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大壹神楽闇夜 1章 倭 6敗走9

 亜樹緒は銅鐸を鳴らし娘を集めた。事はせいている。急がねば全滅である。亜樹緒は娘達に内容を告げると直ぐに行動に移らせた。気長足姫(おきながたらしひめ)は王太子をおぶり葉流絵達と共に秘密の通路に向かった。
「亜樹緒達はどうするんじゃ ?」
 樹沙桂が問う。
「敵の目を此方に向けねばいけん。我等は大門に向かいよる。」
「分かりよった。」
 と、樹沙桂も大岩に向かって行った。
 そして、亜樹緒が銅鐸を鳴らす。

 皆よ…。
 進め。
 立ち止まるな。
 抜ける迄進み続けよ。
 …と。

 「皆よ ! 進め !」
 そして、娘が声を荒げ叫ぶ。皆は待ってましたとばかりに一斉に大門に向かって進み始めた。幸いな事に近くにいた倭兵秦兵が後退していたので先に進むのは容易であった。
 亜樹緒達はグイグイと前に進んで行く。中には意識を失いそうになる者もいたが、手を差し出し何とか皆で煙の中を進む事が出来た。だが、この時どれだけの兵が生存しているのか ? 亜樹緒は把握していなかった。
 兵と娘を合わせた数は既に五百を切っていた。三万弱いた兵が僅か五百以下迄になっていたのだ。城壁を守る戦い、其れからの大門に向かう逃走の中で力尽き打たれていったのだ。何より充満する煙の中に長くいたのが効いた。これにより多くの兵と娘が死んだ。蘭玖卯掄(らんくうりん) の言う様に此れは愚策であった。

