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禍話リライト「たのしい禍家」

 こういう親戚がいれば冠婚葬祭は助かるだろうなという印象の、明るい男だった。
「……怖い話があるんです、聞いてもらってもいいですか」
 男はそう口火を切り、とある家にまつわる話を始めた。

 私、妻と小学生の娘と三人暮らしなんですけれどね。家を買ったんですよ、それが職場からは通える範囲で、娘も校区を変えなくて済みそうな場所にすっごく安い一戸建ての物件を見つけちゃって。中古とはいえほとんど新築と思えるくらい新しくて、それでこの値段なら全然買えるぞって勢い付いちゃいましてね。
 内見した日はたまたま土砂降りで、家の周りとかは全然見れなかったんですけど。もう一目で気に入っちゃって、妻も乗り気なもんだから同行した不動産屋にその場で「ここ、買います!」って、書類にハンコ押しちゃったんです。
 それから引っ越すまで、たまたま家の周囲を見る機会がなかったんです。行ったはいいけれど、もう夜だったりで。引っ越し当日は快晴なんですよね。「夢のマイホームだぞ~」なんてはしゃいでたら娘はそっぽ向いてスマオホいじってるんですけど、自分の部屋が広くなって嬉しいくせに。

 着いてから初めて知ったんですけれど、家の前が神社だったんです。それも社殿の真裏。あっれー、普通こんなところに家なんて建てる? とは思ったんですよ。門を出たら即フェンス越しに台座上の社殿の裏が丸見えで。それがもうボロッボロの神社。掃除なんか前にやったのいつ? ってくらい。ただそれ以外はやっぱりいい家で。妻は「大丈夫なの? ほら風水的に」なんて言うけれど、まぁ本人全然分からないんですけれどね。神社だし別に悪いことはないだろうと。

 せっかく買ったはいいけれど、普段はよそで仕事してるから夜に寝る時と週末くらいしか家にはいないんです。だから全然気付かなかったんですけれど、回覧板とか全然回ってこないんですよ。ちゃんと引っ越してきた時には隣近所に挨拶回りもしたんですけれど、皆さん全然素っ気ない感じで。そういうことやらない地域なのかな? って思ってたら、回ってるんですよ回覧板。しかも、わざわざウチを飛ばして。
 オイオイ村八分じゃないのこれ。でもまぁ、友達とか知り合いとかはよそにちゃんといて、その地域では付き合いも全くないから気にはならなかったんですよね。よしんば本当に村八分だとしても、火事と葬式の時に手伝ってくれればいいやって全然気にしていませんでした。

「すいません、いつまで経ってもマイホーム珍道中にしか聞こえないんですけれど。これ本当に怖い話になるんですか?」
「それがですよ、引っ越して一か月くらいの頃かな? 町内会長が急に訪ねて来まして。何だろうと思ったら――」

 「やめてくれませんか」って言うんですよ。

 さっきも言いましたけれど、昼間はほとんど家に誰もいないんですよ。休日も家でゴロゴロしているか買い物に出かけるくらいで、やめろって言われても全然心当たりがない。庭でバーベキューなんてもってのほか、家の前がすぐ神社ですからね。流石に神様に悪いだろうと思って。
 一体、何をやめろって言うんですか? って聞いてみると、どうも近ごろ町内で騒ぐ人がいるらしい。それも老若男女。誰かが注意すると、みんな「バレたー」なんて言いながら我が家に入って行くとか。

 いやいや老若男女って、うち三人家族ですよ? って言っても、どうせ変な連中と付き合ってるんだろうって取り付く島もない。酷いもんですよね、引っ越してからこっち、挨拶も返してくれないし町内会のお誘いもない、回覧板も飛ばされる、やっと来たと思ったらこれですよ。私悲しくなっちゃって、都会モノへの偏見ですか? って言ってやりました。まぁ冗談ですけど。
 とにかく本当に不法侵入されているなら困るから、じゃあ監視カメラでも付けるか! ってそのまま町内会長を放置してホームセンターにダッシュしました。ほら思い立ったら吉日って言うでしょう。早速取り付けて、これでもう何かあっても勘違いだって判明しますからね。

 そうしたら数日後、今度は公園で遊んでいた子供たちが見たそうなんです。夕方、暗くなってきたからそろそろ帰ろうかなーって話していたら。

たのしそうにあそんでるね!!!

 公園の入り口で、誰かがそう叫んだそうなんです。見れば自分たちと同じ小学生くらいの子供が、

たのしそうにあそんでるね!!!

 って。何だよオマエ、どこ小? って聞いても、ずーっと「たのしそうにあそんでるね!!!」って繰り返すばっかりで。気味悪がってボールをぶつけたそうなんですが、それでも「たのしそうにあそんでるね!!!」って、その絶叫だけが公園に響いている。何だよお前、やめろよ、ってたまたま子供の一人が持っていた懐中電灯で照らしたら、その子逃げ出したそうで。みんなで追いかけたところ――

「アンタの家に逃げ込んだんだそうだ。たった今」

 玄関先で町内会長がそう凄むもんだから、なるほど! そんな時に便利なのがこの監視カメラ! 早速見てみましょうって一緒になって映像を確認したんですよ。そしたら、何も映っていないんです。確かに誰かを追いかける子供たちは映っているんですけれど、いやあれがパントマイムなら大したもんですよ。劇団四季もびっくり! あれ、劇団ひまわりだっけ? まぁとにかく、何も映ってないってことが分かったし集団幻覚でも見たんじゃないですか? って言うと町内会長も引き下がるしかなかったようで、そのまま帰りました。

