見出し画像

禍話リライト「こどもがくる」

 霊能力がある、と自負するやつを頼るとロクなことがない。

 近頃、サークルの後輩の様子がおかしい。

 大学に紹介された物件が相場より高かったことに憤慨した後輩が自力で見つけてきたのは、オートロック完備、エレベーター付き、LED照明、防音、おまけにインターネットも使い放題という好条件の部屋だった。いつの間にかサークル連中の溜まり場になっていたが、最近なぜか彼はインターホンに出ない。押してもそもそも音が鳴らないのだ。なので部屋にいる彼を電話で呼び出し、エントランスまでわざわざ開けに来てもらうという妙な流れになっていた。
 サークル仲間に聞いたところ、どうやら自分だけではないらしい。皆一様に同じような手間をかけて後輩の家にお邪魔していた。

 ある時、その部屋に集まって皆で鍋をしようということになった。サークル仲間で鍋を囲みつつ、以前から気になっていたことを口にする。
「そういや最近インターホン使わないじゃん。どうしたの? 壊れた?」
 玄関脇に据えられたカメラ付きのインターホンは、電池が抜かれて沈黙していた。確かにこれでは呼び出しても出ないはずだ。
 後輩は答えにくそうにしていたが、とうとう「最近ね、イタズラされるんすよ」と口を割った。
「夜中の1時くらいっすかね。インターホンが鳴ったんで出てみたら、子供の声で『約束通りに来たよ、約束通りに来たよ……』って」
「えぇー、子供? それ、カメラにも映ってたの?」
「それがね、映らないんすよ。身長が低いからかな?」
「……管理人さんとかに相談したほうがいいよ」
「こんな事で相談していいんすかね?」
「いやいや、絶対言うべきだって!」

 後日、自分たちに押されて後輩が後日管理人さんに相談したところ、防犯カメラを確認してくれたらしい。
「……そうしたら、誰も映ってなくて」
 そこには確かにチャイムが鳴り、後輩が応答している様子は映っていたそうだ。だが、エントランスには誰の姿もない。
「もうちょっと画質が良ければ、ボタンが押されているかとかも分かるそうなんですけどね」
「いやいやいや、そこ分かったところで怖いだけじゃん!」
「管理人さんが言うには、確かに部屋には以前家族連れが住んでいたそうなんです。その一家はみんな生きているそうなんですが、『そういえば、あの家によく遊びに来る子はいたなぁ』とか言い出しちゃって……」
 ただの子供のイタズラだと思っていたら、とんでもないことになった。どうしたものかと考えあぐねていると、横で聞いていたサークル仲間が「私、知り合いに霊感ある子いるよ」と言い出した。

 後日、その子が連れてきたのは、今思うと随分胡散臭い霊感女だった。しかも一人ではなく、お供のようにシンパを同伴している。
「そういう時にはね、幽霊さんの声を聞いてあげるんです」
 平時なら鼻で笑って追い返すが、こちらは藁にも縋りたい思いだ。結局掴んだのは藁ではなく剃刀だったが。何だかんだとサークル仲間たちも集まり、部屋には十人以上が押し掛けることとなった。
「さぁ、『星の王子様』を始めましょう」
 星の王子様? と頭に疑問符を浮かべている自分たちの前で、霊感女とシンパが仰々しく用意したのは「はい」「いいえ」と五十音とが描かれた紙だった。結局のところ、所謂こっくりさんをやるようだ。
(こんなもんで来るのか……?)
 疑いつつも、十円玉に後輩と霊感女、そしてシンパが指を乗せて始まった儀式を見守る。以外なことに、十円玉はするりと動いた。あまりにもスムーズに動き始めたので、内心ではこの霊感女が動かしているんじゃないのかと疑ってしまう。
「幽霊さん、お名前は?」
 霊感女の問いに、十円玉が見知らぬフルネームを名乗る。続いて「○○くんのおうちにあそびにきた」と答えた。
 ○○くん、確かに管理人さんが言っていたという、前に住んでいた一家の名字と合致している。この霊感女が知っているはずがない。
「いつもみたいにあそびにきただけなのに、どうしていれてくれないの」
「あなたはもう死んでいるのよ、だから行くべき世界に行かなければならないの」
 霊感女の暖かい言葉に、十円玉が動いた……はっきり「いいえ」の方向に。めげずに何度も言い聞かせるが、十円玉はそのたび「いいえ」へと動く。心なしか、先程より速く動いている気がする。
 そこで霊感女とそのシンパは、何を思ったか「帰るべきですよー」と言いながら力づくで十円玉を「はい」の方へ動かした。
 (オイオイオイ、それってアリなの⁉)
 とはいえ、この状況を打開する方法はない。サークル仲間たちは声には出さずとも、霊感女達を応援するように中腰気味になりながら十円玉を注視する。彼女たちの奮闘により、十円玉が「はい」の位置へ届いた。
「い、行ったぞ!!!」
 やったぞ、これで解決だ! 自分たちが喝采を上げたその時だった。

