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私のおじいちゃんと煙草の話

バイト先に向かっている最中、煙草を吸っている人とすれ違った。

私は煙草の臭いはかなり苦手だ。
煙を吸うと頭が痛くなってくる。
すれ違うときは、失礼ながら必ず息を止めて早足で通り過ぎる。

だけど例外的に、バニラのような匂いがする煙草だけは、(うわぁ避けよう)と思いつつもほんのちょっとだけ嗅いでしまうのだ。
苦手な煙草だけど、名前も知らないその香りだけは背徳的な魅力を感じる。
肺の隅から隅まで広がってじわじわ痛めつけてやろうとするかのように暴力的な煙に遠慮がちに隠れて、「実はこんなに美味しそうなのよ、どう?」と誘うかのように甘い香り。
だけど結局は身体に悪いことには変わりないわけだし、他の煙草以上にタチの悪いものかもしれない。

その人もそのバニラの煙草を吸っていた。
いつものようにすれ違いざまにすこーしだけ甘さを嗅ぎ取って、満足したところでふと、(そう言えば、おじいちゃんの吸ってた煙草ってどんな臭いだっけ?)と思い返した。

私の祖父は、喫煙者だった。
おじいちゃん家に遊びに行くと、いつも我が家にはない灰皿があった。
家そのものも、長年煙に燻されてきたからなのか、独特の香ばしい匂いがしていた。

祖父は、私が小学生の時に亡くなった。
煙草も一因となる肺癌だった。見つかった時は、もう末期だった。
私が初めて出会う死だった。

祖父が煙草を吸っていた人だということは知っていた。
けれど、今思い起こすと、彼の喫煙する姿がとんと思い出せない。
煙草の箱はたまに見かけたことはあったけれど、その臭いは全く覚えていないのだ。

彼の煙草の臭いについて考えているうちに、ふと思い浮かんだ。
もしかしたら、おじいちゃんは、私の前では吸わなかったのだろうか。
小学生の私を前にして、煙草の煙を吸わせたくないと思って。

酸素ボンベを脇に置き、鼻にチューブをつけたおじいちゃんが笑う。
足元には、晩年ずっと寄り添っていた愛犬が寝転がってる。

私は、祖父に、愛されていたのかもしれないということを、
彼がいなくなって10年以上経ってもまだ考え続けている。

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