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#058 「購買 紙パック ピーチティー」
恋ではなかった ただ一つ忘れられない思い出
「はいこれ、さっきのお詫び」
昼休みに友人と机をくっつけてお弁当を広げようとしていたところ 突然目の前に置かれたのは購買で売っている紙パックのピーチティーだった
透けるような白い肌 瞳や髪も限りなく金色に近い見た目をした彼は 聞こえるか聞こえないかのボリュームでわたしの目も見ずにそういうとその場を離れた
「え、いいのに!ごめん、けどありがとう」
立ち去る彼にそう言ってありがたくいただいたピーチティーはわたしが人生で初めて飲んだピーチティーであった
ストローの先から香る甘さがそのまま鼻の奥に抜けていく これは青春の味
昼を過ぎた午後の授業 机の上にはさまざまな色の紙パックにストローが刺さっている 好みか気分か残り物か とにかくほとんどの机の上に青春の味があった
彼がなんのお詫びにこれを買ったのかということはまったく思い出せない 不思議なのはこれが高校一年の春 まだクラスの誰とも親しいとは言えない時期の出来事だということ 購買で紙パックの飲み物が買えるということもこのとき初めて知ったような 高校生活の序章を書き出したばかりの頃のことだ
彼は隣の中学出身だったが 彼もわたしも中学時代は陸上部に所属していたため高校で同じクラスになる前からお互いに存在自体は知っていた 田舎では部活に限らず近隣の中学との交流は盛んだった そのため高校に入学したときも顔見知りは多かった
高校での3年間彼とは同じクラスだった 出席番号も近く年度はじめはいつも彼の後ろの席だった 3年を通して交わした言葉はおそらく数えるほど 彼はあまり女子と話すタイプではなかったと思うし わたしも男子とあまり会話をしなかった 昼休みの教室は女子だけが机を好きにつなげていて 男子はいつも廊下や外に座り込んで過ごしていた 今思えば女子と男子の間には明確な境界線があったようだ 別に仲が悪いというわけではない 単純にそういう年頃だったというだけだ
わたしは彼に恋をすることはなかった 彼もわたしに恋することはなかった 3年間同じ空間を共有していながら お互いを意識することはなかった
ただ一つだけ忘れられないこと 「購買 紙パック フルーツティー」という青春アイテムの思い出は彼がくれたあのピーチティーだということ
グラスに勢いよく注がれている紅茶と切り口が見えるように描かれたピーチ 余白のすべてがピンクになっていたパッケージ きっとわたしたちには余白がなかった
500mlのピーチティーだけが甘く香っていた
*トップ画
台湾で購入できる650mlのフルーツティー
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