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大壹神楽闇夜 2章 卑 1疫病4

 奴国の浜に到着した一行は都に向かってテクテク歩む。奴国の都は浜の近くにある。だから、海の幸が美味しく食べられる。
「ほれほれ、皆よ。今日は奴国の都にお泊まりじゃ。」
 神楽は上機嫌で皆を先導するが、既にあらぬ方に進もうとしている。其れを香久耶が正し正しい方向に向けた。
「お姉ちゃん…。先頭は我が務めよる。」
「何を言うておる。星三子を先頭には出来んじゃかよ。」
「じゃよ…。其れに船長は神楽じゃ。」
 綾乃が言う。
「此処は既に陸地じゃか。其れにお姉ちゃんに任せよったら先に嵐が来てしまいよる。」
「じゃかぁ…。」
 と、二人は香久耶の後をついて行く事にした。
 其れから暫しテクテク進むと社(やしろ)が見えた。
「お姉ちゃん。社じゃ。」
「うむ…。ちと、寄っていきよるか。」
 と、一行は社の中に入って行く。麃煎(ひょうせん)達には此処が何をする場所か分からず目前の鳥居をジッと見やった。
「神楽殿…。此処は ?」
 明らかに都の門とは違う佇まいである鳥居を見やり問うた。
「社じゃ。」
「社 ?」
「じゃよ…。ちと、寄って行きよる。」
 と、言うと神楽達はテクテクと歩いて行く。
 其処から少し中に入ると大きな丸い広場にたどり着いた。其処には特別何があると言う事はなかったが、木々に囲まれ中央に大きな石が置かれていた。神楽達は其の石の前でしゃがみ目を閉じる。其れから何かブツブツ言っているようだったが良く聞き取れなかった。
 麃煎(ひょうせん)達には更に謎が増えた。石を目前に何をしているのかさっぱりだったからだ。其れから暫くして神楽達は目を開けるとスッと立ち上がる。どうやら終わった様だ。
「神楽殿。此処は何をする場所なのです ?」
 王嘉(おうか)が問う。
「此処は先人と語り合う場所じゃ。」
「先人と…。つまり、先祖の事ですか。」
「成る程…。要するに神楽殿は先祖にお願い事をしておったのか。」
 と、麃煎(ひょうせん)が言うと神楽達は首を傾げた。
「何故、我等が先人にお願いしよるんじゃ ?」
 神楽が言った。
「じゃよ…。先人は既に死んでおる。」
 綾乃が言う。
「まったく…。死んで行った者にお願いしてどうするんじゃ。」
 呆れた顔で陽菜が言った。
「…。違うのか ?」
 麃煎(ひょうせん)が問う。
「当たり前じゃ。先人は既に体が無いじゃかよ。体が無い者にお願いしよっても叶えられんじゃか。」
 強い口調で陽菜が言った。
「確かに…。なら、あれだ。先祖と語り合い、神に祈る場所だ。」
「神 ?」
 と、更に神楽達は首を傾げた。
「違うのか ?」
「何じゃか其の神と言いよるんは ?」
 綾乃が問う。
「か、神は其のあれだ…。天におられるんだ。」
「天〜 ?」
 と、神楽達は空を見上げ"おらんじゃかよ"と、言った。
「否…。神は人には見えんのだ。」
「見えぬか…。」
「そうだ。見えぬ。だが、神に祈れば願いを叶えて下さる。」
 と、麃煎(ひょうせん)が言うと神楽達はゲラゲラと笑い出した。
「ね、願いを叶えてくれよるじゃか…。なら、我は美味しい物を一杯食べたいじゃかよ。」
「我もじゃ。」
「我はもっとカワユクなりたいじゃか。」
 と、ヤイノヤイノの大はしゃぎ。
「否、ちょっと待て。そうではなくてだな。真に神に祈り信仰すれば必ず手を差し出して下さると言う事だ。」
 と、麃煎(ひょうせん)が言うと神楽は真顔で"真に神を信じ祈りよったら倭人は消滅しよるんか ?"と、問うた。