 否…。

 愚策になったのは臆病者の王太子の所為である。煙が充満し倭兵秦兵が後退した時に勇気を出して進んでいれば兵と娘は死なずにすんでいた。だが、王太子は進めなかった。その所為で多くの兵と娘が死んだのだ。だが、何を言おうと既に遅い。亜樹緒達は此の少ない人数で大門を突破しなくてはいけないのだ。
 そして、追い討ちをかける様に煙が弱まって行く。轟々と燃え盛っていた火も下火となり、既に燃やすだけ燃やしたと言った感じである。
 先程迄は立ち込める煙でまったく中の様子が分からなかったが、煙が弱まると中の様子も粗方見える様になって来る。蘭玖卯掄(らんくうりん) はジッと中の様子を見やり八重の兵力が激減している事を知った。
「フン。自滅したか。」
 と、蘭玖卯掄(らんくうりん) がボソリ。
「まったく哀れな連中よ。」
 倭族第二大将軍尊悟空(そんごくう)が言った。
「ダーリン。行くか ?」
 蘭玖卯掄(らんくうりん) が問う。
「そうだな、哀れな王の首を貰いに行くとしよう。」
 と、尊悟空(そんごくう)は自らの兵を率いて中に入って行った。
 そして大岩に向かって行った葉流絵達は倭兵秦兵の中をすり抜け何とか無事に大岩に辿り着いていた。大岩に辿り着くと葉流絵は大岩の根元にある大きな石を動かした。すると人が入れるだけの穴が顔を出した。
「なんと…。此の様な穴がありよったとは…。」
 気長足姫(おきながたらしひめ)は驚き言った。
「此れは別子(べつこ)の娘しか知りよらん道じゃ。」
「ほぉ…。じゃが、此の様な穴の中に道がありよるんか ?」
「中は広いんじゃ。」
 と、葉流絵は地べたにつくと頭を中に入れ、グニグニと体を器用に動かし乍ら中に入って行った。
「なんと器用な…。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)が感心して見ていると、"感心しておる暇はないじゃかよ"と、樹沙桂は王太子を背中から下ろし中に入る様に言った。王太子は初めビビっていたが気長足姫(おきながたらしひめ)に強く言われ渋々中に入って行った。続いて気長足姫(おきながたらしひめ)が入ろうとしたが気長足姫(おきながたらしひめ)が鎧を付けていたので樹沙桂は其れを脱ぐ様に言った。其の間も護衛の娘達は敵が来ないか気を張り巡らせている。気がつけば煙は弱まり火も鎮火し始めていた。
「急がれよ…。」
 娘が急かす。
「分かっておる。」
 と、鎧を脱ぎ捨てると気長足姫(おきながたらしひめ)は中に入った。
 気長足姫(おきながたらしひめ)が中に入ると続けて樹沙桂が中に入った。其れを確認すると外の娘が大きな石で穴を隠した。
「え ? ちょ…。何をしておる。」
 中から樹沙桂が叫んだ。
「我等は戻らねばならぬ。」
「何を言うておる。其方らも来るんじゃ。」
「王太子を頼みよった。」
 と、娘達は戦場に戻って行った。
「ま、待つんじゃ…。」
 と、言う樹沙桂に"良い…。我等には我等の役がありよるんじゃ。"と葉流絵が言った。
「葉流絵…。」
「我等は進むだけじゃ。」
 と、葉流絵はテクテクと歩き出した。
 秘密の通路は入り口は狭いが中は広い。真っ暗な闇だと思っていたが明かりが灯りにわかに周りを照らしている。此れは来る道中に葉流絵達が灯したからだろう。と、言ってもハッキリと周りが見えるわけでは無いが周りが岩である事はわかる。しかも所々木の枠で補強されている。此れは別子(べつこ)の娘達が補強したのだろうと気長足姫(おきながたらしひめ)は思った。
「しかし…。此の様な洞窟がありよるとはのぅ。」
 王太子の手を引きながら気長足姫(おきながたらしひめ)が言った。
「此処は何百年も前からありよるんじゃ。」
「ほぅ…。つまり迂駕耶(うがや)と戦をしておった時じゃな。」
「じゃよ…。」
 と、四人はテクテクと歩く。テクテクと暫く歩くと水が流れる音が聞こえて来る。
「水…。」
「この先に地下水が流れておる。」
 樹沙桂が言った。
「落ちてはいけんじゃかよ。流されてしまいよる。」
 葉流絵が言う。
「え…。そんなに流れが激しいんか ?」
「じゃよ…。」
 と、葉流絵は左横を指差した。葉流絵が指差した先は大きく開けていた。今迄は周りが岩の唯の洞窟であったが其の先は少し違う様だ。そして気長足姫(おきながたらしひめ)と王太子はその場に辿り着き自身の目を疑った。
 其処に現れた光景は此処が本当に洞窟の中なのかと思わさられる景色であったのだ。岩の上から落ちて来る水は其処が滝である事を示している。そして流れる水は川を作り流れているのだ。しかも其処に落ちない様に柵が作られ木の板で橋が作られていた。
「なんと…。」
 驚き乍ら気長足姫(おきながたらしひめ)はテクテクと歩く。
「もう少しじゃ…。」
 と、葉流絵と樹沙桂はテクテクと歩き、突然膝から崩れ落ち、パタリと倒れてしまった。
「な…。どうしたんじゃ ?」
 驚き気長足姫(おきながたらしひめ)は二人に駆け寄った。
「す、すまぬ。す、少し休憩じゃ…」
 と、二人は気を失った。そんな二人を見やり気長足姫(おきながたらしひめ)は初めて二人の体がパンパンに腫れ上がっている事を知った。

