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大壹神楽闇夜 2章 卑 1疫病3

 卑国を出て四日…。神楽達は無事伊国の浜に到着していた。浜から伊国の都迄は遥か彼方である。だから、此処が伊国であると言われて実感出来るのは伊国の民でも漁を主体にしている人達である。そうで無い民の中には海を知らない人もいるのだ。都、集落の基本は川が近くにある…だからである。
 神楽は浜に着くと矢張り都の方を見やっていた。守れなかった悔しさが拭えずにいるのだ。ただ、残念な事に神楽が見やっている方角は一支国(いきこく)がある方角である。
「お姉ちゃん…。どうしたんじゃ ?」
 ボーッと見やっている神楽を見やり香久耶が問うた。
「別に…。何でもないじゃかよ。」
 と、神楽は香久耶を見やる。其の表情は何とも寂しげであった。
「まったく…。伊国はあっちじゃ。」
 其処に麃煎(ひょうせん)達を連れた三佳貞がやって来た。
「知っておる。」
 神楽はサラッと嘘をついた。
「知っておったじゃか…。」
「当たり前じゃ。其れより我の武器は何処じゃ ?」
 と、神楽は麃煎(ひょうせん)達を見やる。麃煎(ひょうせん)達は神楽が到着する迄浜辺で日を重ねていたのですっかり元気な状態に戻っていた。まぁ、毒を飲んだ時は本当に死ぬかと思っていた様なのだが、今は其れが嘘の様にピョンピョンしている。
「此の男じゃ。鄭孫作殿じゃ。」
 と、三佳貞が言うと神楽はニンマリと笑みを浮かべ"宜しくじゃ"と大歓迎した。神楽は深く考え無いので若輩だからと軽く見たりはしないのだ。だが、三佳貞は深く考える。だから、三佳貞は千亜希と美涼を睨みつけていた。
「千亜希…。美涼…。」
「何じゃ ?」
「何故此処に香久耶がおるんじゃ ? 分かっておるんか。此処は既に我等が国では無いじゃかよ。」
「伊都瀬(いとせ)がええ言いよったんじゃ。」
 千亜希が言った。
「じゃよ…。社会勉強じゃぁ言うておったじゃかよ。」
「伊都瀬(いとせ)が ? まったく…。」
「我がお願いしよったんじゃ。」
 バツの悪い顔で香久耶が言う。
「香久耶…。此処は既に敵の国じゃ。其方になんかありよったらどうするんじゃ。」
 三佳貞は心配気に言った。
「お姉ちゃんがおる。」
 と、香久耶はシュンと俯いた。
「我もおる。」
 神楽無敵部隊の娘、陽菜が言った。
「我もおるぞ。」
 同じく神楽無敵部隊の娘、綾乃が言う。
「今は大事な時じゃ。しっかり頼みよる。」
 と言って三佳貞は麃煎(ひょうせん)達を紹介し始めた。神楽は聞いている様で聞いていない様だったが、麃煎(ひょうせん)にも一応の興味を示していた。恐らく秦国の将軍だからであろう。だが、逆に李禹(りう)にはそっけなかった。何か気に入らない感じで見やっていたのだ。逆に麃煎(ひょうせん)と王嘉(おうか)は神楽と其の無敵部隊には大きな感心を寄せていた。麃煎(ひょうせん)も王嘉(おうか)も戦での神楽を見知っているからである。勿論鄭も神楽の話は空で言える位聞かされていたし、そんな神楽の使う武器を自分が作れる事に喜びを感じていた。 
「神楽殿…。どうか此の四人をお願いします。」
 項蕉(こうしょう)が言った。項蕉(こうしょう)は神楽を一目見たく危険を承知で着いて来ていたのだ。
「誰じゃ ?」
 神楽が問う。
「え ?」
 と、項蕉(こうしょう)は首を傾げた。三佳貞は麃煎(ひょうせん)達を紹介する時に項蕉(こうしょう)の事も紹介したからだ。
「我は秦国大将軍の妻、項蕉(こうしょう)です。」
 誰と言われたので項蕉(こうしょう)は再度自己紹介をした。
「我は卑国の万人隊長神楽じゃ。性がか名がぐらじゃ。」
「か ぐらですね。」
「神楽で良い。」
 少し恥ずかしそうに神楽は言った。そんな神楽を見やり項蕉(こうしょう)はクスリと笑う。卑国の娘は皆此の紹介の時に恥ずかしがる事を知っているからだ。知っていて態と性と名の間に少し間を空けて言ったのだ。
「神楽殿…。貴女の活躍は聞いております。もっと大きな女かと思っていたのですが、なんとなんと…。可愛らしい娘さんとは驚きです。」
