場面緘黙の名称を「Situational Mutism(状況的緘黙)」とする英国の専門家の動きについて

近年、WHOや米国の医学的分類での場面緘黙の公式名称は、"Selective Mutism”とされています。日本では、日本場面緘黙関連団体連合会の運動もあって、現在"Selective Mutism”の公式名称は「場面緘黙」に決まっています。

ところが最近になって英国では、場面緘黙治療の第一人者である言語聴覚士のマギー・ジョンソンさんやリビー・ヒルさん等の専門家が、"Selective Mutism”よりも、「Situational Mutism (状況的緘黙)」という名称の方がよりふさわしいと考え、この用語を使い始めています。
(参照:「場面緘黙に対する思い ー マギー・ジョンソンさんのポッドカストから」場面緘黙について考えるー備忘録ー 2023年11月13日

というのも、”selective” は日本語では「場面」と訳されることで、なんらかの場面で緘黙になることが想像できますが、英語だといまだに本人が話さないことを選択しているような語感があるためです。

”selective”は医学用語で「時によっては、状況によっては」という意味で使われます。これは ”perversive”「どんな時も、どんな状況でも(普及的な)」の対照となる用語。でも、日常で用いる ”selective” は「選択する」という意味を含み、未だに「話さないことを選んでいる」と誤解されることも。そのため、より分かりやすい ”situational”「状況的」を使うほうがよいという英国の専門家たちの意見も頷けます。日本において、関連団体が運動し、公式和訳が「場面緘黙」と改変されたことと同じ動きとも言えます。

それでは、「Selective Mutism(場面緘黙)」という名称よりも「Situational Mutism (状況的緘黙)」という名称の方が優先されるのでしょうか?

この問いに対して、英国の場面緘黙支援団体SMiRA(Selective Mutism Information Research Association)は最近下記のような声明を発表しました。

「Situational Mutism (状況的緘黙)」という名称使用に関するSMiRAからの声明(Statement from SMiRA regarding the use of the term ‘Situational Mutism’

SMiRAとしては”Selective Mutism” が公式用語であり続ける限りは、誤解や混乱を招かないためにも“Selective Mutism”を使用し続けるというスタンスです。

これは非公式の名前を使うことで、場面緘黙の知名度をあげたり、キャンペーンをしたり、支援の仕方を広めたりすることが困難になったり、人々の混乱を招くことを避けるためです。

場面緘黙の名称や定義、一般の知識については、まだまだ誤解が多く改善の余地があると考えていますが、改定には長い時間がかかるもの。SMiRAは改定されるまでは公式用語を使い、もし必要と思う人は「Situational Mutism (状況的緘黙)とも言われている」と付け加えて欲しいとアドバイスしています。

<DSMにおける場面緘黙の経緯>

DSM (米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)における名称の遍歴:

1980年DSM-Ⅲ

  •   初記載される

  •   名称はElective Mutism(選択性緘黙)

  •   分類カテゴリー:通常、幼児期・小児期、または青年期に初めて診断される疾患

  •   定義:正常に話す能力があるにもかかわらず、ほとんど全ての社会的状況で話すことを拒否し続ける(”a continuous refusal to speak in almost all social situations” despite normal ability to speak.)

1994年DSM-Ⅳ

  •   名称がElective Mutism(選択性緘黙)から現在のSelective Mutism(選択性緘黙)に変更される

  •   定義:特定の社会的状況では一環して話すことができない(consistent failure to speak in specific social situations)に変更

2013年DSM-Ⅴ

  •   分類カテゴリー:「不安症群」に変更

  • Selective Mutismは、DSM-5-TR(2022年)より和訳が「選択性緘黙」から「場面緘黙」に改称される

DSMが改正される度に場面緘黙の定義等が変遷しており、研究が進むにしたがって今後も変更があるものと推測されます。専門家にも一般にも場面緘黙の知識が広く浸透し、もっと多くの支援が得られるようになることを願っています。

かんもくネット事務局 みく(ロンドン在住)