「そ、其れは…。」
「良いか麃煎(ひょうせん)殿。神に祈り願いが叶いよるんなら、何故其方等は此の地に倭人を連れてきよったんじゃ ?」
「あ、いや…。」
「神に祈り願い叶いよるんなら誰も努力等せんじゃかよ。仮に願い叶いよるんなら、我は毎日ボーッと過ごしよる。神様お腹空いたじゃか…。神様喉が渇いたじゃか…。神様雨じゃ、濡れたく無いじゃかよ…じゃ。じゃが、実際は違いよる。腹が空けば自分で満たさねばならぬ。喉が渇きよったら水を飲まねばならん。侵略者が来よったら戦わねばならん。」
「まぁ、確かに。」
「じゃから、我等は先人と語り合いよる。お願いをする為では無い。先人達の思いと願いを成し遂げる為にじゃ。」
「成し遂げる ?」
 王嘉(おうか)が聞き返した。
「じゃよ…。此の地に生まれ死んで行った者皆、此の地を守る為に日々努力惜しまず、国力を高める為に贅沢せず日々を過ごし死んで行きよった。我等も又其の道を歩まねばならぬ。じゃから、語りよる。我等は迷う事なく進めておるのかと…。」
「成る程…。」
「死んで行った者には体がありよらん。じゃから、体がある我等がやらねばならんのじゃ。」
 と、言うと神楽達はテクテクと歩き出し社から出て行った。
 其れから又暫く進むと小さな集落が見えた。其の集落には田畑は無くこじんまりとしたものであった。麃煎(ひょうせん)はあの集落は何かと神楽に尋ねると漁師の集落だと言った。其れから又暫く進むと大きな集落が見えて来た。広大な田畑が広がり多くの民が農作業に勤しんでいる姿が見えた。
「今年は豊作か…。」
 田畑を見やり麃煎(ひょうせん)が言った。
「今年は気候がええからのぅ。」
 陽菜が答える。
「これだけ実れば今年は米がたらふく食えるな。」
 と、麃煎(ひょうせん)が言うと、神楽達は首を傾げていた。
「何か変な事を言ったか ?」
「言うた。」
「言うたな。」
「じゃよ…。」
 と、神楽達が口々に言う。
「何が変なんだ ?」
 と、麃煎(ひょうせん)は王嘉(おうか)を見やる。
「分かりません。」
「だよな…。」
 と、麃煎(ひょうせん)は神楽達を見やる。
「まったく…。此れじゃからよそ者は困りよる。米は収穫してから二年は食べれんのじゃ。」
 神楽が言った。
「二年 ?」
 と、今度は麃煎(ひょうせん)達が首を傾げて見せた。
「じゃよ…。二年間貯蔵してからでないと死んでしまいよるんじゃ。」
 綾乃が言う。
「死ぬ ?」
 と、更に麃煎(ひょうせん)達は首を傾げる。
「其れは大袈裟なんじゃが、我等は収穫してから二年間は貯蔵しよるんじゃよ。」
 香久耶が言った。
「貯蔵 ?」
「じゃよ…。民は収穫しよった米を年貢として豪族に渡しよるんじゃ。豪族は渡されよった米を少し貯蔵庫に入れて豪族を纏めておる豪族の長(おさ)に持って行きよる。豪族の長は少し貯蔵庫に残して貴族に持って行きよる。貴族は其れを少し貯蔵庫に入れて神(みかみ)にもって行きよる。神は其れを又少し貯蔵庫に残して大神に持って行きよるんじゃ。」
「ほぉ…。つまり、新米を食べれるのは豪族、貴族、神、大神の特権と言う事か。」
 と、麃煎(ひょうせん)が言うと神楽はジロリと麃煎(ひょうせん)を睨め付けた。
「何を言うておる。誰も食べたりせんじゃかよ。」
「そ、そうなのか ?」
「じゃよ…。我等は皆同じじゃ。大神じゃから…。と、言う事はないんじゃよ。」
 香久耶が言った。
「ふ〜ん。食べぬか…。」
「しかし、何故二年も貯蔵するのです ?」
 王嘉(おうか)が問う。
