禍話リライト「鬼婆神社」
人が見てはならないものがある、という話。
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仲間内で「肝試しに行こうぜ!」ということになったそうだ。だがあまり怖過ぎるところには行きたくない。そこまで怖くなくて、けれど雰囲気はほどほどに味わえる。そういう都合のいい場所はないかと話し合ったところ、一人が「あそこはいいんじゃね? 鬼婆神社」と言い出した。
鬼婆神社。正式には神社かどうかも怪しいらしく、鳥居も鈴もないが本堂らしき場所は残っている。地元の者は一様に「鬼婆神社」と呼ぶ――そういう場所があるそうだ。
「それにしても、鬼婆神社って(笑)」
「何だよ、そのネーミングセンス!」
「神社に鬼婆いたらダメっしょ、ちゃんと旅人の寝込みとか襲わなきゃ」
馬鹿にはしつつも、肝試しで行く程度にはスリルはなかなかありそうだ。ここなら十分だろう、ということで車に乗り込んだ。
鬼婆神社は、そこから二山ほど超えたところにあったらしい。
開けた場所に鳥居の台座だったらしいものが残っており、石段の上には本堂のようなものも残っているのが見えた。ただ屋根は半分崩れて傾き、何とか形を保っているような有様だ。
何だよ、思ったより雰囲気あるじゃん。などと話しながら周囲を散策している時だった。
がらん、がら、がらら
鈴を鳴らすような音が辺りに響き、その場にいた全員が足を止めた。神社で願掛けをする時に鳴らす、まさにあの音だ。だが本堂の正面へ回ってみても、鈴は撤去されたのか影も形もない。
「……どこか別の神社からの音がここまで届いたとか?」
「ありえねーだろ、確かにすぐ近くから聞こえたぞ。今のは」
恐る恐る辺りを歩き回ってみると、さほど離れていない場所に本堂とは別の廃墟が見つかった。社務所か集会所だったのか、最早何も残されておらず正体は分からない。
すると仲間の一人が「悪ぃ、俺ちょっとションベン」と言いながら竹やぶへと入って行った。手持無沙汰になったので皆バラけて辺りをうろついたり、中にはスマホで写真を撮って「彼女に送ってやろー」とか言ってるヤツもいる。じきに竹やぶへ行ったヤツも戻ってきたので、そろそろ帰るかと皆で石段を降りていた時のことだった。
「……おい、一人足りなくね?」
確かに、先ほど写真を撮っていたヤツが来ていない。まだ上に残っているのか? でもアイツはロクな照明を持っていなかったから、本堂の辺りは真っ暗だ。
「オイオイ、ビビらせんなよ!」
「面白くねーぞ!」
口々に言いながら戻ってみると、そいつは本堂のボロボロになった障子に顔を突っ込んでいた。
「やめろよ、そんなところ覗くもんじゃねーって」
近寄ろうとした時、足元にあるそれを踏んでしまった。木札だ、何か書いてある。
――本堂は絶対に覗かないで下さい
何だよこれ、さっき来た時は気付かなかったぞ
「……おい、覗くなって書いてるぞ」
だが、そいつは覗くのを止めようとはしない。うわー、何これすげぇ、とずーっと呟いている。すげぇ? 仏像でもあるのか? さらに近付くと、今度はプラスチックの板が落ちていた。また何か書かれている。
――本堂の中は、絶対に覗かないで下さい
そんなに覗いてほしくないなら、本堂を野晒しにするのではなくちゃんと穴を塞げばいいのに。そんなことを考えながら本堂に近付いた時、声がした。若い女の声だ。
……間違いなく、その場所には俺たち野郎しかいないはずなのに。
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彼は、そこで記憶が途切れたという。だから、ここからは別の人間から聞いた話だ。
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来ないヤツを迎えにいったはずのもう一人も、全く戻ってくる気配がない。
「おーい、何やってんだよ」
そう言いつつ本堂の方を照らしたら、明かりの中に木札が浮かび上がった。何だこれ、中を覗くな? だが本堂では馬鹿二人が顔を突っ込み、電灯で中を照らして覗き込んでいる。
何かそんなに面白いものがあるのか、二人の脇から覗き込んだ時だった。
――一人は嘔吐し、一人は気が動転して鼻血が止まらなくなり、そしてもう一人は飛びのいた勢いで転倒し頭を打ち付けてしまったそうだ。
中には、女がいた。黒い和服を着た二人の女だ。
それがぶちゅ、ぐちゃり、と汚らしい音を立てている。寄り添い合う女達の身体は、手が、顔が、頭が、さまざまな場所が混ざり合い、剥がれ、その度に音を立てていた。
女達はこちらを見て、へらへらと笑っていた。馬鹿二人は女が動く度に、うわー、すげぇと恍惚として見入っている。
それを見たヤツの中では、頭を打ったヤツが一番軽傷だったらしい。もうダメだ、まともではない。そう判断すると、本堂にまだ顔を突っ込んでいる馬鹿の片方の後頭部をぶん殴ったそうだ。
「痛ってぇな、何すんだよ!」
正気に返ったらしいそいつに「お前らこそ何見てんだ!」と怒鳴り返す。はっ、と気付いたそいつは、何故か涙腺がおかしくなり涙がぼだぼだと止まらなくなった。それでも嘔吐や鼻血に比べればまだマシだ、本堂に顔を突っ込んだままのもう一人を引きはがそうとした時だった。
いつまでも、見ていていいんだよ
話しかけてきた女達を振り返りもせず、まともに動けない三人を車に詰め込むと這う這うの体で逃げ帰ったそうだ。
車の中では、一人が相変わらずげぇげぇと嘔吐している。その吐瀉物もおかしなことに、胃の中のものが全く消化されず食べたまま戻していたそうだ。
「それにしても、何であれが鬼婆神社なんだ」
ようやく少し落ち着いた頃、ふとそんな疑問が浮かんだ。それなんだけどな、と二番目に覗き込んだヤツが答える。
「鬼婆の話って、『この部屋を覗いてはいけませんよ』って約束を破った旅人が部屋を覗き込むと、鬼婆が包丁を研いでました~っていうのがセオリーだろ。だからあそこが鬼婆神社って呼ばれるようになったんじゃねぇの?」
ドヤ顔でそんなことを言うので、何を自慢げに解説してんだよと突っ込んだ。
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彼らは何とか生きて帰れたものの、それぞれ視力が落ちたり、血圧が高くなったり、胃に疾患を抱えたりと、何かしらの後遺症が残ったのだという。
あれはセオリーが鬼婆なだけで、もっとヤバいものだろう。それが覗いてほしくてたまらなく、わざと「覗かないで下さい」と注意書きをしているのだ。
幽霊なのか、妖怪なのか、物の怪なのか。まるで分からないが、人が見てはいけないものが住み着く神社がどこかにあるという。
【出典】
震!禍話 二十二夜(序盤フリートーク)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/486372872
本稿は膨大なホラー知識と実話怪談のレパートリーを揃えるかぁなっき氏が語り手の「猟奇ユニットFEAR飯」による実話怪談チャンネル「禍話」で過去に放送された内容を、若干のリライトを加えつつ文章に起こしたものです。
現在は毎週土曜日午後11時から約一時間に亙り青空怪談(著作権フリー)が放送されています、本稿を読んで興味を持たれた方はぜひ。
甲冑積立金にします。