 と、項蕉(こうしょう)が言うと神楽はニンマリと笑みを浮かべた。
「其れで、其の横におられるのが卑国の宗女…。真逆此の様な場所でお会い出来るとは思ってもおりませんでした。しかし…。神楽殿の妹と聞きましたが ? 」
「じゃよ…。我は神楽の妹じゃ。」
「ふ〜ん。つまり、神楽殿も大王の娘と言う事ですか ?」
「大王 ?」
 神楽と香久耶が聞き返した。
「あ〜。伊都瀬(いとせ)の事じゃ。」  
 三佳貞が言った。
「伊都瀬(いとせ)の事じゃったか。なら、違いよる。」
 神楽が答えた。
「違う ? 」
「じゃよ。お姉ちゃんと我の母上は華咲(かさき)じゃ。」
「ふ〜ん…。」
 と、項蕉(こうしょう)は又首を傾げた。
「文化の違いじゃかよ…。」
 項蕉(こうしょう)の耳元で三佳貞が言った。
「文化…。成る程。」
 項蕉(こうしょう)は此の文化の違いに大きな興味を持っていた。三子の娘と出会い話をすればする程其の考え方が大きく事なる事が楽しくて仕方なかった。油芽果(ゆめか)や薙刀(なぎな)と話していた時もそうだが見た目は同じでもこんなに違うのだと感心させられていたのだ。
 だが、油芽果(ゆめか)や薙刀(なぎな)、三佳貞にしてもそうだが間者として秦国に来ていた者達はある程度異国の文化になれ親しんでいる。だから、純粋な異人では無いと項蕉(こうしょう)は思っている。純粋な異人ではないから其の違いを分かりやすく三佳貞は教えてくれるのだ。だが、神楽達は違う。神楽達は純粋な異人なのだ。だから、大王と言うと首を傾げるのだ。つまり、文化とは考え方の違いなのかも知れない。
「フフフ…。色々な違いがあるのですね。我はまだまだ知識不足と言う事です。あなた方とはもっとお話を交わしたいのですが、そう言う訳にはいきません。どうかお気をつけて。」
「分かりよった。」
 と、神楽は鄭達を葦船に乗る様に言った。麃煎(ひょうせん)達は初めて見る葦船に少し不安を持ったが神楽達が無事に着いたので大丈夫だろうと意を決して歩き始めた。ゾロゾロと皆が歩く中、不意に神楽が李禹(りう)を止めた。
「其方…。李禹(りう)とか言いよったじゃか。先に言うておきよるんじゃが…。其方が卑国に来よると言う事はじゃ…。其方が卑国一のブスになる言う事を忘れてはいけんじゃかよ。」
 と、神楽は強い口調で言った。其の言葉に李禹(りう)は強い苛立ちを感じた。
「は ? 何を言うかと思えば。まったく…。こう見えて我は秦国一の美女だ。馬鹿にするな。」
「分かっておる。李禹(りう)は秦国一の美女じゃ。」
 と、言って神楽はパタパタと葦船に向かって歩いて行った。
「 ? なんだ。意外と素直。」
 と、李禹(りう)が言うと三佳貞と項蕉(こうしょう)はクスクスと笑い出した。
「な、何 ?」
「李禹(りう)…。分かって無いのですね。」
 と、項蕉(こうしょう)はクスクス笑う。三佳貞は更にケラケラと笑い出す。
「な、何…。」
「貴女は秦国一の美女。でも、卑国に行けば卑国一のブス。」
「つまり… ?」
「秦国一の美女も卑国の娘には敵わんと言うておるんじゃ。」
 と、三佳貞はゲラゲラと笑った。
「な、な、な、なんと。」
 と、李禹(りう)は歩いて行く神楽をギロっと睨め付けた。
「李禹(りう)…。負けては駄目よ。卑国は女の園。激しいわよ。」
 ただならぬ顔で項蕉(こうしょう)が言った。其の顔を見やり李禹(りう)は行くのを止めようかと本気で考えた。
「これ ! 李禹(りう) ! 何をしておるじゃか !早く来るんじゃ !」
 其の考えを拒む様に神楽が大声で李禹(りう)を呼んだ。フト、神楽を見やると既に皆は葦船に乗り込んでいた。
「負けません。」
 そう言うと李禹(りう)はパタパタと走って行った。
「あの子大丈夫かしらね。」
 心配そうに項蕉(こうしょう)が言う。
「大丈夫じゃよ…。ああ見えて神楽は面倒見がええんじゃ。」
「そう…。其れなら安心ね。」
「多分…。」
 と、三佳貞は神楽達を見やる。
「三佳貞 ! またのぅ !」
 と、神楽が両手を振っている。
「神楽 ! 頼みよったじゃかよ !」
 と、三佳貞も手を振っている。
「了解じゃ !」
 と、葦船はドンブラコッコ。