「飢饉と戦に備えてじゃよ。今年豊作でも次の年は分からんじゃろ。もし、不作になってしまいよったら皆餓死じゃ。じゃが、米を残しておきよったら誰も餓死せんじゃろ。其れに戦になりよったら食糧が一杯必要になりよる。」
「成る程…。そう言う事ですか。」
「まったく…。其方等は何か勘違いしておる見たいじゃから言いよるんじゃが…。大神、神、貴族、豪族やらは民よりも質素なんじゃ。民は都で遊びよるし、茶屋や飯屋に行きよる。じゃが、大神等はせんのんじゃ…。」
 神楽が強い口調で言った。
「そうなのか ? 其の代わり毎日美味い飯を食っているのだろう。」
「皆と似たりよったりじゃ。」
「量が多いとか。」
「我等は一日二食。飯、おかず一、野菜一、汁じゃ。」
「…。それだけ ? 大神もか ?」
「当たり前じゃ…。」
 と、神楽達は更に進んで行く。
 麃煎(ひょうせん)はまたしても理解出来ないことが増えたと思いながら民を見やった。麃煎(ひょうせん)が知る王とは誰よりも贅沢に生きる。否、贅沢に見せていると言う方が正しいか…。少なくとも始皇帝は其の様に見せている。財政が逼迫している事が分かれば反乱が起こるからだ。だから、後世に残す肖像画も恰幅の良い姿で描かすのだ。
 と、色々な違いに悩ませられながら民を見やり歩いていると李禹(りう)が"此の国の民は皆同じ服を着てる"とボソッと言った。李禹(りう)が言うまで全く気づいていなかったが確かに皆同じ様な服を着ている。しかも、其れには柄など無く真っ白であった。真っ白と言っても薄汚れており白と言うよりは灰色に見えた。
「神楽殿…。何故皆同じ服を着ているんだ ?」
 麃煎(ひょうせん)が問うた。
「興味ないからじゃ。」
「興味が無い ? だから、染色も柄も無いのか ?」
「じゃよ…。」
 と、神楽は言うが、実は神楽も其の理由は知らない。
「だが、神楽殿達は染色された服を着ている。其れに服の形も違う。此れは八重国と卑国の違いか ?」
「我等は相手に手を見せぬ。」
「手を ?」
「じゃよ。コッソリ武器を握りよっても気づかれん様にする為じゃ。」
 と、神楽は袖の中に隠している合口を抜き麃煎(ひょうせん)の喉元に突きつけ見せた。麃煎(ひょうせん)は其の動きに合わせる事が出来ず冷や汗を垂らした。
「な、成る程…。」
「じゃぁ言いよっても我等も戦の時は真っ白な紬(つむぎ)を着よるんじゃ。」
 と、言いながら神楽は合口をなおす。
「そうなのか…。其れにも何か意味があるのか ?」
「ありよる。」
「其れはなんだ ?」
「相手の血で真っ赤に染め上げる為じゃ。」
 と、神楽は言う。麃煎(ひょうせん)は聞かなければ良かったと思った。
 其れから少し歩いていると、其の先に城壁の様な物が見えて来た。奴国の都である。神楽は"もう少しじゃ…。"と、歩く速さを上げパタパタと進む。麃煎(ひょうせん)達は八重国の民が生活をする都を見る事が出来る事にワクワクしていた。
「そうじゃ…。忘れん内に言うておきよるんじゃが、都に入りよったら小声で話さねばいけんじゃかよ。」
 唐突に神楽が言った。
「小声 ?」
 李禹(りう)が聞き返す。
「じゃよ…。都にはスパイがウヨウヨいよるんじゃ。」
「スパイが…。」
「じゃよ…。生きておる事がバレてしまいよる。」
 と、神楽が言ったので一同は気を引き締めた。
 そんな話をしている内に一行は都に辿り着いた。大きな門の前には衛兵が二人。麃煎(ひょうせん)達はチロリと衛兵を見やる。衛兵も又薄汚れ、綻びた服を着ていた。此れで痩せ細っていれば乞食に見えただろう。だが、ガッシリトした其の肉体は戦士である事を物語っていた。

