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#002 持ち主はわたし

「これ結構前のやつですね」その場で買ったばかりの替え芯をわたしが持ち込んだボールペンにセットしながら店員は言った

「そうみたいですね、今はもうないんですか?」店員の慣れた手つきを見ながら聞いた

「はい、ないですね」と言われた後微妙な間が生まれた うまく言葉を紡げなくて「ありがとう」とだけ言って店を後にした

自分の会話力と勇気のなさのせいでしばらくあの微妙な空気を引きずった

きっと店員は気になったはずだ どうしてこんなに古いのを持っているのか わたしはわたしで聞いてみたかった どのくらい古いものなのか わたしはこのボールペンがどのくらい古いモデルなのか知らなかったのだ 

なぜなら これはもともとわたしのものではなかったから そのせいで店員が抱いたであろう違和感を解消できる自信がなかった

人からもらった とか言えばよかったかもしれないけど そうすると自分の疑問を投げかけるときにまた違和感が生じる もらったのにどのくらい古いか知らないのかって

例えば父から譲り受けたものだけどいつ頃のものかは知らないのだ と言えばよかっただろうか なんて思いついたのはもう店を後にして しばらく経ってからのことだった


およそ10年ほど前に持ち主が現れず 引き取ったのこのParkerのボールペン

わたしが生まれる100年も前にイギリスで創業されたブランド 矢羽モチーフで有名ないいボールペンだということは知っていたけれど 自分で買ったものでももらったものでもなかったそれはあまり出番がなく 長らく自宅のペンスタンドに立てられたままだった

あるときペンスタンドから溢れるほどあったボールペンを処分しようという気になって 全てのペンのインクの残量を確認した 出ないものはすぐに処分 少し残っているものは積極的に使って無くなったところで処分した

その時にこのボールペンもインクの残量がほとんどなく まもなくして使い切った

本来ならそのまま処分 ということになるのだが なぜか捨てられなかった 思い入れがあったわけじゃないのに わたしはそっとペンスタンドに戻した

いいボールペンだから

というだけの理由ではないように感じた でもわからない なぜ捨てられなかったのか


最近になってまたそのボールペンを手にとった「これ、まだインク残ってるんだっけ?」と使い切ったこともすっかり忘れて メモ帳の上を走らせた メモ帳に色が乗ることはなく薄くペン先が走った跡だけを残した

「なかったのか」と思いながら「これって替え芯いれればまた使えるんだよな」と考えていた そしてすぐにネットで検索 「Parker 原子筆 筆芯(parker ボールペン 替え芯)」

ネットショップで買えるものは10本入りなどで 正直そんなにいらないなぁと思った 最近はボールペンを使う機会はさほど多くない

検索結果に戻るとマップの情報が出てきて 一店良さそうな専門店を見つけた 大学からも近いし授業終わりに行くことにして わたしはボールペンをペンケースに移した

翌日授業が終わるとすぐにその店に向かった 大学から歩いて10分程度の道のり
昼どきでおなかは空いていたけど 用事は先に済ませたいので 真っ直ぐ店に向かった

店に着くと40〜50代の男性客が2組いて それぞれ店員が対応中だった いかにもボールペンや万年筆を扱う専門店らしい光景だと思った

この店はParker以外にも高級ボールペンブランドと呼ばれるメーカーの品を数種類扱っている

少し店内を回っていると客の対応を終えた店員が「何かお探しですか?」と声をかけてくれた そのまま彼の前に行き 持ってきたボールペンをペンケースから取り出して一言「これの替え芯がほしい」と言った

色や太さも好みで選べたけど このボールペンを使うシーンは特に決めていなかったから こだわることもなく もともと入っていたものと同じものにしてもらった

そうして替え芯をその場で入れてもらっているときに 冒頭の会話が交わされたのだった


店を出たあと歩きながらあの会話のことを考えていた

やっぱりどれぐらい古いのか聞けばよかったな

そう思ってどれぐらい古いのか想像してみた

わたしがこのボールペンを手にしたのがおよそ10年前だから少なくとも10年以上前のものであることは確かだ 例えば10年から20年ほど前のもので持ち主が自分用に買ったもの もしくは人からプレゼントされたものかな? いやそれとも30年以上前のもので持ち主が誰かから受け継いだものかも?


いづれにしても持ち主がこのボールペンを大切にしていたことを想像するのは簡単だった そんな風に考えていると あのとき持ち主のところに戻ることができなかったこのボールペンが 今わたしの手元にある意味を考えられずにはいられない

いつの間にかこのボールペンに愛着が湧いている気がした 以前はきっと誰かに大切にされていたものだと思えたから

わたしも過去に大切なものをなくしたことがある 探したけれど見つからなかった
本当に悔しかったけど せめて今どこかで誰かが大切にしてくれていたらなぁと思う だからこのボールペンはわたしがもっと大切にしていくべきなんだと感じた


このインクがなくなったらまたあの店に行って 今度こそ聞いてみようか とも思ったけど やっぱりどれくらい古いものかなんて知らなくてもいいのかもしれない

このボールペンの背景は想像に留めておきたい気がする

なぜなら今現在このボールペンの持ち主は わたし なのだから 


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*実際の会話は中国語です


*登場した中国語

原子筆 yuán zǐ bǐ   ㄩㄢˊ ㄗˇ ㄅㄧˇ

筆芯  bǐ xīn   ㄅㄧˇ ㄒㄧㄣ






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