 無理をしておったじゃか…。

 と、気長足姫(おきながたらしひめ)も腰を下ろし王太子を膝に乗せると気長足姫(おきながたらしひめ)も少し休む事にした。

 一方亜樹緒達は何とか大門付近迄進む事が出来ていた。だが、煙が弱まると同時に倭兵秦兵の攻撃が再び始まったので苦しい状況である事に変わりはない。其処に尊悟空(そんごくう)が率いる部隊が突入して来た。
「新手…。」
 亜樹緒は正直絶望を感じた。此処に来て更に温存兵を投入されれば勝ち目は無い。だが、後退しようにも退路は先にある大門しか無い。
「大神…。」
「行くしかない。」
「否、大神だけでも秘密の通路から…。」
「馬鹿を申すな。皆を捨て逃げる訳には行かぬ。其れに戻れる暇はない様だ。」
 と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は前を見やる。尊悟空(そんごくう)の部隊は既に若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を見据え向かって来ていた。
「皆よ ! 大神を守れ !」
 其れを見やり不国と三池国の神が叫ぶ。亜樹緒も銅鐸を鳴らし大神を守る様に指示を出した。だが、尊悟空(そんごくう)の部隊は強かった。死人同然の倭兵秦兵の中で尊悟空(そんごくう)の部隊は元気に生きていたのだ。圧倒的な強さで兵と娘が殺されて行く。大岩から戻って来た娘達も慌てて加勢に行くが全く歯が立たなかった。
 其れでも必死に皆は大神を守ろうとするが、其処に尊悟空(そんごくう)が来る。尊悟空(そんごくう)は八重兵を長い槍でグサグサと突き殺し薙ぎ払い大神の下に向かう。亜樹緒は其れを止めようと向かって行くが簡単に腹を刺され、そのまま投げ飛ばされた。
「あ、亜樹緒 !」
 と、蒔絵や娘が加勢に行く。が、尊悟空(そんごくう)の相手にはならない。簡単に太腿を刺され、腹を刺され、腕を切り落とされ、首を刎ねられる。蒔絵も腕を切り落とされた。
「蒔絵…。」
 其れを見やりながら亜樹緒はフラフラと立ち上がる。周りの兵も加勢に行こうとするが尊悟空(そんごくう)の部隊が其れを阻む。
「何とも強き兵だ。」
 と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は尊悟空(そんごくう)を睨め付け剣を構えた。
「貴様が王か…。」
 と、尊悟空(そんごくう)は若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を殺しに行くが、蒔絵が剣を抜き切り掛かりに行く。其れを最も簡単に尊悟空(そんごくう)は蒔絵の首を刎ねた。
「蒔絵 !」
 亜樹緒が叫ぶ。亜樹緒はグッと歯を食いしばり尊悟空(そんごくう)に向かって行くが、其れを阻止する様に尊悟空(そんごくう)の兵が亜樹緒の脇腹を刺した。
「ぐ、ぐぐ…。ま、まだじゃ。まだ生きておる。」
 と、袖に隠し持っている合口を抜くとすかさず倭兵の喉を突き刺した。
「我等を舐めるでない。」
 と、亜樹緒は倭兵を押し倒し刺さった剣を抜く。体から大量の血が滲み出てくる。
 其れでも止まる事なく亜樹緒はフラフラとよろめく体を動かし尊悟空(そんごくう)の下に向かう。が、既に尊悟空(そんごくう)は亜樹緒を見ていなかった。
 
 クソ

 クソクソ…。

 負けるか…。

 我等は負けぬ。

 と、亜樹緒は進む。

 其処を背中から蘭玖卯掄(らんくうりん) に剣を突き刺された。
 何であろう…。不思議と痛みは感じなかった。ただ体が熱かった。燃える様な熱さの中、力が抜けて行くのを感じた。
 沈みゆく体。意識は遠く離れて行く。其れを亜樹緒は必死に繋ぎ止め様とする。

 まだ…。

 まだ死ねぬ。

 亜樹緒はしがみつく様に尊悟空(そんごくう)を見やる。尊悟空(そんごくう)は若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)に攻撃を仕掛けている。