 ドンブラコッコ…。

 ドンブラコッコと進んで行く。

 娘達の漕ぐスピードが遅いので中々進んで行かないがドンブラコッコ…。
 三佳貞と項蕉(こうしょう)は神楽達が見えなくなる迄いるつもりだったのだが予想より遅いので都に戻る事にした。
「さて、我等は戻りよるか…。」
「そうね…。」
 と、二人はテクテクと…。
 そして、神楽達はドンブラコッコ…。
 必死に漕いでドンブラコッコ…。
 しかし、中々前には進まない。
 そんな娘達を見やり麃煎(ひょうせん)達が代わりに漕ぐと言って来た。まぁ、娘に漕がすのも体裁が悪い。だが、此れは娘達の作戦である。娘達は待ってましたとばかりにオールを渡すとホッコリ空を見やってナンジャラホイ。神楽は船長気分でご機嫌さんである。やがて伊国の浜が遠くになり出雲が大きく見えて来る。見える国は奴国である。
「船長…。空模様が怪しくなって来よりましたじゃか。」
 綾乃が言った。
「うむ…。我等は浜に避難せねばじゃ。航海長、奴国の都はまだじゃか ?」
 神楽が問う。
「この先の浜がそうでありますですじゃ。」
 遠くに見える浜を見やり綾乃が答える。
「分かりよった。我等は其の浜迄全速前進じゃ !」
「了解。神楽号全速前進じゃ !」
 綾乃は麃煎(ひょうせん)達を見やり言った。麃煎(ひょうせん)達はアイアイサーと葦船の速度を上げた。
「何なんだこれは…。良い様に使われおって。」
 と、李禹(りう)は麃煎(ひょうせん)達を睨め付ける。
「お〜。嫉妬じゃか。」
 陽菜が言った。
「誰が ? 馬鹿馬鹿しい。」
 と、李禹(りう)はプイっとした。
「お〜。ほれほれ…。拗ねるでない。」
 と、陽菜は李禹(りう)を引き寄せギュッと抱きしめる。
「な、は、離せ。」
「照れるでない。」
 と、陽菜は李禹(りう)の唇を奪う。
「な、何をする !」
 李禹(りう)は力一杯陽菜を突き飛ばした。
「そんな嫌がらんでええじゃか…。」
 ブスっと拗ねた顔で陽菜が言った。
「嫌がるも何も我にそんな趣味はない。」
「趣味… ?」
「か、香久耶殿も何か言って。」
 と、李禹(りう)は香久耶を見やる。
「娘の恋路に口挟まずじゃ。」
 と、香久耶は素知らぬ顔で神楽の元に歩いて行った。
「こ、恋路 ? 恋は男とするものだ。」
「我等は男に恋はせぬ。」
 テクテク歩き乍ら香久耶が言った。
「…。そうなのか ?」
「じゃよ…。」
 と、陽菜は李禹(りう)に襲いかかった。
「ちょ、ちょっと…。」
 と…。李禹(りう)は陽菜になすがまま蹂躙された。
 其の間も葦船はドンブラコッコ…。

 ドンブラコッコ…。

 そして嵐になる前に一行は奴国の浜に到着した。

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