 服に興味が無いか…。
 と、中に入り麃煎(ひょうせん)達は神楽の言葉を少し疑わなければならなくなった。何故なら都にいる民は皆綺麗な服を着ていたからだ。確かに同じ服、そして真っ白ではあるが、其れは汚れの無い綺麗な服であり、髪には飾りを付け首には綺麗な石のネックレスを付けていた。良く見れば飾り物は腕や足首にも付けているではないか。

 服に興味が無い ?

 と、麃煎(ひょうせん)は神楽を見やる。
「神楽殿…。都の民は綺麗な服や装飾品を付けているようだが…。」
 ボソッと小声で麃煎(ひょうせん)が問うた。
「当たり前じゃ。此処は都ぞ。皆オシャレさんしよる。」
 と、神楽も小声で答える。
「しかし、先の集落とは大きな違いだぞ。格差と言うやつか。」
「これ…。めったな事を言うてはいけん。皆仕事着はボロなんじゃ。」
「仕事着 ?」
「じゃよ…。皆都に来よる時は綺麗な着物に着替えてから来よるんじゃ。」
「あ〜。そう言う事か…。」
 と、麃煎(ひょうせん)達は賑わう都を物色する様に見やった。そして神楽はパタパタと香久耶の元に行き、"此処からは我が先に歩きよる"と、言った。
「な、何でじゃ ?」
 と、香久耶が問うた。
「其方はミマスヤを知らんであろう。」
「ミマスヤ ?」
「ご飯屋さんじゃ。」
「あ〜。知りよらん。」
「じゃから、我が案内しよる。」
「案内…。」
 と、香久耶はかなり不安である。神楽は無駄に遠回りをする事を知っているからである。神楽の言う近道は必ず遠回りだし、何故か目的の店を通り過ぎ、グルッと回ってから戻って来るのだ。

 お姉ちゃんに任せよったら大変な事になりよる。
 と、香久耶は陽菜と綾乃を見やった。
「其の店なら知っておるぞ。」
 綾乃が言うと陽菜も"我も知っておる"と言ったので香久耶は綾乃と陽菜に道案内を頼んだ。神楽はブスッと香久耶を睨め付けていたが渋々其の後を歩く事になった。
 何はともあれ、香久耶の機転のお陰で一行は無事ミマスヤに辿り着く事が出来た。ミマスヤにたどり着くや雨が降り始めて来たので皆は慌てて店の中に入って行った。
「とうとう降って来よったじゃか…。」
 中に入り神楽が言った。香久耶は危なかった…と、一安心である。
 中に入ると其れ相応に賑わっているのだが、店の中にはテーブルも椅子も無い。皆は地べたに置かれた木の板を囲む様に座っている。麃煎(ひょうせん)達には此れが理解出来なかった。
「神楽殿…。ちゃぶ台と椅子は何処にあるんだ ?」
「ちゃぶ台 ? 椅子 ? なんじゃ其れは…。」
「な、無いのか…。」
 と、麃煎(ひょうせん)は周りを見やっていると、神楽達はテクテクと空いている木の板を見つけその前に座った。
「どうやら椅子はないみたいです。」
 と、王嘉(おうか)はテクテクと其処に向かった。

 文化の違いか…。

 と、麃煎(ひょうせん)も木の板の前に腰を下ろした。

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