ピンポーン、ピンポーン

 チャイムが鳴った。

「……あれ、お前、もうインターホンに電池入れたの……?」
「いや、あ……?」
 霊感女たちが呆気に取られている間に、十円玉が「いいえ」の位置に戻っている。
「あ、これエントランスのチャイムだ……」
 誰も動けないまま、ピンポーン、とチャイムの音だけが続いている。それだけではない。

トントントン、トントントン

 まるで子供がドアをノックするような音もし始めた。
「こ、これどうすればいいんですか……?」
 縋るように問うてみたが、霊感女もシンパも顔面蒼白になって固まっている。どうにかしなければ、このまま無視していても埒が明かないだろう。

ガチャンッ

 インターホンの受話器が落ちた。当然フックにかかっているはずのものだ、自然に落ちるはずがない。

やくそくどおりにきたよ、やくそくどおりにきたよ

 チャイムとノックの間に、そんな声が聞こえ始める。
「も、もう、ドア開けちゃおうか」
 霊感女がそんなことを言い出した。「こうなったら、あの子の言うこと、聞いてあげるしか!」
 そういうもんなの⁉ と疑問に思いつつも、このままでは帰ってくれそうにない。
「分かった、やる、やるよ」
 「星の王子様」に参加していなかった先輩が声を上げる。サークルで数少ない留年生だ。
「ただ、開けた後、もうどうなるか分かんないよ……?」
 どうなるか分からないのはこの場にいる全員が同じだ。「すんません、お願いします」と全員の声に押され、先輩が立ち上がった瞬間だった。

 その場にいた全員が肩を掴まれ、その場に無理矢理座らされた。

「うわっ、背中!」
「誰か、誰か俺の背中掴んだ⁉」
「ちょっと、十円玉から手を放しちゃダメよ!」
「お前、この期に及んでそれしか言えねぇの⁉」
 全員がパニックに陥るなか、先輩は「ダメだ、これはダメだ」と呟いている。
「先輩もですか、俺もなんですよ。多分この場にいる全員が肩を――」
「肩? 何だよ、俺だけかよ。俺が扉を開けようとしているから、俺だけに聞こえたのかよ」
 俺だけ? 「聞こえた」って……何の話だ?

「耳元で知らねぇ女がさぁ、『そうやって甘やかしてもつけあがるだけですよ』って言ったんだけど、聞こえたの俺だけか?」

 全員が先輩の一言に震え上がったが、チャイムの音は鳴り続けている。誰一人動けない。

ウオオオッッッ!!!

 そんな中、先輩が動いた。雄叫びを上げてインターホンに突撃し、力任せに壁からもぎ取る。そしてベランダへと走り、勢いよく外へと投げ捨てる。

(す、捨てたッ!)

ピンポーン、ピンポーン、ピ……

 しばらくすると、チャイムの音が止まる。
「た、助かった!」
「やった、よくわかんねーけど!」
 皆が安堵と喝采とに包まれるなか、疲労困憊の霊感女が何故か自信に満ち溢れた様子で「ね? 何とかなったでしょ?」と宣った。
「お前、ふざけんなよ! 結局何もしてねーじゃねぇか!」
「先輩が男気見せたからだろうが! 帰れよペテン師が!」
 俺たちは霊感女とシンパを叩き出した後、朝まで営業している居酒屋へ突撃してしこたま呑み明かした。

 不思議な話なのだが、その後部屋では何も起こらなくなった。もしかしたらインターホンが落ちた先の家が代わりに不幸を背負う羽目になったのかもしれないが、自分たちには知る由もない。
 そして先輩は「この人は仲間を見捨てない」「いざとなったらスゲェ」と評判になり、時折居酒屋で先輩を囲む会が開かれるようになった。

 ただ先輩は、耳元で囁かれた恐怖が付きまとい、年上の女性がダメになったそうだ。

【出展】
震!禍話 十四夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/461873367
 本稿は膨大なホラー知識と実話怪談のレパートリーを揃えるかぁなっき氏が語り手の「猟奇ユニットFEAR飯」による実話怪談チャンネル「禍話」で過去に放送された内容を、若干のリライトを加えつつ文章に起こしたものです。
 現在は毎週土曜日午後11時から約一時間に亙り青空怪談(著作権フリー)が放送されています、本稿を読んで興味を持たれた方はぜひ。

甲冑積立金にします。