 でも、そういう変な事は確かに続いたんですよね。お前らが引っ越してきたからだ、あんた達のせいだろって後ろ指を指されたり、面と向かって言われたこともあって。何も心当たりも証拠もないのに、いい気持ちはしないねーなんて家族で話していました。
 どうやら、町内も7:3くらいで割れていたようなんです。「7」は、私たちが引っ越してきたから変な事になった派。それで「3」が、いやいやそうでもないよ、昔から変な事は起きていたよ派。でも困ったことに町内会長が「7」の方で、「3」の人たちも申し訳ないけれど我関せずでいさせてくれと。

 困ったことになったね、でも引っ越すほどじゃないよなーと家族で話していた時に初めて分かった事があるんです。
 そんなにオバケだなんだって気にするんなら、家の前の神社をボロボロのまま放置しているのは何なんだよ。俺なんかちゃんと毎日欠かさずお参りしているのにって言ったら、え? お父さんも? って妻も娘も言い出して。不思議なんですけれど家族で示し合わせたように、朝昼晩の三回必ず誰かがお参りしていたようなんです。当然そんな打ち合わせなんてするはずもなく、本当に偶然。
「何だよお前、普段はスマホばっかりいじってる現代っ子かと思ってたらそういうところあるんだな」
「行って悪い? ご近所だし」
「いやいやお父さん嬉しいよ、娘がこんな信心深い子に育ってくれて」
「ちょっと、泣くことなにでしょう⁉」
ってなもんで、まぁ全然堪えてなかったんですよ。家族の誰も。

 それがある日。町内の掲示板を見たらお祭りの告知が書かれていたんです。家族にも話したんですけれど、これどうせウチは除け者にしてやるんでしょ? だったらこの日は外食でもしよう、ってことになりました。娘もそんなに乗り気じゃなかったんですけれど、ちゃんとリクエストはしてくれたんで「どうせならファミレスなんかじゃなく、奮発していい店行っちゃうか!」って食べログとかで下調べもしました。
 当日は祭りの準備をしている空き地を後目に車で出かけて、楽しい食事会にはなりました。それでも帰路の車中で「このご時世になってまで、他社排斥上等のムラ社会はないんじゃない?」って話にはなったんですが。家に近付くにつれ、道がすごく混み始めた。えっ何、どうしたの? って思いながら車をのろのろ走らせていたら、どうもお祭りの会場に救急車が何台も停まっているようなんです。救急車は全然その場を離れようとせず、それどころかパトカーも停まっていました。
 これは大ごとだ、流石に何があったか聞いた方がいいだろうと思い、会場で7:3の「3」の人たちを捕まえて聞いてみたんです。どうやらお酒を飲んだ大人だけじゃなく、子供たちが急に何人も倒れたそうなんです。……それも「7」の人たちばかりが。
 警察の会話を横から聞いていると、どうも毒物なんじゃないかって話をしていまして。私も後日事情聴取をされたんです、そうしたらウチに来た警察官も「いやぁ訳が分からない話なんですけれど」ってハッキリしない。まぁ私も部外者じゃないだろうって教えてくれたんです。

 どうやら若い女が犯人らしい、というのは特定できているそうなんです。ただ、誰もその女の顔を見たことがない。女にどぶろくか何かを勧められて、飲んだ人がみんな倒れちゃった。子供たちも聞いたことのないメーカーのジュースを注がれて、飲んだら倒れたと。ただ残っていた飲み物の成分も調べたけれど、毒物も何も検出されなかったそうなんです。
「じゃあ、一体何で倒れたんですか?」
「分からないんですよねぇ~……」
って頭を捻っていました。誰かが別の事情で倒れたのを見て、同じものを飲んでいたからとパニックになった結果の集団ヒステリーとしか思えないとか。だから立件も何もできないそうなんです。
 ただその女、いつの間にかいなくなっていたそうで。そんな愉快犯、マンガじゃあるまいしいる訳ないだろうって警察では結論付けたとか。

 結局事件にはならなかったんですけれど、倒れた人たちも当たり所が悪かったのか昏睡状態になった人もいたみたいです。結局ほとんど引っ越してしまって、そうすると今度は「3」の人たちが多数派になって、町もずいぶん風通しが良くなりましたよ。今では楽しくやっています。
 ただその女が何だったのか、未だに何も分からない。まさか神社の御祭神と何か関係が? とも思いましたけれどサッパリ。その神社、今も荒れたままなんですよねぇ。

 あ、でも一つだけマズい事になりましてね。困ったことに……娘に彼氏ができたんですよ。いやそれがすっげぇチャラチャラしてて、ピアスとかも付けちゃって。話すとちゃんとした子だっていうのは分かるんですよ、その神社にも一緒にお参りしてくるそうで。
 でも、チャラいんですよねぇ……。

 そういう所にいても、何もない人はいるんだな。というお話。

【出典】
禍ちゃんねる 極安スペシャル
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/530196833
 本稿は膨大なホラー知識と実話怪談のレパートリーを揃えるかぁなっき氏が語り手の「猟奇ユニットFEAR飯」による実話怪談チャンネル「禍話」で過去に放送された内容を、若干のリライトを加えつつ文章に起こしたものです。
 現在は毎週土曜日午後11時から約一時間に亙り青空怪談(著作権フリー)が放送されています、本稿を読んで興味を持たれた方はぜひ。

甲冑積立金にします。