 誰か…。

 大神を…。

 と、銅鐸を鳴らそうとするが体が動かない。其れでも亜樹緒は体を動かそうと必死にもがく。

 動け…。

 動け…。

 我はまだ死ねぬ。

 と、亜樹緒は最後の力を振り絞りグッと銅鐸を握った。

 そして…。

 亜樹緒は絶命した。

「まったく…。三子の女はしつこい。」
 と、蘭玖卯掄(らんくうりん) は切り落とした亜樹緒の頭を投げ捨てた。そして、蘭玖卯掄(らんくうりん) は周りを見やり、尊悟空(そんごくう)を見やった。
 尊悟空(そんごくう)は若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の両肩、両足を突き刺した後ボコスカと殴りつけていた。何度も何度も殴りそして蹴った。奴隷に行う仕打ちの如く徹底的に痛めつけた。
「我等に歯向かう愚かな王よ ! 自分達を知れ ! 悔め !」
 と、更に殴る。
「わ、我等は悔やまぬ…。」
「奴隷の分際で生意気な。まぁ、良い。此の償いは其方らの子に償わせる。此の国の民は未来永劫我等の奴隷だ。」
「償うのはお前達だ…。倭人。」
 と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は尊悟空(そんごくう)を睨め付ける。其れにイラッとした尊悟空(そんごくう)は思わず槍を掴み若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の首を刎ねてしまった。
「ダーリン。王は生捕にする約束であろう。」
 其れを見やり蘭玖卯掄(らんくうりん) は眉を顰め言った。
「すまぬ…。つい…。」
 と、尊悟空(そんごくう)は蘭玖卯掄(らんくうりん) を見やった。
「まぁ、仕方ないのぅ。」
 と、蘭玖卯掄(らんくうりん) が言うと尊悟空(そんごくう)は若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の首を掲げて遠吠えを上げた。其れを見やり倭兵は歓喜の声を上げ、秦兵は何とも言えぬ気持ちを抑えて声を上げた。
 三池国の神は其れを目の当たりにし茫然と立ち尽くす。其れを見つけた娘が慌てて三池国の神の腕を掴みその場を離れようとする。
「走るんじゃ !」
 と、娘が言うが三池国の神は動こうとしない。
「何をしておる。今の内に逃げるんじゃ。」  
 別の娘が駆け寄りもう片方の腕を掴む。
「儂は良い。其方らだけ逃げよ。我等はまだ諦めぬ。大神の仇を打たねば。」
「馬鹿を言うてはいけん。生き残りは我らだけじゃ !」
 と、娘は三池国の神のお尻を蹴飛ばした。
「我等だけ ?」
 と、三池国の神は我に帰る。
「じゃよ…。」
 と、娘が言うと三人はコッソリとその場を離れて行った。
「だが、何処に向かう ?」
「秘密の通路じゃ。」
 と、娘はパタパタと走る。
「秘密の…。」
「王太子の護衛をしよったから覚えておる。」
「そ、そうか…。」
「鎧は邪魔じゃから捨てねばいけんじゃかよ。」
 と、娘が言ったので三池国の神は走りながら鎧を脱ぎ捨てた。
 尊悟空(そんごくう)は若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の首をポイっと投げ捨てると其の首を蹴り飛ばした。
「皆よ ! 今より八重の民は我等の奴隷である。」
 尊悟空(そんごくう)が大きな声で言った。倭兵は更に大きな声で勝利を喜んだが蘭玖卯掄(らんくうりん) は訝しい顔で尊悟空(そんごくう)を見やっていた。
「ダーリン…。又勝手な事を…。お姉様に怒られてしまいますぞ。」
「え…。」
「八重の民をどうするかはお姉様が決める事…。」
「う、うむ…。確かにそうだ。だが、言ってしまったぞ。」
「陽(よう)大将軍にも怒られてしまいますよ。」
「あー。其れは困る。」
「妾は知りませぬ。」
 と、蘭玖卯掄(らんくうりん) はテクテクと戻って行った。尊悟空(そんごくう)はバツの悪い表情を浮かべながら蘭玖卯掄(らんくうりん) の後を追った。
 此の尊悟空(そんごくう)の暴走発言により、倭兵は歓喜の中三池国の神が逃げて行くのを見過ごしてしまっていた。秦兵の中には気づいていた者もいたが秦兵は八重国と敵対したい訳ではないので見なかった事にした。此れにより三池国の神と娘達は秘密の通路迄無事に辿り着き中に入る事が出来た。
 三人は中に入り驚いたが、其れ以上の感情は湧き出て来なかった。ただひたすら歩き出口を目指す。そして気長足姫(おきながたらしひめ)達を見つけた。
「王后…。」
 と、三池国の神は慌て駆け寄った。殺されているのだと思ったからだ。
「王后…。王后…。」
 と、無我夢中で声を掛ける。
「あ…。矢代佐喜殳(やしろさきまた)殿…。無事であったか…。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は目を開け言った。
「王后…。無事であったか。」
「すまぬ。娘達が気を失ってしまいよったから我もつい…。其れで大神は ?」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は後ろを見やる。
「お…。大神は…。」
 と、矢代佐喜殳(やしろさきまた)はポロポロと涙を零し始めた。
「ま、真逆…。」
「す、すみませぬ。わ、儂が付いていながらお守り出来ませんでした。」
 と、矢代佐喜殳(やしろさきまた)は声を殺し泣いた。気長足姫(おきながたらしひめ)は矢代佐喜殳(やしろさきまた)を責めなかった。ただ優しく抱きしめた。

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