいははあのおもし、しだいにからだをわすれていった。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 あのとは、いまだ桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)が巫女(ふじょ)でなくべつ名前なまえっていただ。

 彼女かのじょはそのあめに、家出いえでした。
 
 ……なぜ。家族かぞくやさしいひとだったし、生活せいかつくるしくなかった。

 しあわせがこわくなったのではない。なんとなくですらない。

 ただ彼女かのじょは、そうしなければならないとおもったのだ。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは阿国あぐに

 家出いえで理由りゆうかはからないが、「うみにいきたい」というおもいも彼女かのじょにはあった。だからまず潮風しおかぜもとめた。

 すれちがう人々ひとびとみちをたずねながら、海岸かいがん目指めざした。

 その途上とじょう街道かいどうのひとつをたどっているときだ。
 彼女かのじょみちのまんなかにつ、阿国(あぐに)と名乗なの少女しょうじょ出会であった。

桃西社ももにしゃ阿国あぐに

 阿国(あぐに)は巫女(ふじょ)になるまえから、自分じぶん阿国あぐにっていた。

 ただし名字みょうじはない。ただの阿国あぐにである。

 彼女かのじょ生計せいけいかたは、みちのまんなかにって、ずっとそらることだ。

 すると通行人つうこうにんがおかねものげてくれる。

 まれたときからそうしている。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは阿国あぐに

 ……第一印象だいいちいんしょうは、たかさ。

 うみ方向ほうこううてきた彼女かのじょは、阿国(あぐに)におかねものもなにもやらなかった。

 ただおれいだけって、あっさりった。

 阿国あぐににはそれがおかしかった。

 同情どうじょうやさしさ、軽蔑けいべつ無視むし打算ださん、そのどれでもないかたちでひとたいしたのは、はじめてだったから。

桃西社ももにしゃ阿国あぐに

 それからどれくらいったか。いまみずうみにて桃西社阿国(ももにしゃあぐに)も、鯨歯(げいは)と出会であったのことをおもしていた。

 あめ関係かんけいない。わかれをおもったからである。
 筆頭ひっとうたちがわりにけてあるはじめた。もうさけられない。

 ちる雨粒あまつぶかぞえきれない。みずうみ全体ぜんたい波紋はもんつくる。

 自分じぶんもそのひとつだ。

赤泉院せきせんいん

 ……あめがつよいためか、あさがきたかも分からない。

 しかし赤泉院(せきせんいん)の三女さんじょ、身身乎(みみこ)は定刻ていこく起床きしょうする。

 ふりしきるおとのなか、れいいずみをながめていた。

 あねがいつも瞑想めいそうするその場所ばしょ赤泉院せきせんいん屋敷やしきからみえる距離きょりにある。
 みずであふれかえっている。

赤泉院せきせんいん岐美きみ身身乎みみこ

「身身乎(みみこ)、きてたの」

 赤泉院(せきせんいん)の次女じじょ、岐美(きみ)が身身乎みみことなりにすわる。
 屋敷やしき部屋へやのなかから、あめをうかがう。

岐美きみ姉様ねえさま

 身身乎みみこあねにやや、すりよる。

「蓍(めどぎ)姉様ねえさま、やっとかえってきたみたいですね。睡眠(すいみん)がついているようで」

熟睡中じゅくすいちゅうだよ」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ

きるまでつことにします。蓍(めどぎ)姉様ねえさまとは、しっかりとおはなしを」

 そうって身身乎(みみこ)は、そとにかってばした。
 指先ゆびさき雨粒あまつぶたり、はじける。

 つめたかったのか、彼女かのじょかたがすこしふるえた。

「……岐美(きみ)姉様ねえさま、鯨歯(げいは)はあめにうたれていますか」

赤泉院せきせんいん岐美きみ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「それが……鯨歯(げいは)、なかに、はいらなかったの。あめのことはおしえたんだけどね。

ねんのためわたし、もう一度いちどにいったんだよ。

あんじょう鯨歯げいは正座せいざしたままてた。さすがに風邪かぜひきそうだったから屋敷やしきにいれて、からだもふいて、ふくもとりかえた」

「そういうことでしたか」

赤泉院せきせんいん岐美きみ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 返事へんじは身身乎(みみこ)のものではなかった。岐美(きみ)はくびをうしろにけ、こえのしたほうへびかける。

「ごめんね、放置ほうちできなくて」

 こうわれた鯨歯(げいは)は、岐美きみのそばにこしをおろす。

「いえ、次女じじょさんの判断はんだんでいいんですよ。やっぱりわたしは、阿国(あぐに)じゃないんですね」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 そして鯨歯(げいは)と身身乎(みみこ)が、岐美(きみ)をあいだにはさんだ状態じょうたい会話かいわをかわしはじめる。

三女さんじょさん、うちのあねがお世話せわになりました」

「ちがいます、わたしがお世話せわになりました」

「でしょうね」

「……鯨歯げいは、その支離滅裂しりめつれつ慇懃無礼いんぎんぶれいさ、わたしはきですよ」

「うれしいです」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ

 身身乎(みみこ)は鯨歯(げいは)からこれまでのはなしき、現状げんじょう整理せいりする。

「……確定かくていしているのはふたつ。御天(みあめ)の仕事しごと終結しゅうけつ間近まぢかであること。その情報じょうほうが巫蠱(ふこ)二十四人にじゅうよにん全員ぜんいん共有きょうゆうされたこと。

かんがえるべき課題かだいもふたつ。外部がいぶへの対処たいしょと、わたしたち自身じしん今後こんご

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「なんでそとをにするんです。御天(みあめ)さまがおもわれなくなれば蠱女(こじょ)だけでなく巫女(ふじょ)もあやういのは理解りかいしました。

「だからのふりかたをかんがえるのは当然とうぜんです。けれどこれはわたしたちの問題もんだいですよね」

「蓍(めどぎ)姉様ねえさまか十我(とが)にかなかったのですか」

わすれてました」

赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「御天(みあめ)がわったとき世界せかい平和へいわになります、鯨歯(げいは)、ここまではいいですか」

「はい」

「これで、そとのひとたちの一番いちばん脅威きょうい解決かいけつされました。なら、つぎは」

二番目にばんめ脅威きょういかうでしょう」

「……その二番目にばんめ脅威きょういとは」

「わたしたちですか」

「わたしたちです」

(つづく)

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